第一次東海一向一揆

103話 畿内は動く

 小谷城 浅井長政


 1564年秋


「先ほど綱親より高島郡の国人衆らを下し清水山城へ入城したと使いが参った。我らも出るぞ」


 城より見下せる場所には、いつでも出陣の出来る状態で待機している5000の兵がいる。

 これから佐和山城へと向かう道すがらにさらに増える予定である。

 そして観音寺での騒動後に奪われた佐和山城の奪還を目指すのだ。


「ついに朝倉は若狭に兵を出しませんでした」

「期待するだけ無駄だと言ったはずであろう。義景殿は加賀の一揆から目が離せん」

「いやはや、ついつい愚痴がこぼれてしまいましたな」


 清綱が悪気もなくそう言った。清綱だけに限った話ではないが、みな朝倉の態度が不満なのだ。独立に際しては、今後積極的に浅井を支援すると言っていたはずだが、以降はまったく協力的ではない。おかげで独力で六角に当たらなければならない状況に陥りかけたのだ。


「私の率いる本隊はこのまま小谷から南下し佐和山城を攻める。別働隊を率いる雨森あめのもり清貞きよさだは高島郡の今津湊より井口いぐち経親つねちかを頼り大津湊まで船で移動せよ。その先は平井高明が案内してくれよう。そのまま観音寺城に向かい進軍。支城もできる限り攻略せよ」

「かしこまりました」

「直経は高島郡より船を使わず南下し、滋賀郡を制するのだ。特に堅田には目を光らせておけ」

「はっ」


 経親は私の母の兄である。しかし父からは疎まれていたようだ。

 現に正室であったはずの母を六角の人質として差し出した。他にも側室がいたにもかかわらずだ。そのことを経親も不満に思っていたのだが、母が観音寺城へと入ると目に見えて不当な扱いを受け始めたのだという。

 父より浅井の家を奪うと、経親は真っ先に俺に忠誠を誓ったほどだ。俺から見れば伯父に当たるのだから、当然と言えば当然であろう。

 そして堅田だが、彼の地には本願寺の門徒が多くいる。さらには水軍を独自に作り、淡海の南部を制しているのだ。南近江の進出に際して堅田の水軍衆は厄介この上ない。

 その地を制さなくては、船を使った移動など危なくて出来ないのだ。


「織田殿と正式に盟の成った今、東を気にする必要がなくなったのは大きいぞ!この機を活かし、必ずや六角を近江の地より追い出すのだ!!」

「「おぉ!!」」


 みなの雄叫びが部屋へと響き渡り、各々の持ち場へと飛び出していった。俺も戦装束の用意は既に済んでいる。あとは刀を腰に差せば、すぐに出られるだろう。

 畳に置かれた刀を手に取り一度抜く。この日に合わせてしっかりと手入れしていた一振りである。

 この刀に誓って必ずやこの戦に勝つ!

 覚悟を決めて鞘に収めたとき、私の目の前には1人の忍びが控えていた。

 元は浅井の主家であった京極に使えていた鉢屋衆の忍びである。


「ご報告申し上げます。三好が動きました」

「三好が?我らの動きを察知して近江に兵を出したか?」

「いえ、若狭の武田に向けてでございます」


 若狭だと?この時期に兵を動かすのか!?

 若狭から近江への進入路がある高島郡は綱親に守らせているが、三好が相手となると少々話が変わってくる・・・。


「公方様に動きは?」

「朝倉に救援要請を出したようにございます」

「出すのか?」


 忍びは無言で首を振った。だと思ったわ。義景殿は徹底的に三好との戦を避けてきたのだ。

 さらに他家を守るために兵など出せるはずもない。そして本願寺の動きが活発となっている今、加賀を放って若狭に兵など割けるはずもないのだ。もっといえば義景殿も若狭を狙っている。そのこと公方様は知らぬようであるが・・・。


「新しい報せによると、丹後の一色いっしき義道よしみちと敦賀郡司の朝倉あさくら景垙かげみつが兵を率いて若狭へと援軍に向かうようにございます」

「・・・まとまらぬな」


 やはり朝倉は頼りにならぬ。三好相手にいち一門衆のみで勝てると思っているのか。

 それで勝てるのであれば六角が健在だった頃に畿内より追い出していただろう。

 それに一色もどこまで本気で戦うのか疑問である。四職と言われていた時の力が弱まった一因が若狭武田家にあるのだからな。公方様もその辺りの配慮がまるで出来ていない。


「報告ご苦労。引き続き頼む、若狭の情報は今後綱親に報せよ。以後判断は綱親に任せる」

「かしこまりました」


 浅井の今後が決まるであろう大戦の前に嫌な話を聞いたな。沈む気持ちをどうにか盛りあげ、先の刀に誓ったことを必ずや実行する。

 これは浅井が大名になるための一歩なのだ。

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