546話 二本松の撫で斬り

 二本松城周辺 片倉景綱


 1579年夏


「我が殿義継は伊達様に降伏し、蘆名との縁を切ることをお誓い致します。それゆえどうか、どうか我らを許して頂きたく!」


 二本松城に攻め寄せた我らは容易に城にとりつくことに成功した。

 援軍に入っていた二階堂は、領地が隣接している田村様の侵攻に反応して即座に兵を退いてしまったからである。

 一方で何故か蘆名はこちらに援軍も出さず、因縁の相手である二本松家はまさに風前の灯火に。そして城を包囲して数日が経った今日、こうして降伏の使者を寄越してきたのだ。

 しかし若様はその使者に対して厳しい視線を送るだけである。


「降伏を認めて欲しいと申したな」

「はっ」

「信用出来るわけが無い。俺達の関係はわずか数年前まで主従の関係にあったにも関わらず、最終的にお前達によって親父殿は殺された」

「それは・・・」


 それは伊達が大内や二本松を蔑ろにしたからだ、そう言いたいのであろうか。確かに最終的に縁を切ったのは実質こちらからである。

 田村様をこちらに引き込み、我らと田村様の中間に領地を持っていた両家は非常に邪魔な存在となった。

 主家である伊達の命を聞かず、常に南の大名家の顔色を伺いながら生きながらえてきた両家を味方とし続けるのは限界であったのだ。

 それを棚に上げて、この者らはいかにも自分たちが突如として攻められた被害者と・・・。


「証を示せ」

「嫡子国王丸様の身を伊達様にお預け致します」

「それだけか?」

「・・・我が殿はこれこそが最大の人質であると申されておりました。これ以上何を求められるのでございましょうか?」

「聞いているぞ。小浜城から逃げ出した大内定綱らが二本松領に逃げ込んでいることを」

「・・・」

「その者らの身もこちらに寄越せ」

「如何されるのですか?」

「見せしめとする。二度と伊達に従う者達が裏切らぬように、裏切った者達がどのような末路を辿るのか、それを見せつける」


 降伏の使者はわずかに狼狽えたようである。動揺を顔に出さぬように必死に堪えているようであるが、若様の表情から本気でそれを行おうとしていることは明白。

 大内の身柄をこちらに寄越せば、それはもう凄惨な光景を周辺国に知らしめることになるであろう。

 それを二本松が認められるのか。嫡子が同じ末路を辿る危険もきっと感じていることに違いない。


「・・・どうかご勘弁を」

「そうか。俺からの要求を呑めぬと申すか」

「それだけは」

「ならば仕方が無い。最後に問う」

「はっ。何なりと」

「何故ここにいるのが義継ではないのだ。全てを諦めるというのであれば、義継自らが頭を下げて俺に赦しを請うべきであったと俺は思うがな」

「・・・」


 無言の使者に対して若様は一度大きく息を吐いた。全てはこの問答にあったのだと思う。そしてこの使者の態度から得られたものは、二本松義継がいったい何を思っているのかの全てを物語っているようであった。

 使者から目を切った若様は、ずっと静かに事の行方を見守っておられた実元さねもと様のお顔を見る。


「義継の態度をどう思われた、大叔父上」

「どうもなにも。これで信じろという方が難しいですな。それに毒は徹底的に焼きませんと」

「俺も同意見だ。義継の誠意も謝意も一切見えぬ」


 若様は立ち上がると、背後に控えていた時宗丸様より刀を受け取る。再び狼狽えたような使者は逃げるまもなく胸元を一閃され地面に倒れ伏した。

 僅かばかりにうめき声を上げているが、若様はそれにとどめを刺すことなく陣を出る。みなもまたそれに続く。


「義継は伊達にとっての毒である。ずっと心の臓を蝕まれてきた。全てを焼き切って伊達の安寧を図らねばならぬ」

「如何いたしますかな?すでに城内に討ち入る支度は済んでおりますが」

「二本松城に籠もる者達は女子供、飼われている獣全てに至るまで殺せ。赦しは無用である。最後は城を焼き、奴らの生きた証を全て壊せ。だが義継と定綱の首は必ず俺の前に持ってくるのだ」

「平たくいえば撫で斬りにございますな」

「そこまでしてようやく親父殿の無念が晴らされる」


 ここにいる御方はみな覚悟を持って付いてきている。

 撫で斬り、この言葉に狼狽える御方は誰1人としていなかった。私も若様のそのような一面を見ても、特に驚いていないことに今さらながらに驚く。

 若様はすでに覚悟を決めておられる。米沢城でお方様に申しておられたことは、決してご自身を大きく、そして強く見せる口だけのものでは無かったということ。


「ならば先陣を切るのはワシらに任せよ。二本松とは長らく縁があり、その最期を見届けるのもワシの役目であろう」

「ならばこの大役、大叔父上に託す」

「はっ。時宗丸、しかと若をお守りするように」

「かしこまりました!」


 時宗丸様は実元様の御嫡子である。急な出陣ということもあり、元服を果たす前に帯同する形となった。

 この戦が終わり、城に戻れば若様の当主の継承とともに元服を果たされることになるであろう。


「景綱、おぬしもしかと若を守るのだ。もう二度と伊達の当主を討たれるようなことがあってはならぬ」

「かしこまりました。必ずや若様をお守り致します」

「うむ。ではワシは行く」


 実元様は護衛を引き連れ陣から離れていかれる。

 それに続くように他の方々も陣を離れていく。すでに降伏が認められたと思っているであろう二本松城は、これから地獄へと変わるのであろう。

 それを若様は望んでおられる。伊達のために心を鬼にしてその役目を全うしようとされている。


「などとは思っておらぬであろうな、景綱」

「違うのですか?」

「俺の覚悟などとうの昔に出来ていた。竺丸が今川様の元に向かうと決まった時点で、俺が伊達家を継ぐことは大方決まっていた話。例え母が何と言おうがな。だが周辺には親父殿の方針転換に反発して、臣従している者達ですら不審な動きをし続ける始末。俺はその者達に対してどのように振る舞うか、それを常に考えていた。そして考え至った結果がこれである」

