151話 朝廷と幕府の軋轢

 大井川城 一色政孝


 1566年冬


 あれから数日後、いくつか動きがあった。

 まず暮石屋から、京の商売拠点が三好勢により被害を受けたためしばらくは京へ船を出すことを控えるという報せが届いた。

 またそれに合わせて組合として京へ向かうのは控える方針をとり、向かうのであれば自己責任とする旨を組合所属の商家には通達したとのこと。

 つまり万が一京で何かに巻き込まれても、その状況の打開に一色が奔走する必要がないとのことだ。

 これは良い。俺としても他国への干渉は極力避けたいからな。だが悪い報せもあった。

 高瀬姫を暮石屋に送り出す日が少しずれ込むということだ。

 本人は納得していたが、明らかに落胆の色はあったな。ここ数日は久や鶴丸が励ましてくれている。

 ちなみに俺はというと、


「高瀬姫、残念なことではあるがもう少し待ってもらえるか?」

「もちろんにございます。暮石屋様の事情を考えれば、今何も出来ない私が行けばお邪魔になってしまいますので」


 と、とても悲しそうな顔で言われてしまった。

 それと、


「あと将来私は政孝様をお支えしようとしている立場。私のことは高瀬とお呼びください」


 とも言われたな。その後は特に会話が続くわけでもなく、久が気を利かせてくれたことでなんとかその場はお開きになったが本当に可哀想で仕方が無かった。

 高瀬を暮石屋に預けるのは早くても4月となるだろうな。うん。

 そして別の動きとしては全て落人より報せられた。


「良く戻った。早速話を聞かせて貰いたい」

「はっ!まず遅くなったこと申し訳ありませぬ。その代わりというわけではありませぬが、畿内の大方の動きを掴んで参りました」


 落人の側に控える数人の忍びが懐より巻物を前に出す。小十郎がそれを全て集めて俺へと手渡す。

 1つ1つ確認してみたが、やはり栄衆の情報収集能力は素晴らしいものだ。

 各勢力の変に際しての行動が事細かに書かれてあった。


「公方様の死は確かなのだな?」

「はい。三好の兵に紛れていた者の話だと、三好家中でも討ち取った首からそう断定したようにございます。また此度の主犯は三好長逸、三好みよし政康まさやす岩成いわなり友通ともみちにございます。公方に謁見予定であり、公方暗殺を指示したとされていた三好義継は松永久秀とともに京から大和国信貴山城へと逃れたことも確認済みにございます」

「わかった」


 永禄の変は起きたが、松永と三好義継は関与していなかった。また史実とズレが起きたな。

 だがその後の報告がさらに驚きをもたらした。

 なんと朝廷は三好の暴走を容認したというのだ。そこには帝が近衛前久に配慮した様子が書かれている。近衛の影響力の大きさもうかがえる。現在の三好当主である義継の母は近衛の競争関係になる九条家の出だ。

 その辺も関係しているのかも知れないな。

 そして随分と早い朝廷の対応に、最初から近衛と三好は繋がっていたことを疑ってしまう。


「・・・何故朝廷は三好を赦した?」

「朝廷は京、そして周辺国に混乱をもたらす公方に対して大きな不信感を抱いていた様子にございます。公家の中では足利家を朝敵として、各地の大名らに討伐を命じるよう進言する者らもいたそうで」

「そこまでとは・・・。だから三好の暴走を認めたというのか?」

「いえ、此度の首謀者らは公方の正室である者を保護したのです。それが関白近衛前久の妹でございますので」


 二条御所で討ち死・自害した者の名の中には、義輝の生母であり近衛前久の父である稙家の妹であった慶寿院けいじゅいんの名もあった。これが計画通りなのかは不明だが、やはり三好の中でも何かしらの思惑の元で保護されたのだと想像に難くない。


「そして三好と近衛を結びつける決定的なものとして、大晦日に丹波で兵を挙げた赤井直正が降りしきる雪をものともせずに、内藤宗勝を丹波より追い出しました。そのまま三好家に服属を願い出て三好長逸はそれを認めた様子。正式に丹波の守りを赤井家を筆頭とした者らに任せたようにございます」

「内藤宗勝はどうなった?」

「今は若狭に移り、事の成り行きを眺めつつ色々手を回しているものと思われます。逸見昌経は現状内藤宗勝に従っております」


 赤井と近衛には元より繋がりがある。前久の妹を継室として迎えているからな。そして大晦日に強行した挙兵。

 やはり三好と近衛、そして赤井など周辺国の国人領主らには少なからず何か盟約が結ばれていたのか?

 だがそこまでしていったい何を三好は望む?


「周辺国の動きとしては全てが静観の構えをとるようにございます」

「だろうな。朝廷が此度の公方様討伐という暴挙に何も言わないとなると、どこも手を出せまい」

「一時兵を動かしたのは浅井・畠山・丹後一色にございます」

「わかった。報告ご苦労」


 落人らは姿を消し、俺はその場で寝転がった。

 小十郎は既に部屋の外へ出ており、俺1人だけの空間となる。目を瞑り色々考えてみた。

 やはり大問題なのは京へ組合の者らが船を出さないこと。その影響がどの程度のものなのか現状では把握出来ない。

 だが今年1年、畿内が落ち着かないようでは大きくその利益を落とすこととなるだろう。

 そしてもう1つ重要なこと。落人の報告の中にはなかったが15代将軍であるはずの足利義昭こと覚慶かくけいが無事に救出されたのかということ。

 松永が敵で無いということは、軟禁まではされていないはずであるが果たしてな。


「小十郎、すまぬが少し休む。誰か来たら呼んでくれ」

「かしこまりました」


 混乱する頭を一度リセットするには睡眠が一番良い。この時代に得た俺なりのやり方だ。

 とにかく整理しないことには考えはまとまらない。俺が今できることは商人らをどうするかという一点だけ。他のことは氏真様からの命を待つとしよう。

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