981話 截流斎の悪知恵

 陸奥国津軽郡和徳 北条截流斎


 1589年秋


「截流斎、この城を無視することはできぬのか」

「恐れながらそれはできませぬ。この城に籠っているのは、大浦の家臣でも戦上手と知られている森岡信元が籠る和徳城でございます。ここを捨て置けば、我らは継続した妨害を受け続けることになりましょう」

「だがこのままでは我らが先に進めぬ」

「それでも、でございます」


 かつて大浦為信は自身が独立をかけて挙兵した際、南部家の家臣が守るこの城を1日足らずと落としたという。

 以降この地には森岡信元という男が入っているとのことであるが、この男が非常に厄介な存在であった。

 大浦為信とともに数多くの戦で出ており、毎回多くの戦果を手土産に帰ってくるという。そのような男を背後に残したまま北進するわけにはいかない。

 ここは足を止めてでも、どうにか城を落としてしまうべきであった。

 しかし鎌倉公方様はたいそう焦れておられる。南部領への侵攻をあきらめた大浦は徹底的な防衛戦を展開しており、津軽各地でぐっと攻め込む勢いが殺され始めている。

 この大遠征を冬までと定めているため、少しの足止めすら惜しいと考えておられるのだ。


「…兵を分けるというのはどうであろうか。ここには織田の本隊や出羽の者たちが大勢いる。この地に一部を残しておけば、奴らが打って出てくることもないのではないだろうか」

「この先も同じ手法で兵を減らしていくのでございますか。数が減れば徐々に弱点を表にさらすことになります。その隙をあの男が見逃してくるとは到底思えません」

「…」

「鎌倉公方様、少しばかり気を落ち着かせてくだされ。大浦の領内に兵を進めているのは我々だけではございません。我らが足を止めたとしても、他が徐々に大浦に対して圧を加えているのでございます。あえて突出して危険にさらされる必要はございません」


 あまり鎌倉公方様にこのようなことを言いたくはなかったが、明らかに逸っておられる御方には一度強く言っておくべきであると思った。

 死んでしまっては意味がない。

 鎌倉公方様は1人の兵ではなく、この出兵における総大将であることを理解していただかなくては。


「…截流斎」

「はっ」

「少しだけ頭を冷やしてくる。護衛をつけて離れるゆえ、しばらくの間ここを任せてもよいだろうか」

「お任せください」

「うむ」


 明らかに気を落としておられた。

 しかし冷静になっていただかなくてはこちらも困る。我らも命を懸けて戦場に出てきているのだから、そのあたりでためらっている場合ではない。


「父上、少し言葉が強かったのではございませんか」

「あれくらい言わねばわからぬ。人に強く言われることに慣れていないゆえ、受け入れ、飲み込むことに時間を要するのだ。だがそれをしてくださるのであれば何も問題はない」

「むやみに兵を殺すくらいなら、でございますか」

「そういうことよ。それより例の働きかけは如何である」

「そちらについては上々でございます。旧安東家臣が数人乗ってきました。しばらくすれば大浦領に逃げ込んだ安東の旧臣らが寝返りの動きを見せると思います」

「よし、それでよい。やはりさすがは風魔の忍びらよ」

「弟らは我らが小田原を去った後もうまくやってくれていたようでございますね」

「うむ。我が弟らもな」


 風魔の者たちを北条が繋ぎ止めたのは大きかった。

 今川の家臣団で忍びを使える者は貴重である。武田・一色・松平・北条などは忍びをつかって戦を有利に運ぶ。特に武田・一色は平時の忍び運用がうまいと有名な話である。

 栄衆と望月の歩き巫女はその土地土地に馴染み、あっと言う間に欲しい情報を得てくる。その分荒事には向いていないのだが、風魔の者たちは圧倒的に荒事向きの者たちで、こういった危険な任をやすやすとこなしてくれる。

 北条の降伏後、小田原には我が息子が入り風魔をまとめた。またそれ以外にも分家設立が認められた弟たちも一部の風魔を囲い込むことに成功して、以降も使っていた。

 今回我らが風魔を使って工作を仕掛けることが出来ているのも、北条として生き残った者たちが上手く立ち回ってくれたからであった。


「この流れを上手く活かしたいところであるが…」

「和徳城は乗ってきませんでした。落とさなければならぬ城でございます」

「そう、であろうな。頑固者は面倒でかなわぬ」


 しかしすでに籠城し始めてから数日と日が経っている。いつまでも籠り続けることは難しいであろう。

 それにこちらは今川・上杉・最上による後方支援がしっかりと確立されており、日ノ本中から物資が集められている。沿岸部を制したことで、輸送もさほど苦にはなっていない。

 しかしあちらは陸路も海路も封鎖されて、外部から物資を手に入れることも出来ない。そろそろ音を上げるころだと思っているのだが、なかなかにしぶといものである。


「氏直、織田様に人をやる」

「如何されるのでございますか?」

「南の門は敵方の監視が厳しく手出しができるような状況になかったゆえ、攻め手を少なく配置していた。しかしそれを逆手にとって攻め口としてやろうと思う」

「…それが出来ぬゆえに攻め手を少なくしていたのではございませんか?」

「ゆえに逆手よ。織田家の大筒隊を使って南口を強引に破壊する。ほかの隊は別の門に攻撃を加えて織田家の動きを悟られぬようにし、門が破壊できたことが確認でき次第南門から突入。敵方が浮足立った瞬間を狙って本格的に他の攻め口も攻勢を強めて多方面から攻略を目指す。多少被害がでるやもしれぬが、我らがまだ戦う気があるところをみせねばならぬ」

「戦うふりをするだけならば、わざわざ危険を冒さずとも」

「危険を冒すからいいのだ。鎌倉公方様は他人に頼っているわけではないと示すことが出来るうえに、我らが乗り気になれば手柄が減るとほかの戦線に対して発破をかけることが出来る」


 我らの主力はあくまで陸奥戦線を戦ってきた伊達・島津・長宗我部・龍造寺の4家。ここがさらに攻める足を速めてくれれば冬までに間に合うはず。

 さらに手柄に焦ってくれれば、大浦の城を1個ずつといった攻め方をしないはず。確実に痛手、痛手を狙うことが出来よう。

 戦を早く終わらせるうえで、これほど強引で、効率的なことは無い。

 まぁもし私が北条を率いている中で同じようなことをされたとしても、乗ってやることはないが。

 むやみに民を殺すだけであるゆえに。

 しかしそのあたり、価値観が全く違うのがさきにあげた4家である。頼りになるうえに扱いやすくて助かる。


「鎌倉公方様が戻られ次第、必要な部分だけをお伝えして許可を頂く。うなずかれればすぐさま織田様へ人をやれるように使番を立てよ」

「かしこまりました」

「それと先ほどの話はあまり触れぬでな。反感を買われては困るゆえ」

「承知しております」


 さて、あとはどれだけ他の大名たちがこの思惑に乗ってくれるか。どこか1つでも乗せられれば、他も追随するとは思うが。

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