133話 量・質・圧倒的火力

 三河国幡豆郡 一色政孝


 1565年夏


「来たな、両翼に改めて指示を出しておく。敵が俺達に接近しきるまで翼を閉じるな、しっかりと懐深く入り込んできたところを包囲するように攻め立てよ。そう伝えてくれ」

「はっ!」


 側にいた使番数人が身軽な格好で両翼を任せている将の元へと駆けていった。俺は大将として、そして鶴翼の要としてどっしり構えて待たなければならない。

 目の前から攻め立ててくる敵の数はやはり多く見える。しかしそのほとんどは鎧もまともに揃えていない、さらには武器すらもちゃんと与えられていない一向宗ばかり。刀や槍を持っている者も少数いるが、その多くは鍬や鉈といった農具であった。


「頼安、しっかりと踏ん張ってくれ」

「かしこまりました」


 鈴切すずきり頼安よりやすは一色に所属する侍大将だ。桶狭間にも父と共に従軍している。

 佐助や道房と共に父の亡骸を守ってくれた者。

 此度は俺の側について、本陣を守るべく要部分の指揮を任せているのだ。


「しかしなかなかの勢いです」

「あぁ、だがよく見てみろ。前を走っているのは民ばかりで吉良家の家紋が全く見えない」

「・・・使い捨ての駒として使われているのでしょうか?」


 怒りかやるせなさか、それとも別の感情か。頼安は何ともいえぬ表情で迫り来る敵兵を見ていた。

 俺も同様の気持ちにはなる。防衛から追撃に切り替えたあの日、一色港に攻めてきたのは一向宗の民ばかりであった。

 指揮官は後方のおおよそ安全だと思われる場所で喚いているばかり。

 武家とはなんだ。領主とは、領民とは何だとおそらく今頼安が思っていることを俺も考えた。

 しかしたどり着いた結論はやはり俺達の敵になった限りは叩かねばならぬということ。


「はぁー・・・、何を言いたいのかもわかる。だがそれ以上は言うな。奴らは何の躊躇いも無く突撃していくる。ここが突破されれば一色軍は瓦解するだけで無く、背後にいる守るべき今川の民達までもが不幸になるのだ」

「そうですな。あやうくあいつらを不安にさせるところでした。では俺はこれで」


 頼安は俺の元から離れて、それぞれの兵種の大将に檄を飛ばしに行った。

 そろそろか。やはり統率などあったものでは無い。俺達を見つけた一向宗は一点突破を目指してあまり広がらずまっすぐ俺達の元へと走り込んできている。両翼の弓兵が矢の雨を降らして、鎧を着ていないほとんど生身の一向宗はバタバタと倒れていく。しかしそれでも尚、勢いが死ぬことは無かった。


「しっかり守りを固めよ!ここを抜かれれば我らの主が討たれるのだぞ!!」


 頼安も敵の勢いを止めるため、全体にしっかりと目を配り指揮を執る。俺がここにいるからだろうが、配下の兵達の士気は異常に高かった。


「槍兵!前に出よ!弓兵は絶えず撃ちかけよ!」

「絶対抜かせるな!敵が倒れたことで、突撃してくる者らの足が止まっているぞ!奴らを狙え!」

「踏ん張るのだ!声を上げて敵を威圧せよ!」


 各地で踏ん張る、励まし合う声が聞こえた。命がけで突撃を繰り返してくる一向宗の勢いは徐々にだが止まりつつある。

 それでも後方より次々と押しかけてくる。どれだけ倒してもこの場に押しかけてくる敵が減ることは無い。


「まだですか!?」

「まだだ。まだ出るな」

「しかし徐々に前線が崩れております」

「まだ待て。もう少しだ、もう少しで・・・」


 俺の側にいるのは佐助の配下であり、一色港防衛の折りには種子島を用いて敵を倒した男がいる。名を平沼ひらぬま景里かげさとという。

 一番種子島を扱えていた佐助には片翼を任せたのだが、せっかく買った種子島を使わないのは勿体ないと急遽鉄砲兵を編成しこの男を鉄砲大将として任じ俺の側に置いたのだ。


「・・・景里、槍兵の背後の種子島を並べろ。その威力を一向宗に見せつけよ」

「ようやくでございますね!?」

「あぁ、合図は俺が出す。この程度の距離なのだ。雑賀衆ほどの腕が無くとも当たるであろう。撃ったら即離脱し、槍兵と入れ替われ」

「かしこまりました!」


 景里が鉄砲兵全員に俺の命じたことを伝え、そして弓兵と槍兵の隊列の間に陣取った。

 配置についたことを確認した俺は、相変わらず味方を鼓舞して奮い立たせている頼安に呼びかける。


「頼安!あれの番だ!」


 頼安はこちらに振り向くと頷き、そして指示を飛ばした。


「槍兵、割けよ!種子島隊、前へ!」


 徐々に前線を下げていたのはこれのためだ。足下の悪い一向宗は、徐々にだが前線を下げていた一色の兵にすらついて来れていなかった。だから槍兵という壁役がいなくなった今でも鉄砲隊が矢面に立つまでには時間がある。


「構えよ!!」


 俺は他の者らよりじゃっかん高い位置にいるおかげで、鉄砲隊よりも前側で迫り来る敵の姿がよく見えた。

 だからこそ最も有効なタイミングで指示を飛ばすことが出来る。


「放て!!」


 ドドドォォォォオオオオン!!


 少しばかり発砲のタイミングにズレがあったものの、30丁の鉄砲より放たれた弾に、迫り寄っていた多くの者らが倒れた。さらにこの辺り一帯に轟いた銃声は、後方から未だ攻め寄せてくる奴らの足を止めるにも十分すぎた。


「今が好機だ!囲い込め!」


 法螺貝を吹かせて、太鼓を鳴らす。それを合図に徐々に徐々に両翼の部隊が中央に向かって攻め寄せた。

 ただ両翼の一番端に位置する者らには積極的に囲い込むことよりは、囲い込まれていない、外より眺めている者らを警戒するように伝えてある。

 当初の予想通り吉良勢はただ離れてみているだけであった。


「投降してくる者らも無視せよ。全員斬れ」

「よろしいのですか?」

「一向宗は本願寺がある限り何度でも立ち上がる。許しなどいらん」


 頼安は頷き、下げた前線を押し戻すべく攻勢を開始する。

 すでに両翼に挟み込まれ混乱している一向宗は為す術もなく討ち果たされていった。地獄絵図とはまさにこのことだ。先日の防衛の際にも思ったことがまた脳裏によぎる。

 極楽浄土が死後の世界にあるというのであれば、それをこの世に作り出さずともただその時が来るのを待てば良いのだ。

 無茶をするからこのようなことになる。


「狼煙を上げよ。この地での戦はこれで終わりだ」

「はっ!」


 狼煙を上げたことによって、これを見た者らがまた動くであろう。戦ではそれほど人は死なないと聞いたことがあった。これは前世の知識だ。

 しかし何が死なないだ。目の前には数え切れないほどの骸がある。それともこれが異常なのだろうか。


「やってられないな」

「それも今しばらくの我慢です。すぐにこのような地獄も終わりましょう」


 頼安はこう言っているが終わることは無いんだな、これが。一向宗の一揆が収まれば次は武田だ。

 当分安寧の日々はやってこない。


「俺の元へ全軍を集めよ。次の戦に・・・、いや一方的な殲滅戦に控えるのだ」

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