第33話 発展の大井川港

 大井川港 久姫


 1561年秋


 旦那様に手を引かれて船を下りると、そこは今まで見たことの無いような立派な港町でした。

 旦那様が一色の当主となって最初に行った政策。それが一色領内に元々あった交易港“大井川港”の拡張整備だったそうです。

 船の小窓からも見えていましたが、まだ朝早い時間だというのに活気はあり多くの船が港を出て行ったり、帰ってきたりしています。


「如何ですか?一色自慢の大井川港です。この港に来れば日ノ本各地の特産品から、近海で獲れる豊富な魚介まで色々揃えることが出来ます」


 旦那様は私が桟橋から落ちないように手を引きながら陸まで導いてくれます。


「とても立派な港ですね。想像していたよりも何倍も大きいです」

「俺もまさかここまで栄えるとは思いませんでした。任せた家臣らが見事にやってくれましたので」

「とっても優秀な方なのでしょうね」

「それはもう」


 満足げなお顔で旦那様は頷かれました。そして荷を下ろすのを待っていると、何やら街道の方が騒がしくなりました。

 よく見てみると、馬に乗った一団がこちらへと向かってきています。先頭で一団を率いていられるのは、白髪の御仁。


「あれは・・・、時宗か。迎えに来てくれたのだな」

「時宗様というのは?」

「氷上時宗、父の代より一色を支えてくれている重臣です」

「あの方が・・・」


 弟に聞いたことがあります。一色には古くから一色を支え続けている四臣なる重臣たちがいると。その一つがたしか氷上家だったはず。それと今回旦那様のお側にいらっしゃった尾野様、前年の尾張侵攻に従軍されていた秋上様、あとは分家である一色様。

 四臣と言われるだけあって、皆さん優秀な方たちだそうですがあの方もそのお1人なのですね。


「時宗よ、わざわざ迎えなどせずとも城まではすぐそこだろう」

「何を言われますか。殿のお帰りを出迎えぬ家臣などおりますまい。皆来たがっておったのですがな、城を空にするわけにもいかず儂が代表して参った次第に御座います」

「そうか。苦労をかけたな」

「いえ。おぉ、申し遅れましたな。一色家臣氷上時宗に御座います。」


 時宗様は私に深く頭を下げてくださいました。私も慌てて自己紹介をいたします。


「久と申します。まだまだ未熟者ですが、今後は一色家のお役に立てるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします」


 困った顔で慌てられたのは時宗様でした。私は意味が分からず首をかしげました。


「俺の母が氏親公の娘であることはご存じですか?」

「はい。旦那様のお父上様の代で一色が一門衆に任じられたとお聞きしております」

「母とお久様は、一色から見ても出自が真逆なのです。まぁ母が一色に入った際のことも多少は関係しているのだと思いますが・・・」


 時宗様が曖昧に笑われました。どうやら私の態度に困惑というより、どう接して良いのか分からなかったというのが正しいのでしょう。

 そういえば私、今川の人質時代も含めて華姫様にお会いしたことがありませんでした。先ほどの旦那様や時宗様の態度を見てみると少々気難しい方なのでしょうか?

 いけませんね。不安になってきてしまいました。


「お話中に申し訳ありません。荷が全て下ろし終えたので、いつでも出立できます。っと、氷上様お久しゅう御座います」

「久しいというほど時は経っておらぬであろうが」


 道房様と時宗様の会話には熱量がやや違います。同じ時間しか経っていないとはいえ、きっと道房様は相当に濃いお時間を過ごされたのでしょう。岡崎城ではどうやら織田様ともお話しされたようでしたし。


「城に戻るとするか。今回は少々つかれた」

「かしこまりました。久姫様には輿を用意しておりますのでそちらにお乗りくださいませ」


 まさかの事態です。しかしここは岡崎とは違う。駄々をこねれば困った嫁だと思われるかもしれません。

 旦那様がおかしそうに笑っているのは大変不満ですが、今回ばかりは致し方なし。


「ご配慮いただきありがとう御座います」

「当然のことに御座います」


 時宗様は今後は軽く頭を下げられてから、一緒にやって来ていた一団へと戻られました。


「助け船を出してくださってもよろしかったのでは無いですか?」

「時宗の配慮を無下にもできませんので。それに城に戻れば、小規模なものにはなりますが、身内での祝いも用意しておりますのでご機嫌を直されませ」

「・・・本当ですか?」

「はい」


 年相応の顔で笑われる旦那様を見てこれ以上文句など言えません。ここは甘んじて現金な妻という評判を受け入れましょう。

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