102話 崩れる家、栄える家

 大井川城 一色政孝


 1564年夏


「お待たせいたしました」

「いや、今戻ったのだろう?見れば分かる」


 今回の落人は僧の様をしていた。忍び込んでいたのは三河か長島かといったところであろう。

 栄衆には本当に世話になりっぱなしであるが、対武田の戦が始まれば他の者らの出番は間違いなく増える。事実内政よりも戦いを好む者は家中に一定数いるからな。


「早速報告をしてくれるか」

「はっ、まずは畿内の情勢に関してでございます。だいぶ調べが遅れてしまいましたが、六角が揺れているようにございます。どうやら当主である義治が家臣を使って重臣である後藤と平井に手にかけたと」

「そうか、そのようなことがあったか」


 所謂観音寺騒動といわれるものだが、平井は殺されなかったはずだ。また史実と違うことが起きたな。だが問題はそこではない。

 六角が揺れ動くということは畿内の情勢は大きく変わりかねない。北近江で独立をしている浅井と、その背後にいる朝倉。現在京を押さえている三好。室町幕府において管領を代々排出してきた畠山。伊勢には長野工藤を従え北伊勢への進出も狙っている北畠。

 これでまた戦が起こり始めるだろう。間違いなく浅井・六角、畠山・三好あたりは再燃するはずだ。


「浅井は着々と南近江進出の用意を整えているようにございます」

「朝倉は兵を出さぬか?」

「義景は京の公方を支持している1人ですので、後援しているとはいえおいそれと浅井に援軍は出さぬとみております」

「公方様に恐れを抱くか。六角が崩れれば、現状公方様を担ぐ最大兵力は朝倉になるだろう。怖いものなんて無いはずなのだがな」


 朝倉義景、やはり宗滴の死が大きく響いているのだろうか。一門衆である大野郡司家と敦賀郡司家の関係が最悪なのだそうだ。理由は単純で朝倉宗滴は敦賀郡司家の者であり、長年朝倉に貢献し続けた功績から自然と敦賀郡司家の序列が高まった。

 それに不満を持った大野郡司家はことあるごとに対立するようになり、宗滴が死んだ頃から明らかに関係が悪化しているというわけになる。


「家中が纏まらぬと、当主は不安でありましょう」

「今川のことを言っているのはわかる」


 小さく咳払いした落人は話を戻した。


「浅井の家臣である遠藤直経らしき者が尾張へ向かったとの報せもあります。浅井は織田と同盟を結ぶつもりやもしれませぬ」

「・・・おそらくそうだろうな。西美濃を制した安藤は織田と密接な関係になっていると聞く。先のことを考えれば浅井と織田の同盟は悪いものでは無い」


 しかしこれは観音寺騒動と同様に、少し話が変わりそうだと思った。浅井がこれほど早い段階で織田と同盟を結ぼうと動いた。それはつまり朝倉を見限ったことにはならないだろうか?

 朝倉では六角攻めの頼りにはならないから、今勢いのある織田と手を結ぼうとしている。とか?


「そして三好なのですが、戦支度を進めているようにございます」

「三好が?六角を狙おうというのか?」

「いえ、まだ確信は持てませぬが狙いは若狭かと」

「若狭か・・・、では大将は」

内藤ないとう宗勝そうしょうで間違いないかと」


 松永まつなが久秀ひさひでの弟か。昨年丹波の氷上郡を除いた他地域を制し、その地域のまとめ役として留まっていると聞いていたがついに動くのだな。

 しかし若狭を治めている武田家は幕府の信頼が厚かった一族。公方様が黙ってみているようなことはしないはずだ。


「朝倉が動くかどうかだな。それ次第で畿内が三好の手に落ちるか、そうでないかがわかれそうだ」

「その通りでございます」

「公方様の方はどうだ?」

「相も変わらず、三好を討伐せよと各地の大名に文を送っているようにございますが、ほとんどの家が無視を決め込んでいるようにございます」

「であろうな。誰も三好となど敵対したがらぬわ。それに今公方様の命を聞くことになんのうまみも無いだろう」


 しかし氏真様の元にもその文とやらは来ているのだろうか?何も言われないということは来ていないということなのか?

 今はそのような場合でないと、見て見ぬフリをしておられるのかも知れない。

 だいたい俺達が畿内に進出するためには、否が応でも織田領を通る必要がある。さすがに現状の関係では無理すぎるな。


「畿内のことはわかった。それでこちらはどうだ?」

「正月にご命令された件に関してですが、長島城にはやはり信徒が集まりつつあります。一揆が起きるのも時間の問題かと。さらにその中には雑賀の傭兵衆が混ざっております」

「種子島か。雑賀は盛んなのだろう?さらに堺がある」

「堺の商人は商売が上手いですので、あちらこちらの大名に良い顔をしております。雑賀の傭兵衆には戦道具を売り込んでいるようです」

「織田は厄介な敵を抱え込んだものだな。それで三河はどうだ?」

「三河も長島城の動きに合わせようとしております。松平領各地に本願寺の僧が赴いて信徒を煽っているようで」

「落人は如何している?」

「栄衆を各地に潜入させ、同じく門徒をあおり立てております。また尾張との国境周辺でもその活動をしており、織田領内でも一揆は起きるようになるかと」

「それでいい。織田に元康は頼りないと思わせればこちらの勝ちだ。そのまま続けよ」

「かしこまりました」


 尾張でも一揆が起きればいよいよ元康はこちらを頼るほか無くなる。氏真様も三河で一揆の兆候が出ていることは知っておられるため、東三河の城主らに戦支度を進めさせている。

 いつでも援軍に迎える状況だ。これで元康に恩が売れよう。


「決して気取られるなよ」

「御意にございます」


 落人の姿は消え、俺は一息吐く。かつての友であった元康には悪いが、ここは今川と織田とを結ぶ架け橋になって貰おう。

 心配せずとも元康には築山殿がいらっしゃる。そう悪いことにはならぬはずだ。

 どうせ俺が何かせずとも母が動かれるであろうからな。

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