第48話 駿河の有力者、今川をかき回す
今川館 一色政孝
1561年冬
染屋兄弟と奥山海賊衆に水軍に仕官しないかと話を持ちかけた翌日、そろって一色の家来になると城にやって来た。
染谷寅政は、水上指揮をする上で長年補佐をしてくれていたという、元は染屋の丁稚であった
1人予定より多く仕官させて、寅政の能力が向上するならなんの問題もない。そして元々染屋が雇っていた傭兵らも水兵として銭で雇うことになった。水軍が出来ればこれまで通り寅政の元で働いて貰うことに決定し、それまでは船大工の元で船製造に協力して貰うということで話が付いた。
そしてもう1人の勧誘。奥山親元も翌日には
当初の予定通り、海賊行為を行っていた者らには償いの意も込めて色々雑務を割り振り、親元は寅政同様に彦五郎に預けた。
それ以外の者で海賊衆の中に家族がいる者は水兵用の宿舎に住まし、それ以外の者で船には乗れぬ者には手の足りぬ商家へと預けることになった。もちろん本人の意志は尊重している。
一部の者は城の奉仕人として俺が雇ったが、多くの者らが戦うのはこりごりと商家へと向かったのだ。
色々落ち着き、季節は進んだ。今は冬。大井川城は海も近いため冬はとにかく寒い。これほどまでにカイロが恋しいと思う日が来るとは思わなかった。
かわりに平服の内側にポケットを作り、火で熱々にあぶった石を入れてカイロ代わりにしている。これがとにかく温かかった。俺が針を持ってポケットを作ろうとしたときは誰も彼もが止めさせようとしたのだが、完成したものを見せればこぞって自分たちの分を作っていた。
人目に触れないときは所謂ちゃんちゃんこのような物を使っている。羽織に綿を詰め込んでいて意外と温かい。
とまぁ、いつまで経っても慣れない冬の寒さの話はこれくらいにする。
俺達は先日朝比奈信置殿が使者として大井川城に参られた件で今川館へと登城していた。
連れているのは久と氷上時真、一応護衛に一色昌秋と道中の護衛の兵。結婚の挨拶が目的だから、あまり人数は連れてきていない。
「ようやく参られたのですな。氏真様は首を長くしてお待ちでした」
「申し訳ありません。少しバタバタしておりましてなかなか城を空けることが出来ませんでした」
まぁそれによって、今川館では俺の悪評が広まっていたようだ。それも栄衆から報告が上がっていたから知っている。
まったくこっちの事情も知らずに好き勝手言う者が多いのは困りものだな。飯尾連龍の謀反と宣戦布告された時もそうだった。我ら遠江は現状敵対勢力と隣接しているのだ。緊急の用件でもないのに、登城しろと言われてはいそうですかと軽く国を跨いで移動することは相当難しいことだというのに。
それを分かっていない者が氏真様の近くには多いのだ。その筆頭が
三国同盟が十分に機能していたときはそこまで問題ではなかったのだが、現状で見れば話は別。
特に武田と繋がりを持っていれば厄介なことになる。そんなある意味重要な位置にいるこの方が氏真様の側で色々言っている。
「この部屋で少しお待ちいただきたい。先客がいらしているのです。もう随分と話されているようですが、氏真様から納得のいく返事がいただけないようです」
「では待たせていただきましょう。久、こちらへ」
「ありがとう御座います」
久の手を取って部屋の畳に座った。氏真様の用意が出来れば呼びに来ると信置殿も部屋から出て行かれる。
久はどこか懐かしそうに部屋から見える外の景色を眺めている。たしか松平が今川の庇護下にあったときは、久も雪斎様に色々教わったと言っていたな。
「懐かしいか?」
「そうですね。長年過ごした城ですので。岡崎よりもよほど居心地がいいです」
「それはよかった。無理をしてまで連れてきた甲斐があったものだ」
「無理を言って着いてきた甲斐がありました」
本当は久を大井川城に置いてくるという選択肢もあったのだ。大井川城から海岸線に沿って今川館に向かうのは男の俺でも堪える。慣れない久を連れて今川館に向かうのは厳しいといっても良かったのだが、久は何が何でも付いていくと言った。
母は最後まで考えを改めるよう言っていたが、結局こうなった。相変わらず行動力と胆力は凄まじいと思う。・・・元康とは反対ではないか。
さらにしばらく待っていると、廊下の軋む音が聞こえてくる。どうやらようやく先客の用とやらは終わったらしい。
一体誰だったのだろうか。それとなく、通るであろう廊下の方を眺めていた。影が障子に映り、そしてその人物が姿を現す。
「これは義昭殿ではありませんか」
「あなたは・・・政孝殿でしたか。お隣の方は久姫様ですかな?」
「その通りに御座います。それにしても吉田城に入られたとお聞きいたしましたが、今川館に一体何を」
「そなたには関係のないこと。それでは先に失礼する」
俺を、というよりも久を睨んで廊下を歩いて行った。そうか、吉良義安に東条城を乗っ取られた挙げ句、松平につかれたのであったな。城を乗っ取られたのは完全に己の力量不足であろう。それと久は何1つ関係がない。
「すまないな。不快な思いをさせた」
「よいのです。それも覚悟のうちですから」
ケロッとした顔で言うものだからついついだまされそうになった。手が少し震えている。
ここまで来ると俺は頼りにされていないのでは無いかと思ってしまう。
ここで何かを言っても久は認めぬだろう。
だから何も言わずに久の手にそっと手を重ねた。触れた時こそ少し驚いた表情をしていたのだが、すぐにいつも通りの久に戻った。一安心だ。
さらにそれから少し待ってようやく信置殿がやって来た。
「氏真様のご用意が出来ました。お二人とも参りましょうか」
「わかりました。久、行こうか」
「はい、旦那様」
今回は久の紹介と、側で好き勝っている者らに釘を刺しておくとしようか。
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