146話 海賊行為の取り締まり

 大井川城 一色政孝


 1565年冬


「殿、これが倅にございます。これからどうかよろしくお願いいたします」

小山こやま二郎丸じろうまると申します。よろしくお願いいたします!」


 俺の部屋で頭を下げているのは、水軍衆指揮官の一人である小山家房とその次子の二郎丸である。

 今日、この二郎丸を俺の小姓とするため挨拶にやってきた。

 もうじき小十郎が俺の元から離れるため、新たに小姓を任ずることとしたのだ。


「二郎丸といったな。おぬし、何か得意なことはあるか」

「幼き頃より船上で遊びましたので泳ぎは得意にございます。あとは弓も少々」

「そうか、それは頼もしいな」


 二郎丸という名からも分かるように、この者には兄がいる。歳は2つしか離れていないが、先日元服し家利いえとしと名乗り、家房の率いる小山船団を支えている。

 しかし残念ながらあまり戦いは好まぬのだそうだ。二郎丸が元服すればその任を入れ替え二郎丸を家房の副官に、家利は昌友の元へつけるつもりでいる。


「二郎丸、小姓としての仕事は小十郎に聞くように。部屋も案内して貰え」

「かしこまりました」

「小姓としての役割はいつから就ける?」

「今日からでも」

「・・・今日はまだよい。これから小十郎に話を聞いて、明日から俺に仕えるように」

「はい!」


 二郎丸が頭を下げた。家房も頭を下げている。

 俺は襖の外で控えている小十郎を手招きで近寄らせた。


「小十郎、しばらくはこの者に小姓の働きを指導してやってくれ」

「かしこまりました」

「部屋は先日言ったとおりだ。今日はもう俺の側にいる必要は無い故、城を案内してやれ」

「はっ!では二郎丸殿、行きましょうか」

「お願いいたします」


 小十郎は二郎丸を連れて出て行った。わずかに寂しそうに家房がしているのは、今後はなかなか会えなくなるからであろう。

 二郎丸は基本的に城にいることになる。しかし家房は常にと言っていいほど海上にいるからな。水軍の訓練に商船の護衛。最近は特に忙しく護衛を行っている。

 そして海賊の討伐なんかも水軍衆の仕事だ。



「それで話があると言っていたな」

「はい。これは他の方々とも話していることなのですが、最近伊勢近海で商船がよく襲われているのです。幸いとも言えますが、我らが護衛についているためたいした被害は出ておりません」

「だが襲われているのは事実なのだな」

「はい。それで先日襲ってきた者らの船を尾行したところ、志摩の港へと入っていきました」

「・・・志摩の国衆らが襲撃を行っていると?」

「おそらくは」


 この報せは良くも悪くもどちらもある。志摩の国衆と張り合えているというのは、水軍の力が間違いなく育っている証である。

 しかし志摩の国人が単独で事を起こしているのであればまだ良いが、その背後に北畠が絡んでいるのだとすれば、事と場合によっては厄介な問題となりかねない。


「ちなみに組合の者らだけなのか?襲われているのは」

「いえ、他国の船も襲われておりますがそこまで被害が出ている様子ではありませぬ。その者らの護衛は我らよりも貧弱なのですが・・・」

「狙われていると思うか?」

「はい」


 家房は言い切った。俺もそうだと思う。思い当たる節はあるからな。

 北伊勢が信長の手に落ちたのは、伊勢湾を封鎖し大湊を長島から手を引かせた結果、長島城内部の一向宗らが疲弊し抵抗する隙を与えなかったからだ。

 だから信長は北伊勢に悠然と兵を進めて掌握することに成功した。

 北畠がそのことを恨んでいれば、此度の黒幕が奴らであることにも納得出来る。


「志摩の港を焼けば戦になるであろうな」

「今川様にも迷惑がかかります」

「・・・はぁ、仕方ないな。しばらくは商船護衛に船を割け。襲撃してくる者らを徹底的に打ちのめし、可能であれば捕虜を取れ」

「かしこまりました」


 捕虜の中に志摩の国衆がいれば、それを証拠として志摩の者らに身代金を払わせる。無理だというのであれば大きな問題とするしか無いだろう。氏真様にお話しするか、はたまた別の御方に頼むか。

 北畠は形勢不利とみると志摩の国衆を見捨てるやもしれん。そうなれば怖いものは特になくなる。

 徹底的にこれまでのことを叩き、弱らせる。大人しくなるのであればそれでよし。

 反抗するのであれば港を焼き払ってしまおう。北畠が首を突っ込んでくれば、悪評を周辺各国に広げるだけだ。


「上手くやれ。今、雑賀に船を向けている者らは今川家にとっても大きな利を運ぶこととなる。船が沈められれば一色の金も海の底に沈む」

「肝に銘じます」

「寅政と海里にもそう伝えよ」

「はっ!」


 家房は部屋より出て行った。それからいくらか経った頃に、誰かが俺の部屋へと向かってきているのがわかった。

 小さな足音だ。しかし久では無い。


「如何したのだ」


 俺の問いかけに、開いた襖から顔を覗かせたのは高瀬姫だった。


「先ほど暮石屋様から使いの者が来られました」

「そうか、ということは決まったのか?」

「はい。正月明け、政孝様にご挨拶をしたらすぐに船を出されるそうにございます」


 正月明けか。また随分と寒い時期に船を出すのだな。まぁ金の匂いがすればどんな状況でも船を出し、商いをするのは庄兵衛らしいといえばらしいが。


「となると暮石屋の屋敷に入るのは正月になるであろうな」

「そうですね。使いの方もそう言われておりました」


 いつの間にやら俺の正面に腰を下ろしている高瀬姫は楽しそうに話している。

 やはり妻というよりは妹の方がしっくりくるな。あと、この城に来てから顔色も良くなったように見える。

 まぁ久も嫁いできた頃に言っていたことだが、一色は裕福が故に贅沢に慣れると怖い、と言っていた。

 寝所でもあまり体を見ないで欲しいと頼まれたな。

 あとは単純に人生において楽しみを見つけたからかもしれないが。


「それで高瀬姫はどこに行ってみたい?」

「一番はやはり京でございます。大方様からも色々な話を聞かせていただきましたので」

「母上が?おかしなことだ。母上は一度も京へと行ったことが無いのだがな」

「そうなのですか?」


 どんな風に話したのだろうか?自慢げに話したのであれば大見得を切っただけになるが。それはそれで空しかろうに。


「そうだな・・・。もし京に行くことがあればその目にしかと焼き付けてくるのだ。そしてこの地に戻って来たときには母上に自慢してやれば良い」

「政孝様は意地悪です。ですが、そのお話、ぜひともやらせてください」


 クスクスと笑いながら高瀬姫も共犯者となることを約束した。

 母は大層悔しがるであろう。しかしたまには親孝行もしなくてはならない。

 畿内が安定した頃に、一度一緒に京に観光しに行ければ良いのだが・・・。そのときは高瀬姫に案内して貰うとしよう。


「随分と楽しそうにお話しされていますね」

「ん?あぁ久だったか。いやな高瀬姫に暮石屋からの使いの話を聞いていたのだ」

「そうだったのですね。使いの者の話を聞いてすぐに席を立ったので何事かと思いましたが」


 久はチラッと高瀬姫の方を見る。照れているのか頬を赤くして下を向いていた。

 はしたない行いだったと今頃理解したようだ。

 だがそれでも良い。将来俺に仕えようというのだから、その程度の腕白は許容する。一色のためになる、その一点さえ満たしていれば何者でも受け入れる覚悟だ。ただし側室は話が別であるが・・・。

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