畿内の混乱

88話 荒れる近江

 室町第 足利義輝


 1563年冬


 数ヶ月前、またもや予の思惑は上手くいかなかった。やってくれたのはこれまた同様に織田信長である。

 美濃の国主であった斎藤家の滅亡を機に、美濃へ戻りたがっている土岐に恩を売っておこうと考えた。故に美濃の統一に大義を求めていた小里光忠の元へと送り込んだのだ。

 さらに甲斐の守護に任じてやった武田を動かし、信濃方面より支援までしてやった。結果として武田は岩村城に籠もる遠山景任とその一派により大敗し、さらに小里城も落ちた。

 小里光忠は織田勢に捕らえられ、予が送り込んだ土岐親子は行方をくらました。

 何が悔しいかと言えば、織田は勢いそのままに東美濃を手中に収めてしまったのだ。

 今更織田と手を結ぶなど考えられぬが、しかし美濃の半分を押さえた織田と組まねば三好を畿内より追い出すことは難しいであろう。

 そんなおり、美濃方面の動向を探らせておった進士晴舎が予の元へとやって来たのだ。


「公方様、美濃方面にやっていた者から報せが届きました」

「如何した」

「土岐頼芸様、頼次様が美濃国の山中にて野武士の集団に討ち取られたと」

「なんと!?」

「その亡骸は織田に差し出され稲葉山城下に晒されたようにございます。また安藤家より斎藤龍興の首も晒されたと」

「むごいことを・・・」


 織田信長、まさに鬼の所業である。しかしこれで確かになったこともある。

 美濃における守護、また守護代であった土岐と斎藤の時代は終わったと誰もが理解させられたであろう。

 これでは迂闊に予が美濃へ介入することが出来ぬ。

 完全にやられたの・・・。


「そしてこれは人伝の話なので信憑性は低いのですが、今川様と武田様の仲があまりよろしくないようにございます」

「それでは三国同盟は・・・」

「まだ断言は出来ませぬが、今川様を畿内に導き武田様と北条様の力を借りて畿内より三好を追い出すのは難しいことかと・・・」

「・・・上手くいかぬの。しかし今は畿内をどうにかせねばならぬ」

「六角様と浅井ですな」

「それと若狭武田家も気にかけねばならぬだろう」


 ため息がこぼれた。このままでは予は征夷大将軍という肩書きだけを持ったまま、三好という強大な敵の中で埋もれてしまうわ。

 目下どうにかしなければならぬのが六角と浅井であろう。元は強制的であったとはいえ浅井は六角に臣従の形をとっていた。

 しかし現当主の浅井長政が、妻であった六角の娘を突き返すと再び北近江の地にて独立を果たす。それ以降は幾度も近江の覇権を争って戦が起きておる。

 まだ龍興が生きておったときの六角・朝倉を尾張討伐の援軍に向かわせた際にも、浅井は六角領へと兵を進めておる。

 北近江を押さえる浅井が邪魔であるな。


「安藤某と繋がりを持つことは可能か?」

「やってみましょう」

「繋がりを持つことが出来れば六角との同盟を予が取り持つと伝えよ。そして六角・安藤両名を持って浅井を討伐させよ」

「・・・かしこまりました。そのように進めさせていただきます」


 そう言うと晴舎は出て行った。

 それにしても藤孝が屋敷より姿を消して以降、使える者が少なくなったの。見張りをさせておった者らには罰を与えたが、あの時は清々したとも思った。

 おらぬようになった後で、あやつの重要性に気がつくとは・・・。いや知らぬわ、出て行くのならば好きにすればよかろう。

 あのように口うるさい者がどこかの世話になるなど考えられぬものよ。


「その方、藤英を呼んでまいれ」

「はっ」


 それからしばらくすると、藤英が予の前へと座り頭を下げた。


「急に呼び出してすまぬな」

「いえ」

「ぬしにはしばらく六角に行ってもらいたい。六角が浅井を討伐するよう仕向けるのだ」

「浅井をですか?しかし浅井と六角が争うとなれば朝倉が介入してくるのではありませぬか?」

「朝倉は予に従っておる。畿内の安定を図るためだと言えば、浅井に手を差し伸べたりはせぬはずだ」

「・・・ではそのようにさせていただきます」

「それと藤孝の動向は追えたのか?」

「いえ、美濃方面に向かったという情報は得ましたが、それ以上は・・・」

「そうか。もし捕らえれば必ず予の前に連れてくるのだ。決して殺さずにな」

「かしこまりました」


 藤英はそのまま出ていった。それにしても不満げな顔であったな。

 あやつにとっては弟であるのだから当然ではあるか。しかし予を裏切った罪は重い。いくら幕臣であったとはいえ、いくら予の父に仕えていた者の息子であったとはいえ容赦することは出来ぬ。

 1人の裏切りを許せば、次々と裏切り者が出てくるのは世の定めであるからの。

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