第65話 第一次三河平定の終結

 吉田港 一色政孝


 1562年夏


 俺達が吉田港を占拠してから数週間という日が経った。しかし元康にこれといった動きが無い。岡崎城から東条城への救援もないままに時間は過ぎていた。

 あったことといえば上ノ郷城が餓えにより降伏を申し出たこと。城兵を解放する代わりに、城主鵜殿長照殿とその一族が囚われの身となった。

 つまりその条件を元康は飲んだのだ。

 そしてもう1つ、後方支援のために行動していた朝比奈泰長殿と小笠原氏興殿が本隊に合流され2度目の救援のための行軍をした結果、どうにか本多忠勝の率いていた長沢城の包囲軍を撤退させたことくらい。その勝ちというのも数の暴力に近いものだったようで、敵味方ともに被害は甚大だったようだ。

 撤退してきた忠勝と、合流した元康の率いている本隊はそのまま上ノ郷城に留まっている。報告では間違いなく元康は吉田港が落とされたことを知っているらしいのだがな・・・。


「これ以上敵地に留まり続けるのはやはり得策ではないな」

「もう兵の士気は維持できません。本来なら撤退すべきなのですが・・・」

「上ノ郷城が落ちた今、東条城をどうするかが1番の問題か」


 俺と泰朝殿は頭を悩ませていた。誰が東条城に入っても防衛をするには相当難しい立地なのだ。

 飛び地のせいで救援を派遣しても東条城に着く前に一戦行わないとたどり着けない。それこそ俺達の使った水路という案もあるが、これだと数を送れない。

 撤退のためにあの城を焼き払うのか?それを吉良義昭殿は認められるのか。微妙なところだ。

 家中で不穏な種を蒔くようなことはしたくないところが正直なところだが・・・。


「やはり残すべきです。吉良家が今川から離れるのは体裁が良くありません」

「元は同じ一族だというのに、愛想を尽かされたと思われるのは今川の求心力の低下を示すことになるか」

「私はそう思います」

「わかった。氏真様に使いを出す。我らはこの地より撤退し、新たにこの地を守るための防衛策を検討して貰うこととする」

「ではそのように」

「あぁ、俺達のこの地での最後の仕事だ。引き継ぐものへの土産をしっかりと残しておこう」


 船で運んでいた木材やら石材を用いて、吉田港自体を取り込んだ簡易砦を建ててから俺達はこの地を撤退することとなった。

 あとに入るのはやはり東条城に義昭殿、吉田港は東条城を守るための要ということで、今川直轄地として扱われることとなる。一色家には名も無いあの港を管理するよう命を受けた。

 現状、今川の中で水軍や港整備に関して1番秀でているのは一色だという判断からだという。吉田港はすでに発展している港だから直轄地になったが、あの地は未だ村民数十名の小規模な漁港であり、整備の余地は十分にある。だからこその命だった。

 さらに要注意だった元康も兵を退いたのだ。当然だが上ノ郷城に家臣を入れてのものだった。これは和睦ではない。

 ただお互いにこれ以上戦えないとの判断だったのだと推測される。


 そして俺は数ヶ月ぶりに大井川城へと戻って来た。大井川港での出迎えも相当なものだったが、城下、そして城へ着く頃と順に騒ぎは大きくなっていった。


「旦那様、おかえりなさいませ。随分とご活躍されたそうで、私は嬉しゅうございます」


 垢を落とし着替えた後に久の元へ行くと真っ先にこう言われたのだ。

 ようやく戻って来たのだと思った。三河にいたときはあっという間に毎日が過ぎていき、そして今川滅亡までの時間が無くなっていくことに焦りを持っていた。

 しかし今はどうだ。あっという間の日々がとても長く感じる。というか実際長かった。


「活躍など、俺はまだまだだった。泰朝殿のお側で戦にでれて良かった」

「朝比奈様にございますね?しかし殿も城主を捕らえるなどお手柄だったそうではありませんか」

「あれは落人のおかげだ。それに佐助や連れていった兵達のおかげだ」

「・・・では旦那様は何もされなかったのですか?」

「そうだな・・・」


 少し睡魔に襲われている頭を必死に動かしながら、此度の戦で俺がやったことを考えてみた。

 俺の功績は何だろうか。吉良義安を捕らえたことか?それとも一色の領土を正式に頂いたことか?全て結果の話だな。


「俺の功績は良い家臣を持ったことと、水軍を整備したことだな」


 用意された茶を飲み干した俺はそのまま久の膝の上に頭を置いた。


「どちらも大きな功績です。やはり旦那様は凄い御方です」

「あまり褒めるな。俺はまだまだ・・・大きく・・・な、る」



 ――――――――――

 大井川城 久姫


 1562年夏


 話している最中、旦那様のまぶたがだんだんと落ち始めました。きっとお疲れなのでしょう。

 これが2度目の出陣だったそうですが、別働隊として危険な任に長期間ついていられたことを考えると、話の最中に眠られても責めることなど到底出来ることではありません。


「あまり褒めるな。俺はまだまだ・・・大きく・・・な、る」


 私の手をしっかりと握りながら膝の上で寝息を立てられ始めました。こう見ると、やはりお若い旦那様。


「旦那様、旦那様?」

「・・・、・・・、・・・」


 返事はなく、一定の間隔で寝息が聞こえてくるだけでした。


「お疲れ様でした。今はゆっくりお休みください」


 少し照れたような笑みをされたと思いましたが、きっと私の気のせいですね。

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