323話 上杉統一へ最後の戦い

 越後国 浅貝寄居城 上杉景虎


 1573年夏


「先ほど報せがありました。長らく包囲されておりました直路城が落城したとのことにございます」

「ついに落とされたか。晴家は落ち延びたであろうか」

「いえ、そのような報せは受けておりませんのでおそらく・・・」

「そうか。あの者には悪いことをしたな」


 俺の側近である遠山とおやま康光やすみつは、淡々と各地の戦況を報告する。

 先ほど報されたのは、この城の盾として残した柿崎かきざき晴家はるいえが守る直路城が落ちたというものであった。晴家は自身の父親である景家との折り合いが悪く、家を出て俺に従っていた。いずれは俺の元で柿崎家を繁栄させると息巻いておったが、今の康光の話では生き延びているとも考えにくい。

 以降も康光より報させるのは残された僅かな城が全て落とされ、ついにここ浅貝寄居あさかいよりい城のみであるという現実だけであった。

 唯一の望みであった沼田城も、顕景の要請に応えた山内上杉家によって包囲。そちらもつい先日落とされたという。

 重親以下城兵らは城を枕に討ち死にし、わずかにでも俺が上野を抜けられるように道を切り開いてくれたが、それすらも最早活かすことは出来ぬ。

 我らもまた顕景によって包囲されようとしている。


「盛氏殿からの援軍は望めぬのだな」

「はい。越後の北部では続々と我らを裏切り、顕景に再度の臣従を表明している様子。唯一頼りにしていた繁長殿の蜂起もまた、何者かの策略を受けたようで失敗に終わりました」

「・・・蘆名と大宝寺が北部より攻め込めば、あるいは、とも思ったがことごとくこちらの思惑が外れたな」

「申し訳ございませぬ。私の力不足が殿を死地へと追いやりました」

「俺の力不足もある。一度でも信濃の侵攻を成功させていれば、俺に従っていた者達の心が離れていたこともなかったであろう。それはまさに俺の責任である」


 康光がたじろぐ。

 だがそれが事実であり、もはや俺自身が兄上の力となることは無い。


「伝令にございます!三国街道を進む上杉顕景率いる一団が確認されました!奴らはまっすぐこの城へと進んでおります!」

「そうか、ご苦労であった」

「すでに皆様防衛の備えのため、配置につかれております。どうかお急ぎください!」


 それだけ言い残した使番の者は慌てた様子で部屋から出て行った。


「いよいよその時が参りました。上杉家中に混乱を招いた我らを顕景殿は許されぬでしょう。もはや我らも玉砕覚悟で敵にあたらねばなりません」

「籠城戦に持ち込むような真似は出来ぬ。そう指示を出せ」

「かしこまりました。直次、聞いていたな?」

「すぐに人を出す」


 康光と倅の直次の仲は良好とは言いがたい。康光とは親子と思えぬほどに考え方が根本的に違うのだ。

 俺も直次とは合わぬようであるがな。


「俺も前に出る。兄上からの援軍が望めぬ今、ここで顕景を消耗させることこそが最大の手助けとなるであろう」

「かしこまりました。私もお供いたします」

「頼りにしているぞ、康光。1人でも多く道連れにしてやる。見ておれよ、顕景め!」


 相越同盟のため、人質として、そして政虎様の養子として入った上杉家。当初思い描いていたような結末にはならないが、それでも俺の望みは全く変わっていない。

 ここ越後という地より兄上をお助けする。

 本当はこの家を乗っ取り、北条に臣従というのが最もよい物語であったのだがな。どうも俺では力不足であったようだ。


「参ろうか、康光、直次」

「「かしこまりました」」


 俺の最後の戦いが始まる。




 陸奥国若松城 蘆名盛氏


 1573年夏


「景虎も先は短かろうな」

「はい。我らが援軍を出せぬ今、もはや降伏か討ち死にか、それとも自ら命を断つか。どれかを選ぶほか無いでしょう」

「あの若造が顕景に降伏を申し出るとは思えぬ。結局のところ生き延びることはなかろうな」


 金上かながみ盛備もりはるには越後国内の情勢を事細かに調べさせている故、おそらく間違いは無いはずだ。

 ともなれば、景虎の命運はまさに今尽きようとしていることは確かである。


「越後への介入は今後難しくなるであろうな」

「北に勢力を伸ばしましょうか?大宝寺を再度我らの配下とし、伊達の侵攻に備えるのも1つですが」

「それでも良い。だがそれこそ早々に伊達と決着をつける必要が出てくる。今はその時では無い。それに決着を急ぐのであれば、狙いを大宝寺に定めずとも東に進んでかつて伊達に従っていた者達を救援した方がはるかに利口であろう。勝手に纏まるでな」

