322話 三国の均衡

 高遠城 一色政孝


 1573年夏


 俺の目の前には訳も分からぬまま頭を下げている男がいた。

 重治からの呼び出しに慌ててやって来た男は、何やら危険な雰囲気を感じ取って早々に頭を下げたのだ。


「源四郎、頭を上げよ。そのままではまともに話すことも出来ぬであろう」

「はっ!ですがこうして呼び出されると言うことは、我ら市川家に何か至らぬ点があったからにございましょう。故に近場で商いをしていた私を急ぎ呼ばれたのではございませぬか?」


 そう。この男、市川家に連なるものである。

 名を市川源四郎。源左衛門の7つ下の弟であるが、腕は確かであり信濃方面での市川の商売を一任されている。

 そしてこの男の言うように、たしかに俺は有事の際、必ずといっても良いほど源左衛門を遠くからでも呼び寄せていた。武器購入に関して間違いがあってはいけないからだ。

 だからこうして源四郎を呼び出したことなど無いに等しい。そのことを不審に思った源四郎は今現在何度も頭を下げているということだ。


「まだ至らぬ点があったかわかっておらぬ。だが急ぎ確認したいことは確かにあった。故に近場にいるお前を呼んだのだ」

「確認、にございますか?」


 ここに来てようやく本題に移ることが出来た。無礼を働いたのだと戦々恐々としていた源四郎も、身体の力が抜けたのか少しヘニャッとした表情で顔を上げる。


「そうだ。まずはこれに見覚えはあるな?」


 秀治殿より預かった証拠品を源四郎へと見せる。受け取った源四郎はそれをマジマジと見つめ、そしてすぐに結論に至った。


「これは雑賀で生産されている同型の抱え大筒の欠片、でしょうか?ですが随分と損傷が激しいように思いますが」

「その通り。これは越後で発見されたもので、つい先日俺に預けられた」

「越後で・・・。先日のアレのことで?」

「それではない。それに奴らには火縄銃しか流していない」

「では何故この型の抱え大筒が越後で発見されたので?現在他の産地でも大筒等、火縄銃以外の火器も生産されておりますが、これは間違いなく雑賀のものであると思うのですが」


 上杉家は国友の火縄銃を揃えていると聞いた。ならば越後に雑賀の大筒があること自体おかしなことなのだ。


「しかし雑賀の型と一致はしておりますが、雑賀で作られたものであるのか、その判断は私にでは出来かねます。少なくともこれだけのものからは」

「・・・どういうことだ?」

「たしかに雑賀の抱え大筒、特に攻城に用いられるような巨大な大筒等は、他の産地に比べて雑賀のものが一歩抜き出ております。故に抱え大筒を購入するならば雑賀、というのが商人の中では常識となりつつある。もちろん一色様保護下の商人以外も含めた話にございます」

「なるほど」

「ですがもちろんそれを模倣しようとする者達も出てくる。故に雑賀は雑賀で作ったという証を秘密裏に掘るのでございます。ですがそれは表面には無いようで、製造過程で彫り込むのだとか」

「この欠片程度では作りは雑賀のものであるが、ただどこかで模倣されたものであることも考えられるということなのだな?」

「はい。せめてどこかに雑賀の印でも彫られていれば、確定づけることも出来るのでしょうが」


 何度かクルクルと欠片を回した源四郎であったが、やはりそれらしいものは発見出来なかったようだ。

 俺も何度も目を通しているから、そのような印らしきものが無かったことは知っている。しかし今の源四郎の話をそのまま鵜呑みにするのであれば、話は振り出しどころかマイナスになったこととなる。

 雑賀で作られていたのであれば、もしかすると目途を付けることが出来るかとも思った。だが雑賀で作られていない模倣品であった場合、さすがにその特定までは出来ないだろう。


「他に何か気になることは無いか?例えば雑賀に船を寄越す者達のことであるとか」

「そうでございますね・・・。ここ近年で増えた船と減った船がございます」

「増えた船と減った船?雑賀や根来で買う者の変動があったということか?だが彼の地は・・・」

「はい。一色様の援助の甲斐もあり雑賀は急激に発展しております。それに合わせて火縄銃、大筒等の発展も凄まじい。ですがそれに触発されるように根来も進化を遂げております」

「減ることもあるのか」

「事情は様々出でしょうがそこまでは分かりかねます。故に事実だけを述べさせていただきます。まず増えたのは長宗我部家と細川讃州家にございます」


 元々三好によって統治されていたのは四国のうちの阿波と讃岐の二国。だが三好家が三つ巴となった際に、その四国で独立した三好家は現当主三好長治の異母兄である細川真之を主としてたてた。

 ちなみに三管領の一角である細川京兆家の名の由来は当主が代々任じられる右京大夫の唐名である京兆尹けいちょういんからとったものであることに対して、阿波守護家の細川家は讃岐守を称していたため細川讃州家と呼ばれている。特に今の時代、どちらもそれなりに重要な立ち位置を持っているため、明確な呼び分けが必要とされるわけだ。


