545話 江戸重通、再び

 常陸国貝原塚城周辺 一色政孝


 1579年夏


 岡見の当主も土岐の当主も、こちらから再三送り込んでいる使者には会わずに返してきていた。

 ただしとても丁重に扱われたとは聞いている。

 つい先ほども土岐家の当主が逃げ込んだ貝塚原城からは、治英に会えもしなかった使者が落胆した様子で報告に来た。しかし城内からは敵意を感じるどころか、土岐家の家臣らからは感謝の言葉までも伝えられたらしい。

 彼らにも色々思うところがあっての抵抗なのであろうが、さらにもう一つ理由を付け加えるとするならば、撤退したと思われていた江戸重通が再び兵を率いて貝原塚城の側へと陣取ったのだ。

 思った以上に動きが速く、これ以上会えもしない治英の降伏の説得待ちをするわけにはいかない。

 まさにこれから二度目の戦が始まろうとしていた。


「で、首尾は如何ほどであった?」

「はい。大掾家は寝返りに賛同した一部の分家とともに、反旗を翻すと申しておりました」

「だがこの援軍にも来ているのであろう?」

「いえ。大掾宗家は長年江戸家と対立関係にあったためそもそも信頼されておらず、監視がつけられた上で府中城に留まっております」

「その監視には誰が付いているのだ」

「現在小田城に入っております、梶原政景が兵を出さずに後方からの支援と監視を行っているようで」


 歩き巫女からの報せを数人の者達で聞いていた。

 家康は難しい顔であったが、それよりも表情に変化が現れたのは間違いなく氏治殿である。


「我が城にそのようなどこの者かもわからぬ男が入っていると?」

「どこの者かと言われれば、関東では少しばかり名の通った一族であることに違いはないが」

「梶原と言えば北条の旧臣におったはず。たしかに水軍を用いる腕前はなかなかのものであったが、関東一帯に名が通るほどの者では無い。言うても水軍を用いぬ我らには脅威ですらなかったゆえにな」


 氏治殿が言っている梶原は確かに北条の旧臣の方で間違いはない。


「それにあの男は北条家の数代前の当主であった氏康殿に見込まれて関東に入ったはず。元は紀伊だか伊勢だか、とにかく西の国の出身であったであろう」

「よく知っている。だがこの梶原は景宗殿の事ではない」


「ふむ」そう言って氏治殿は考え込むような仕草をした。

 まぁ、梶原の出自を探っているようであるが、それよりも有名なのは政景の父親の出自の方なわけだが。


「梶原とは古河公方に仕えた者の名だ。元服の際にその名を継いだようである」

「・・・たしかに古河公方様の元にそんな者もいたような。しかしそれであっても我が城に入る資格があるほどの者には到底思えぬ。早々に城からたたき出してやらんといかんわ」


 鼻息が僅かに荒くなったように見える。

 あれだけ普段は良くも悪くも何を考えているのかわかりにくいというのに、今回はその表情から色々と読み取れるものがあった。それだけ旧領復帰に対する想いが強いということだ。

