160話 今川ゆかりの公家達

 ほらの城 織田信広


 1566年夏


「信広様、信長様は何事も無く信濃国境を越えられたそうにございます」

「あいかわらず動きの速いことだ」


 ここ洞城は、飛騨国司である姉小路嗣頼殿と敵対していた江馬時盛の弟、麻生野あそや直盛なおもりの城である。

 秀貞殿が結ばれた約定に従い、俺は成政と共に美濃より出陣し武田勢力の一掃に務めた。武田には飛騨を抑え続ける余力は無く、たいした抵抗をみせることなく信濃へと撤退し、残された武田に臣従を誓った飛騨の国人領主らはことごとく降伏して飛騨の平定は終わりを告げることとなる。

 大方の者らは赦されたのだが、江馬家とその親族にあたる者らはほとんどが首を刎ねられた。

 それほどまでに嗣頼殿は江馬家を憎んでいたということだ。


「それで嗣頼殿は如何過ごしている?」

「混乱を極めた飛騨を統一したことで、朝廷よりさらなる官位を賜れると喜んでおりました」


 成政のどうしようもないといった感情は痛いほどによく分かった。あれが同盟相手だというのだから頼りないことこの上ない。


「だが飛騨の国司はそれでよい。周りが見えていない者ほど、こちらは扱いやすいものだ」

「たしかにその通りです。越中の動向も注視せねばならぬ今、頭の回るものが飛騨におると、信長様の覇業の足枷になりましょう」


 殿の覇業。

 我らが飛騨へと出陣する前に、殿は織田の目指すものを改めて掲げられた。

『天下布武』を目指し、この世を一新し争い無き世を作る。殿は足利幕府のあり方を完全に否定されたのだ。

 今のままでは日ノ本は荒れる一方であると。故に織田家が新たな日ノ本の王として名乗りを上げ、そして治める。

 手始めに旧時代の遺物を取り払う。そういった意味を込めて、稲葉山城を岐阜城へと改称された。


「上杉に使いの者は送ったのか?」

「はい。我らは微力ながら一向宗の妨害をすることで、飛騨への不干渉を約束していただく手はずになっております。また越中の平定戦を行う際には姉小路家は省き、織田勢のみで加勢するという条件も加えております」

「それでよい。嗣頼殿を上杉に関わらせるな。殿からのご命令だ」


 帰蝶様を通じて織田家と親族だといわれても、このような扱いを受ける嗣頼殿。いゃ、姉小路家。

 役に立つのであれば、いくらでも官位をいただけたであろうものを。


「相も変わらず桜洞さくらぼら城で公家を呼んでお祭り騒ぎだというではないか」

「呼ばれる公家も迷惑なものです。しかし今や帝に最も信のある近衛前久殿と縁があると言われれば、はるばる飛騨の地まで来なくてはならない。公家社会も意外と難儀なものです」

「意外でも無いわ。端から見た俺が面倒だと思うのだ。力が無い故、ある者にとにかく気を遣わねばならぬ。俺は織田家に生まれてよかったと心底思うな」


 信長が当主となった時は心底不安であったし、不満であった。斎藤義龍殿と手を結んで謀反まで起こした。

 その後は敵対行動を続けたが、どうしても信長に勝てぬと悟った。弟は俺が思っていた以上に強かったのだ。

 それからは二心無く仕えることとなったが、仕え始めて気がついた。『うつけ』と呼ばれていた弟の姿は立派な大名の姿へと変わっていたのだ。

 たしかに俺達にも理解出来ぬ行動をとり、こちらを困惑させることは多々ある。

 だがそれでも織田家の当主として行動する弟の判断は大きく間違えることは無い。だから一度は離心した者らも、赦された後はついていくことが出来る。


「ただ、やはり姉小路家と近衛家の関係は冷えておるようにございます」

「であろうな。中納言を自称したのだ。関白としては赦せる行為ではあるまい」

「こうして公家を呼んでいるのも、新たな後ろ盾を探しているのやもしれませんな。最近では足利一族でも力を維持している今川家と関わりの深い公家を呼ぼうと画策していると言っておりました」

「熱心なことであるな。今川と関わりが深いとなると三条や山科であろう。呼べぬわ。三条家は大寧寺の変で子のおらぬ三条さんじょう公頼きんよりが死に断絶状態、山科やましな言継ときつぐは将軍宣下の支度で忙しくしておろう」

「まことに周りが見えておりませんな」


 成政の呆れたようなため息はあくびの如く俺にもうつる。先ほどは馬鹿であるほどこちらにとって都合が良いと言ったが、実際こうも馬鹿ではどうしようもない。

 戦力としても数えられぬ有様であり、万が一武田が反抗の兵を出してきた場合、少数しか連れて来ておらぬ俺達だけで戦わねばならぬ。

 いくら敵兵力が分散されているとはいえ、あまり優勢に戦えるとも思えぬな。


「少々援軍を求めるべきかもしれん。美濃へ使いを出す」

「誰に頼まれますか?信長様は信濃にいらっしゃいますが」

「・・・権六を呼べ。今も犬山城でうずうずしておろうからな」

「かしこまりました」


 成政は使いの用意をするために俺の前から立ち去った。

 それにしても早く美濃に戻りたい。いい加減山だけを見る日々も飽きてきたわ。

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