285話 三つ巴の三好家

 岡豊城 長宗我部元親


 1571年春


「殿、篠原自遁より遣いの者がきております」

「通せ」

「はっ」


 久武ひさたけ親信ちかのぶが連れてきたのは、俺が調略していた三好の重臣の1人。篠原自遁の遣いであった。

 奴は、いや細川阿波守護家である真之らは三好長治を含めた三好の畿内進出をした者達に対して少なからず複雑な想いを抱いている者たちである。先日そそのかした通り、足利義栄を狙うことで両者の関係は悪化した。

 阿波と讃岐は既にこちらである程度掌握済み。このまま両国を長宗我部のものとして、四国統一の足がかりとしてくれよう。


「失礼いたします。某、篠原自遁様より遣わされました、植松うえまつ徃正ゆきまさと申します」

「植松よ、此度はどうして我が城へ?」

「はっ!先日、駿河の今川氏真様が上洛を果たされました。京の者より、三好長逸殿が接近されたことが確認されたため、一応ご報告にと参った次第にございます」

「・・・今川に近づく利が奴らにあるというのか?」

「現状今川の目は関東に向いております。また前の織田による上洛には従軍しておりませぬ。ですが今川はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。万が一があってからでは遅いかと思いまして」


 義助が今川の邪魔をしようとした話は有名なものである。同族にまで妨害をするのかと言われていたが、どうやらそれは違った様子。幕府も一枚岩では無い。

 特に己らの利のために、将軍の後ろ盾となった三好にしてみれば義助は随分と想像と違った将軍になったことであろう。

 篠原長房はその最たるものであった。


「今川には一色と呼ばれる一門衆がおります。この者、此度も京へ同行しておりますが非常に危険にございます。志摩や伊豆の水軍を蹴散らしておりますので」

「淡路の水軍が負けると?」

「信康様が負けられるとは家中の誰も思っておりませぬが、これも万が一でございますので」

「わかった、遠路はるばるご苦労であったな。真之と存保には何かあれば兵を向けることを改めて伝えておくがよい」

「かしこまりました」


 徃正は部屋を出ていき、側に控えていた親信も共に出て行った。

 側で一連の流れを見守っていた弟である親貞ちかさだは、そんな俺を不思議げな顔で見ておる。


「よろしいのですか?三好が力を弱めることは兄上の望まれるところであると思うのですが」

「三好が再統一されることを俺は望まぬ。それよりは徐々にこちらに味方するものを増やす方が賢きやり方よ。まずは讃岐の者達をこちらにつかせる。その後に真之よ。逃げ場を失えば戦わずともこちらになびくであろう」

「最早三好の時代は終わりにございますか」

「長かったな。隣国が大国とはこうも大変であるとは」


 昨年には土佐の東部に根を張っていた安芸家を滅ぼした。彼の地は弟であり、香宗我部こうそかべの家を継いでいる親泰ちかやすに任せてある。未だ阿波にて三好長治へ味方する者は、親泰を中心として攻め獲らせるつもりであるわけだ。

 対して土佐の西、一条家の旧領は未だ混乱したままである。一条家の当主であった兼定かねさだは、俺が一条侵攻の動きを見せた途端に家臣らに追い出された。逃げ込んだのは豊後の大友であったが、その後は大友家の力を借りて継続した旧領回復を掲げた侵攻を繰り返してきておった。奴らをどうにかしなければ、土佐の統一が成ったとは到底言えぬ。


「讃岐には毛利の手が伸びようとしているとの噂もございます。早々に手を付けなければ、またもや大国が隣にいることとなりましょう」

「それは何としても避けなくてはならぬな・・・。今は毛利と戦うべきではない」

「では」

「親貞、お前に兼定を任せる。二度と土佐へ兵を向けてこぬよう、徹底的に叩き潰せ。何なら奴らと対立している西園寺を攻めても構わぬ。とにかく豊後からの上陸地点をことごとく潰すのだ」

