90話 上杉との交易路
大井川城 一色政孝
1564年正月明け
「明けましておめでとうございます」
「「「「おめでとうございます」」」」
「あぁ、おめでとう。今年も一色を支えてくれ」
「当然でございます」
謁見の間にいるのは左右の下座に一色四臣。それに挟まれるように14人の商人が何列かに分かれて座っている。
先頭に座っているのは大井川商会組合の長である暮石屋だ。
そもそもの話ではあるが、大井川商会組合自体に所属している商人はもっとたくさんいる。今いる14人というのはその者らの代表者たちだ。
創設時に加入したというのもあるが、それよりは影響力の多い者が選ばれている。これは所属する商人らの総意であり、一色の意向は一切働いていない。
暮石屋が長に決まったときなど満場一致であったと聞いている。
そして組合に所属する商人でなにか問題が起きたとき、この14人を通して俺や内政をほとんど一任している昌友に話が伝わるようになっている。
一色は組合に所属している商人を蔑ろにせず、何があっても必ず守る義務が生じるが、代わりに年末にはその保護料を受け取ることになっている。
これは相当大きな財源だ。
「暮石屋、昨年も世話になったな。組合のことも、そして個人的なことも」
「いえいえ、政孝様に保護してもらえて我らは幸せにございますれば、お世話をしていただいているのは我々にございます」
肥えた腹を抱えて頭を下げるのはしんどそうだ。俺は全員に楽にするように伝えた。各々が楽な姿勢を作って俺の話に備える。
毎年恒例のこの行事だがやることはあまりない。昨年を労った後、今年の方針を決める。あとはそれぞれに言うことがあれば声をかけて残し、その話をするだけ。
商人は武家を相手にするより客を相手にしていたいだろう。この時期は尚更な。
「今年の保護料に関しては何もなければ昨年と同様で良い。それと今年は新たに一色領の港が増えた。現在彦五郎が入って発展させている。たまには荷を運んでやってくれるとありがたい」
「かしこまりました。与えられてわずか1年で随分と人が増えたようにございますな」
「暮石屋は相変わらず耳が早いな」
まぁ情報次第で儲けは大きく変わる。こんな時代だと情報を得たものの1人勝ちにまでなりかねない。
だから忍びを雇っておらずとも、とにかく視野が広いのが商人だ。
「いえ、これは飛鳥屋さんに聞きましてね」
「・・・なるほど、食料が欲しいと言ってこないのは飛鳥屋が船を入れていたからであったか」
「いい儲け口があると知りましたので」
ヘヘッと笑うその男の名は
ようは外様なわけだが、その影響力を鑑みて異例の代表に選ばれている。
「昌友には伝えていたのであろう?」
「もちろんにございます」
「なら好きにやってくれ。あっちの者らも餓えの心配をしなくてすむと喜んでいるだろう」
そしてその後も様々な商売の話をする。そして大方商売の話が終わり、いつも通りここで解散だと言って全員が席を立った。
暮石屋が動かないのはあの話があるからだ。
しかし俺としてはもう1人残っていて欲しい者がいた。
「暮石屋、先に支度を」
「そうですか?では失礼いたします」
「飛鳥屋、少し残れ」
「はっ」
そして残ったのは四臣と飛鳥屋だけになった。ズイズイっと俺に近寄ってくる。だいたいこうやって居残りを指示したときは悪巧みだと飛鳥屋含めて全員が知っている。
だから四臣の誰も咎めようとはしない。飛鳥屋にも躊躇いはなかった。
「少し頼みがある」
「なんなりと」
「上杉に米を売って欲しい。しかしあまりあからさまにやるのはよくないのでそれとなく越後に米を売ってくれれば文句なしなのだが」
「上杉、越後にございますか?しかし道がありますまい」
「いずれそうなったときの話だ。それと海路ではやはり難しいか?」
「そうでございますね・・・、ここ大井川港より船を出したとして蝦夷地方面へ船を出すにしても、京方面に船を出すにしても遠いです」
やっぱりそうだよな。しかし陸路で越後っていうのもなかなかだ。しかも敵対一歩手前の武田領を使うわけにはいかないことを考えると、北条領をとおり抜けるのがおそらく最短なのだが結局遠回りになる。
「しかし政孝様直々の頼みだと言われれば断れませんな。一度京方面に船を出して、様々な港を経由しつつ越後を目指してみましょう。そして越後から蝦夷方面に向かってこの地へと帰ってくる。話はそれからですな」
「大変なことを頼んでしまったな。もし足りないものがあれば遠慮無く俺を頼ってくれ。用意出来るものなら必ずや集めよう」
「ではその時が来れば頼らせていただきます」
「しかし越後と交易出来るようになれば越後布などがこちらに入ることになりますな。大方様がまた買われるのではないですか?」
「・・・時宗、余計な気を遣わすな。飛鳥屋が購入を躊躇うだろう」
「これは申し訳ないことをいたしました」
頭をポンポンと叩きながら時宗は俺と飛鳥屋に頭を下げる。飛鳥屋は・・・、残念ながら顔を真っ青にしていた。
なんでも京にいた頃には、母ほどぐいぐい来る客がいなかったのだそうだ。だから未だに慣れていない。
特に京に幅広い人脈を有している飛鳥屋は目を付けられている節がある。残念だが今回も逃げられまいよ。
「では、私はこれにて」
明らかにやる気の失った飛鳥屋を見送る。原因の時宗をチラッと見ると、申し訳なさそうに頭を下げていた。
しかしまぁどう転んでも母には捕まるだろう。一色は今川家中随一の商人大好き一族だ。組合に所属している商人の動向は逐一チェックしている。面白いものがあれば城に呼んで買うために。
飛鳥屋には酷なことではあると思うが、先に覚悟を決めるかあとで慌てて覚悟を決めるかの違いだと思って貰うしかないだろう。
そして次が今最も大事なこと。
暮石屋は1人の尼僧と、尼僧に腕を引かれた幼子を連れて謁見の間へと入ってきた。
さぁもう1つの問題を片付けるとしよう。
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