「そうなのです。しかしあちらに進めば伊達のみならず佐竹とも戦となりかねませぬ」


 そしてこうしている今も、伊達家の御家騒動決着以降従属を白紙に戻した田村たむら隆顕たかあきから援軍の要請が来ておる。

 他にも相馬からも援軍要請が来ておったな。だが奴らの救援には佐竹の手足が対処するために動くであろう。

 儂の迂闊な行動は佐竹との関係を悪化させるだけ。


伊達だて輝宗てるむねの兄が養子として入った岩城家もまた佐竹の影響下となったようであるな」

「噂では岩城家当主である親隆ちかたか殿の御正室、樹様が当主代行として振る舞っておられる様子」

「親隆が生きておるかどうかは分からぬ、か。だが間違いなく奴は佐竹にとって邪魔であったことに違いは無い。なんせ佐竹家先代当主の娘が嫁いだにも関わらず両家の関係は好転しなかったのだからな」


 そして佐竹の娘が嫁いだ後も、親隆は伊達家と懇意にしていた。佐竹が怒るのも無理はない。


「とにかくそちらの事情に深入りするのは愚策よ」

「その通りにございます。まだ時を待たねば」

「いつまで待てば良いのか。だが気がかりは儂の寿命と盛興もりおきのことよ」

「盛興様はお方様がつきっきりで看病されておりますが、あまり症状がよくなっている様子は・・・」

「2度も行った造酒の禁止は効果を示さなんだか」


 1度こそ盛興に蘆名を託した儂であったが、日に日に弱っていく盛興に重荷を背負わせることはどうしても出来なかった。

 故に養生することを理由に一度その当主の座から降ろし、再度儂が蘆名を取りまとめておる。どうにか儂の寿命が尽きる前に回復して貰いたかったのだが、その期待はどうやら儚く散りゆく予感をさせた。


あずまも失意の内に病で死んでしまった。伊達との繋がりは盛興と彦のみであるが、当主の座を降ろしたことは輝宗にとってしてみれば裏切りに近い行いであったことであろう」

「もはや関係修復は望めませぬ。それにこれまで2代続けて行われたうつろを輝宗は取りやめました。もはや敵対するほか道はありませぬ」

「とにかく城を任せている者には十分警戒させねばならぬ。盛備は継続して越後の情勢を見極めよ。最早味方を作るというようなまどろっこしい真似はせずとも良い。攻める隙が出来れば早々に奪い取るぞ」

「強硬な手段を用いれば今川が介入してくるやもしれません。それに少々遠くはありますが、織田もおります」

「今川は心配に及ばぬ。今頃両者の関係は切り裂かれているはず、織田もまさか越後の最北にまで兵を出しては来ぬであろう。遠慮無くやれば良い」

「かしこまりました。ではそうさせていただきます」


 盛備は出ていき、入れ替わるように針生はりゅう盛信もりのぶが入ってきた。入れ替わりざま、盛信は確かに盛備を睨み付ける。

 両者の相性は良くない。だが競争を生むこと自体は悪いことであるとは思わぬ。程々にするよう後ほど伝えておくとしようか。


「失礼いたします。例のことをご報告するために参りました」

「例・・・。政虎を襲撃した際のあれか?」

「はい。この城に運び込まれた抱え大筒から、不審な工作跡は見つかっておりません。ただただ質が悪かっただけのようにございます」

「質が悪かった、か・・・。だがそれで何人も死んだのだ。それだけでは済ませられぬ事である」

「まことその通りにございます。もし我らが運用している最中に暴発でもしていれば、大きな痛手を負うことになっていたでしょう。あのような高価なものを扱うのです、それ相応の人物が取り扱うための責任を負っていたでしょうから」


 そう。政虎を襲撃し重傷を負わせたまでは良かった。越中の平定を遅らせ、あわよくばを狙った儂だったが、まさか当主の座を降りるほどの成果を出すとは驚きであったのだ。

 だが問題はその最中に生じた。

 蘆名家中に持ち込まれた雑賀で製造されたという抱え大筒が、襲撃の最中に船上で爆発を起こしたのだ。周囲に浮かんでいた船を多く巻き込み、大きな被害を出した。

 遠くより監視していた者がそう証言していたのだ。その者が嘘をついていない限りは、間違い無い事実である。

 だが雑賀の火縄銃、抱え大筒、そして攻城用大筒は他の産地の追随を許さぬほど質が高いことで有名である。そのようなものが暴発など起こすのか、まるで聞いたことが無い。

 故に秘密裏にこの城に運び込まれた抱え大筒を盛信に調べさせたのだ。


「これはあまりに危険な代物である。今後の運用は禁止とせよ」

「かしこまりました。ですが我らは偽物を掴まされたということでしょうか?まんまとやられてしまいました」

「むしろ我らに被害がない段階で気がついて良かったと思うほか無い。政虎襲撃を雇い入れた者達だけで成したのはせめてもの救いよ」


 だが盛信のいうとおり、欺されたのは事実であろう。これは・・・、少々痛い目にあって貰わねばならぬか?

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