「ずっとこのようなことを考えておられたのですか?」

「実現できるかどうかは別として、これこそが今の伊達家に必要であるとはずっと思っていた。二本松や大内を切ろうと親父殿に進言したのは、当時の両家を単独で攻めれば先ほどのようなやりようが可能であると思ってのことである。それも蘆名や相馬が介入すれば出来なかったであろうが」


 此度も蘆名の介入の危険はあった。

 二階堂の撤退はともかく、何故か蘆名はこちらに兵を向けては来なかった。まさか伊達と領地が接している二本松を見捨てるという選択をするとは思えぬわけであるが・・・。


「そしてこれは虎視眈々と伊達を狙っていた最上の伯父上に対して良い牽制となるであろう。伊達への不要な介入はその身を滅ぼしかねない、と」

「最上様にございますか。おそらく今頃は」

「伊達の窮地を口実に米沢の側にまで兵を率いている頃であろう。そしてその危険も承知の上で母も最上の介入に賛成していた。全ては伊達を滅ぼされぬように、とのことであろうがな」

「牽制になりましょうか」

「なる。伊達は親父殿がおらずとも俺の元で1つに纏まることを証明すれば、最上の伯父上もややこしい状況にしようとはしないであろう」


 そのとき二本松城にて喊声が上がった。

 おそらく実元様が突撃されたのであろう。すでに降伏の証として城門を開いていた二本松の人間らは為す術無く殺される。

 これが必要なことであると若様はジッとその様を見届けられていた。そして本陣に残っている我らもともに。




 会津街道(陸奥国) 樋口兼続


 1579年夏


 兵達がずっとザワついていた。

 そしてそれは当然であったが、我らも同様であった。


「すでにここは陸奥国であるはず。なにゆえ殿は国境を越えられたのだ」

「わからぬな。側近の方々は知っておられるのであろうがな。信用出来ない我らには何も知らせぬという事よ」


 背後ではこの動きに何も聞いておらぬ方々がずっと愚痴とも捉えられるような言葉を漏らしておられる。

 1人は誰か分かるが、もう1人は誰であろうか。

 これでも色々と家中のことを任されることも多くなったが、それでもなお知らぬ事も多いものだと思った。


「まぁまぁお二方、殿には殿のお考えがあってのこと。それに元は今川様の要請からですので、言葉に出来ぬ事もあるのでございましょう。元から寡黙な御方にございますし」

「樋口の倅か。そなたは良かろうぞ、殿の側近の1人である直江に贔屓にされているのだからな。我らの気持ちなど到底分かるまい」

「そのような。たしかに信綱様にはよくして頂いておりますが」

「ふん。おぬしは俺を不快にするわ」


 毛利もうり秀広ひでひろ殿は、かつて北条きたじょう高広殿の元にいた御方である。

 上杉の御家騒動に際して、北条様とともに殿と敵対したが後に赦された。高広殿は今川からの誘いに乗って信濃へと移ったが、秀広殿は越後へと残る決断を下されたのだ。

 以降は殿によく仕えておられるが、最近は信綱様を含めた殿の側近の方々とよく対立されている。城外で愚痴をこぼしているという噂もたまに耳にしていた。

 こうしてそのお気持ちを抑えようと試みるもこの有様。

 そろそろどうにかすべきなのであろうが、今の私に何が出来るのであろうか。この戦が終われば父上に相談してみるとしよう。

 大事にはなるであろうが、上杉が危険に晒されるよりは幾分も良い。


「まぁまぁ、秀広殿。兼続殿、別に秀広殿は悪気があって言っているのでは無いのだ。ただまぁわかるであろう?我らの不満も」

「領地が増えぬ事にございますか」

「まぁ平たく言えばな。もう我らに加増されることはないと思うと、やはり殿のご寵愛を受けている方々が羨ましいと思ってしまう。秀広殿のこの態度はただそれを思われてのこと。もし殿の中で越後専念からお考えが変わったとなれば、それはそれで嬉しいかぎりなのだ」


 誰か分からぬ御方は河田かわた政親まさちかと名乗った。どうやらあの御家騒動の折、沼田城に留まっていた河田重親殿の子であるらしい。

 重親殿は行方をくらましているが、いったいどのような経緯で殿に仕官したのやら。

 そしてそのような出自であったからこそ、顔を知らなかったのであろうな。


「なるほど」


 そんなことを思っていた矢先、列の前側より兵が走ってくるのが見えた。


「前方に蘆名の旗印!これより迎撃の構えを!」


 やはり殿は蘆名と再び戦う決断を下された。これまでは国境に兵を出す程度であったというのに。

 いったい何があったのであろうか。

 だがそれよりも前に我らが成すべき事はわかりきっている。まずは蘆名を破らねばならぬ。

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