「なんとなく雑賀で買う理由が見えたな」

「こちらに関しては何らおかしなことではございません。ですが明らかに船の入りが減ったところもあるのです」

「そちらだな、俺としても興味がある」

「まずは毛利家。そしてもう1つ」


 わざと溜めを作ることで、俺の意識は完全に源四郎に握られている状況だ。だがそれほどまでに興味があった。

 船の入りが減ったということは、いくつかの理由が思い浮かぶ。まず一番あり得そうなのが別の産地で買っているという可能性。そしてもう1つが、自国生産を始めたという可能性。後者であればその地は大きな可能性を秘めることとなる。必ずしも成功するとも限らないわけだがな。


「もう1つはどこだ」

「はい。佐竹家にございます。ですが佐竹家自体が雑賀で火縄銃を買われていた時期はそれなりに前のこと。ここ数年は雑賀で買われていないようですが、どうも堺で大量の火薬とともに購入されている様子が確認されております」

「大量の火薬だと?それはいつ頃の話だ」

「はい。たしか3年も前の話にございましょうか?ですが佐竹は堺や雑賀に限らず様々な地で火縄銃を購入しているようにございます。それも相当な高値で買っていたとか」

「鍛冶屋としても断れぬな」

「むしろ佐竹家と商売しようと、鍛冶屋も商人も目の色を変えて交渉していたようです」


 しかし3年前か。3年前であれば俺は何をしていた頃だったか・・・。


「ちょうど伊豆で北条と戦っていた頃にございます。あの時は里見と共闘とは名ばかりの共闘を果たし、北関東の諸将は北条と同盟という立場がありながら傍観をされておりました」

「重治は関東に潜り込んでいたのだったな」

「はい。その後のことにございます。結城様や小山様と出会ったのは」


 しかしあれが3年前とは随分1年の流れが早いな。まだ俺の中ではつい先日といっても良いほどに深く脳裏に焼き付く戦だった。

 本当に死ぬか生きるかの選択を連続で行った。1つ誤っていれば俺は死んでいたかも知れない。


「しかしあの頃に佐竹が大量の火薬、か。少々気になるが、探りを入れること自体は厳しそうだ」

「もし何か事を起こそうというのであれば、警戒はしているでしょう。それにたしか今の佐竹家は北条家と険悪になりつつあります。風魔の忍びに対する警戒はしっかりとしているでしょう」

「同感だな。・・・源四郎」

「はっ!」

「いきなり呼び立てて済まなかったな。今度大きな商売を任せることを源左衛門にも伝えておくがよい」

「真にございますか!?きっと兄上も喜びましょう」


 源四郎は帰っていったが、残った俺達は1つの可能性にぶち当たった気がした。


「佐竹が、ということはあるまいな」

「佐竹と蘆名、そして伊達は現状にらみ合っているという認識でありますが」

「伊達家先々代当主である伊達稙宗による婚姻外交は現当主である輝宗によって終わりを告げられた。次々に婚姻同盟を締結していた大名家を攻めてはその勢力を大きくしている」

「蘆名家もまた伊達と婚姻関係でありましたが、最早味方であることは無いでしょう。そして佐竹は北に勢力を拡大する上で両家の拡大は望まぬところ」

「やはりあり得ぬな。この三者はそれぞれに思惑を抱えている。どこかが抜け駆けするなど許せぬであろうし、拮抗している勢力図を敢えて崩す必要も無い」


 だがそれでも気になることはある。


「殿、蘆名家は焦っているのではありませんか?」

「重治もそう思うか?」

「はい。伊達は未だ勢力拡大の余地を残しております。南に進めずとも、北には大小様々な大名家がしのぎを削っておりますので。そして佐竹、これは北条や北条に与する大名家相手ならばまだ先は見えます。それに北条と敵対しているのは今川や里見もおります。弱った北条であれば佐竹も十分領地拡大の機はありましょう」


 蘆名がすすむは最早越後しか無かった。着実に力を付ける両者と戦うよりは、未だ介入の余地もあり勢力拡大の機すらもある越後の方が都合が良いと考えたのかも知れない。

 だが越後の混乱は長く続かなかった。


「佐竹に探りを入れてみようとも思ったが忍びは難しいであろう」

「ではやはり頼るべきは商人にございましょう。先日菊様が申されておりました。常陸へと向かった商人と話をされたと」

「戦支度を進めている佐竹であれば商人を邪険に扱うことは無いか」

「おそらく」


 俺もそれならば問題は無いように思えた。あとは的確な情報を得ることが出来るのか、しかし雑賀で万が一顔を知られている可能性を考えれば市川の者達には頼めない。

 それであればやはり関東方面に精通している者が良いだろう。


「今の話を聞いてから時忠を送り出すべきであったな」

「人をやる手間が増えてしまいました」


 俺と重治の考えは一致している。まずは佐竹から探りを入れてみるとしよう。

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