第28話 織田信長見物

 岡崎城近辺宿場町 一色政孝


 1561年秋


 忠次よりこの宿を案内されてはや4日が経った。最初の頃は密かに連れていた栄衆の忍びに周囲の警戒をさせながら今泊まっている宿場町の散策や、宿にて文を書いていた。

 しかしこれが4日となると話は変わってくる。忠次は毎日俺の元へとやってくるが、なかなか岡崎城へ向かうとは言ってこない。俺はいくらでも待つのだが、俺の立場上はそれが許されないというのも事実だ。

 下手をすると今川から離反したと判断されかねない。そうなると今大井川城にいる皆が危険にさらされてしまう。そろそろ良いだろう。


「ご機嫌はいかがですかな?」


 今日もいつもと同じ時間に忠次は顔を見せにやってきた。こちらの家臣や護衛は忠次を、いや、松平を疑いにかかっている。

 俺は初日の様子を見てそこまで忠次を疑っているわけではないが、これから行動を起こすことを考えれば、この雰囲気の方が都合がいい。だから家臣らには何も言わずに忠次にこの雰囲気を理解させる。


「いつもそう言ってやってくるが、俺達はいつまでもこの地に留まることなど出来ない。それは忠次殿もわかるであろう」

「それは重々承知しております。しかし」

「しかしではもう納得できんと言っている。そろそろ何を隠しているのか話してもらえないか。俺としてももうこの者らを押さえるのは限界だ」


 忠次は困った顔をしたが、本当にこれ以上は限界だ。この者らが暴挙に出るという意味ではない。俺の今川家臣で、一色当主という立場が限界に来ている。これ以上はこの地にとどまれない。


「・・・わかりました。殿には私から話しましょう。これより岡崎に向かいましょうか」


 宿の厩舎より馬を連れ出し岡崎城への旅路を再開する。

 この地まで来たときと同じ並びで歩を進める。


「それで話してもらえるのだろうな。あの地で4日も足止めをした理由を」

「実は今、岡崎城にはとある御方がいらっしゃっておるのです。突然のことで殿も我ら家臣も動揺してしまい、良い案も浮かばぬうちに政孝様を宿場に泊まって頂くという判断を下しました。しかし、やはり想定外な展開であり時間による解決もありませなんだ」

「こちらを気遣ってというのはよく分かったが、急な客人とは一体誰なのだ」


 一瞬言いずらそうに顔を顰めた忠次であったが、覚悟を決めたのか小さく頷いて改めて俺を見た。


「尾張の織田信長様にございます。しかし政孝様には決して気楽に会えるお相手ではないと殿はご判断されました。故に私に足止めをするようにご命令されたのです」

「織田信長だと!?」


 俺の返事を待つ前に、俺の背後の方が騒がしくざわめきたつ。俺が右手を挙げるとスーッとざわめきは小さくなっていった。誰もが俺から発される言葉を待っている。

 しかし、桶狭間で今川家が大敗したときも思っていたことだが、ある程度覚悟はしていた。史実で今川の家臣に一色政文なる人物はいなかった。しかし1560年の尾張出兵の最中に桶狭間で今川大敗するという歴史を知っていた俺は、おそらく父もその地で命を落とすのではないかと、従軍した日から報せが届くまでずっとそう思っていた。


「気遣い感謝する。しかしそこまで遠慮されずともよい。戦場で人が死ぬのは当然のことだ。父も義元公も戦に出た時点で覚悟されていたことだろう。人を殺すのは殺される覚悟のある者だけだ。でなければ戦場になど立てん。ましてや武士ではあれん。だからたしかに織田信長は俺の、一色の、今川の敵ではあるが俺個人としては恨んでいるわけではない」

「無用な気遣いでございましたか」

「そういうことだ」


 どこか安心したのは、まだ信長が岡崎にいるからだろうか。まぁ元康の同盟相手である信長だ。相手をしているのは元康だろうし、もしかすると俺も会えるかもしれない。

 前世の俺は織田信長から歴史にはまったのだ。会えるのであれば一度会ってみたいと何度も思った。タイムマシンを作ろうと、自称博士の家に泊まり込んで研究に精を出したほどだ。もちろん出来ていないが。

 そんな信長に会えるかもしれない。今世では敵同士であるが、信長に敵意がなければどうにか個人的繋がりを持っておきたい。

 俺の予想では今後今川が織田と戦うことなどほぼありえない。それならば幅広く交流を持っておくのもいつか使えることがあると思うのだ。


「ここから岡崎の城下町にございます」


 関をくぐると賑やかな町になった。ここまでもいくつか活気のある町を通ったがやはりこの地は立派だと思う。

 三河という今川と織田によって長らく荒廃した土地だったことが信じられないくらいに。


「では行くとしようか。信長見物よ」

「はっ」


 俺達は岡崎城への道を急いだ。

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