「かしこまりました。必ずや土佐の統一を成してみせましょう」

「頼りにしているぞ」


 あとは讃岐を如何するか。現状では俺の支援を受け入れようとも、俺に臣従することはないであろう。

 直接的な影響は奴らに何もないのだからな。故に讃岐へ抜けるための道を確保する必要があった。

 ここ岡豊城より讃岐に抜けるためには、阿波の白地城を落とす必要がある。彼の地を落とせば、阿波にも讃岐にも、そして伊予にも通じる道を得ることが出来るのだ。

 まさに交通の要衝である。


重俊しげとし、次の戦は白地城だ。彼の地を任されている大西おおにし覚養かくようをこちらに寝返らせよ。出来なければ攻め込むぞ」

「攻め込む・・・。よろしいのですか?未だ幕府からの命は解けておりませぬが?」

「幕府の後ろ盾である三好と敵対している俺が、幕府の言葉を聞いていれば格好がつかぬ。それよりも今が大大名であった三好家を切り取る好機なのだ。これを逃す手はない」

「かしこまりました。ですができる限りはやってみましょう。大西覚養の調略、この重俊にお任せを」

「あぁ、俺を悪人にしてくれるな」

「はっ」


 覚養は未だにその立場をハッキリとさせてはいない。長治なのか、存保なのか。

 いずれにせよ、四国の統一を目指す俺からすれば邪魔であるとしか言えない。

 時勢を読めぬ者は滅びるまでよ。三好も、将軍家もな。




 京 一色政孝


 1571年春


 皺が多いもののしっかりと整えられた白髪の男。俺が最初にそう称した男の名は三好長逸といった。

 そう後世で三好三人衆と呼ばれる者達の一角であり、御共衆の1人だ。

 そんな男が、真夜中の誰も出歩かぬような時間に俺の滞在していた館へとやって来たわけである。


「夜分に申し訳ありませぬな」

「・・・たしかに時間を考えて欲しいとは思うが、このような時間でなければ話せぬ内容であると言うことは理解させていただきました。それでいったい何用なのでしょうか?」


 俺はあえて警戒心を隠すこと無く長逸にそう問いかけた。

 このような場、誰にも知られるわけにはいかない。当然であろう。


「実はお願いしたきことがございましてな。こうしてやって来た次第にございます」

「お願い?しかし時間も時間。そういうことである、と?」

「その通りにございます」


 長逸は大きく頷いた。俺としてはあまり危険な橋を渡りたくはない。

 基本的に関与することがない京での事であれば尚更だ。だが長逸という三好の重臣と関係を築くことが今後全く不要であるかと言われればそれもまた分からない。

 故に話だけは聞いてみようと思う。まったく話にならないようなお願いであれば、突っぱねれば問題は無い。だがもし、もし今川家に利のあるような話であれば聞いてみる価値はある。


「ご存じであるとは思うが、今三好家は割れておるのです。それも3つに」

「畿内の三好長治様、河内の三好義継様、讃岐の十河存保様と阿波の細川真之様でありましたか?よくもこう細かく分裂しているものにございます。しかしそれでもなお、三好家として1つの大名家は形成されている。いや義継様は最早別勢力ですか」

「まことによくご存じで。その通り。ですが1つ大きな問題が生じたのです」

「問題とは?」

「阿波・讃岐両国とも、別々の大名家が背後にいるようで・・・」

「三好としては再度の統一を図りたいが、迂闊なことをすればその背後にいる者たちとも戦になりかねないと?しかしそれは俺の、いや今川の知るところではない。正直に言えば勝手にして貰いたい話だ」

「此度儂が内密に一色殿の元へとやって来たのには、それなりの理由がある。一色殿が保護している商人の利権に直結する事態が起きた故」


 俺としてはもう寝たい。有意義な会談も期待出来ず、早々に切り上げて帰って貰おうと思ったのだが、商人の利権に関わることなどと言われれば嫌でも引き戻される。

 これも悲しき領主の性なのであろうか。


「ハァ・・・、話を聞きましょうか」

「毛利と伊予の河野家でとある約定が交わされたのです。瀬戸内における両国の海域を抜ける際には、村上家による厳重な立ち入り調査があった上で莫大な通過料払う必要が出来ました。毛利も河野も商いがしたいわけでは無く、不審な船の往来を辞めさせようとしているのです。ですが商人からすれば、土佐の南を回り込んで抜けるよりも瀬戸内を抜けた方が、西国各地に行くには近い」

「讃岐に影響力を及ぼしているのは毛利であると?」

「または陸続きとなっている河野。どちらにせよ讃岐にまで勢力を伸ばされれば、商いに大きな影響を与えるでしょう。一色殿にとってはそれは望まぬ事であるのではありませぬか?」


 たしかにそうだ。高瀬も言っていたが、毛利領にも一色保護下の船は出入りしている。莫大な通行料に面倒な立ち入り調査を経て西国に向かわなければならないのであれば、商人は西国へ向かうことを避け始めるであろう。

 ただし現状はそこまでだ。いやたしかに影響はあるであろうが、商人達は新たな儲け話を探すだけ。

 だが勢力を拡大されたときに生じる問題はあった。

 讃岐が抑えられる。つまり播磨方面へと船を出すためには、金を払う必要が出てくる危険性だ。


「聞いておりますぞ。一色領では随分と鉄製農具の生産が活発であるとか。その鉄は随分と昔より播磨の物を買われているのでしたな。困りましょうな、船を入れられなくなるのは」


 脅されているのだとわかった。いや、長逸に脅されているわけではない。だが間接的にはそれとほとんど同義である。


「私に何を求められるので?」

「織田殿に口利きをお願いしたい。公方様は平島公方家の家系にて今後の将軍職を継承されようとされてはいるが、後ろ盾である我らがこうも弱まればそれも叶わぬ。故に万が一の際には、儂が責任を持って義秋様の入京を手伝う故、今は我らの力になってほしい。とな」

「私には出来ることと出来ないことがございます。ですがそれとなく氏真様にお伝えすることくらいは出来ましょう」

「それでもよい。正直に言えば最早我らはこれ以上戦えぬ。各地に戦線を持ち、みな疲弊しているのだ。だが公方様を担ぎ上げた今は決してその弱みを見せることは出来ぬ。公方様のためにもな」

「その想い、確かに受け取りました」

「かたじけないな。このような老体の無茶な話を聞いて貰って」


 そう言い残すと長逸は帰って行った。しかし本当に如何したものか。

 今の話がただの時間稼ぎである可能性は十分にあり得る。未だ栄衆からは、四国方面の情報が何も寄せられていないので嘘か本当かの判断も出来ない。


「信長の上洛を待つほか無いか」


 信長が義助と語り、どう感じるか。それ次第のようにも思える。いや、本心を言えばどうなるかなど最早わかりはしないのだがな。

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