 これからの働き次第では、その道もまた遠くなりかねないが。


「ちなみに政景殿の出自は太田家にございます」


 関東に入った家康もまた、そのあたりの家系をよく調べている。南武蔵を実質的に管理している立場であるから当然のことだ。


「太田?太田とは、あの太田のことか?」

「はい。その太田にございます。父親である資正殿は、佐竹義重殿の側近として重宝されておりますので、小田城に政景殿が入れられたのも諸々の信頼があってのことかと」

「にしてもであろう。我が城に足を踏み入れることが許されるのは、やはり我が小田家の一族に限る。名門であろうがなんであろうが、奪い返す想いは決して揺るがぬ」


 氏治殿は歩き巫女に一度視線を向けたが、すぐさま俺の方へと顔を向けた。


「見ておれよ。今川様に良いように報告して貰わねばならぬでな」

「しかと。だがその前にこちらの信頼を回復するように努めることを推奨するが」

「それもそうであるな。直に戦端が開かれよう。家康殿に背後を任せ、我ら常陸の国人衆は突き進むのみ。背中でその武を語らねばならぬわ」


 機嫌よさげに「ガハハ」と笑う。家康は苦笑しているようであったが、氏照殿の表情は晴れないままであった。

 先の一件のことを一番心配しているようであったからな。だがまぁ当分は監視の目を光らせておくとしよう。

 味方を警戒することこそ、最大の無駄な気配りであるというのに。再びこのような状況になってしまったことが不幸であるとしか思えない。

 だからといって監視の目を切れば、好き勝手されそうなものだから厄介なのだが。


「して此度はどのように戦いましょうか?数は確かに減っているようにございますが」

「それよ、家康。此度は先日とは違って視界が晴れている。湿気も無く、火薬を用いる大筒や火縄銃の運用も出来るであろう」

「ならばそれを用いて戦うために、正面より迎え撃つということにございますか?」

「その考えは少々浅はかであろうな」


 佐竹もまた火縄銃や大筒といった火器の生産を行っている。かつて今川と上杉の仲を険悪にさせ、そして佐竹と蘆名の関係も悪化したあの一件で知ったことである。

 情報源は三峰館の家具を揃えていた菊が商人から聞いたことであったが、以降は雑賀や商人らから俺も直接情報を仕入れていた。

 上杉を激震させた、当時の当主であった上杉政虎の襲撃事件では船上で暴発して大爆発したとのことであったが、それから何年も経った今、性能は格段に上がっていると見るべきである。


「浅はかと申しますと?」

「直政、地図を出せ」

「かしこまりました」


 直政は俺達が囲んでいる机に地図を広げた。真ん中にある大きな輪のようなものは霞ヶ浦である。

 そしてその周辺にはいくつかの凸マークが記してある。要するに城なわけであるが、全ての城が記されているわけではない。

 戦略的要所となるであろう城と、佐竹の主要家臣が入っている城のみである。


「この城が先ほど名が出た府中城」

「大掾の居城だな」

「その通り。この近辺には大掾家の分家が点在しているわけであるが、その一部は江戸家の監視下に置かれているという。間違いないな?」

「はい。彼らの領内には佐竹や江戸、梶原といった間違いなく裏切らないであろう者達の兵が監視の目を光らせています」


 歩き巫女はより詳細を俺達に伝えてくれる。


「だがさすがに常陸の防衛をする上で人手が足らなくなることを考慮し、大掾家の分家とはいえ、宗家からの影響が非常に低い血筋の一族には出陣を要請しているという。その中には寝返りに賛同している者達も含まれているらしい」

「この援軍に来ている者たちの中にもいるということにございますか」

「その通り。そして大掾家もまた、順調に進撃する俺達に警戒するために兵を城に集め始めた」


 江戸の援軍の数が少なくなったのは何も前の一戦で打撃を与えたから、というわけだけではない。

 後方への警戒をするために、霞ヶ浦の南側に兵を残しているのだ。


「大掾家の当主は未だに幼く、その後見についている竹原義国曰く、時を見て行動を開始するとのこと」

「こちらがこの援軍にぶつかるのはその時にございますか」

「そういうことだ。それに近く里見家と千葉家が鹿島の奪還に動くという」


 鹿島の家臣団が千葉家に求めた救援に答える形である。鹿島を今川に仕えさせるために、まずは親江戸派の当主である義清を討つべく行動に移した。

 そして鹿島義清の要請に答える形で出陣した江戸重通は、今川との開戦を受けて一時的に鹿島城から兵を退いている。

 おそらく先代の当主らによって要塞化した鹿島城であれば、少数兵の里見・千葉の攻撃を受けても耐えることが出来るとの判断があったと予想された。

 だがそんな両家の進軍は間違いなく国境付近の国人衆らに影響を与えるだろう。俺達にとって良いように動くことを願うばかりであるが、果たしてどうなることやら。


「氏治殿」

「なんであろうか」

「此度は手柄に逸って前に前にと飛び出ぬようにな。此度は頭を下げるだけでは済ませぬぞ」

「・・・かしこまった。配下の者達にも大人しくしておくように厳命しておこう」

「頼む」


 変な間が気になったが、流石にここでの勝手な行動は愚かな行いであることは理解しているはずだ。

 とにかく無事に反旗を翻せるように願うほかないな。

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