第19話 反乱分子の討伐、近づく崩壊の足音

 引馬城外今川本陣 一色政孝


 1561年夏


「見事なお働きだったそうで」

「いえいえ、私の力など微力なものでした。あの場にいた誰もがただ兵糧攻めで音を上げるのを待つつもりでいたところを、政孝殿の調略によって早々に決着が付いたのです」


 偶然本陣の前で会ったのは先鋒を務めた鵜殿長持殿だった。俺はまだ今回どういう決着がついたのかは知らないが、長持殿のこの自信の有り様からするとなかなか良い手柄を得たのだと予想がつく。


「お二人とも、中で元信殿がお待ちですぞ」


 陣の中から1人の将が出て来てそう言った。


「では行きましょうか」

「ですな」


 中に入ると、たしかに俺達以外の主要な人物らは揃っている。

 正面に元信殿が座っていて末席が1つと、それよりは格上が座る席が1つ空いていた。俺はまっすぐ末席に腰を下ろし、長持殿は空いたもう1つの席へと腰を下ろす。

 元信殿はそれを確認して話し始めた。


「此度の戦、皆よくやってくれた。最も戦果を上げたのは間違いなく長持殿だろう。そして此度初陣を飾った政孝殿もまたよい働きであった」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 俺達は2人揃って頭を下げた。そして籠城していた者らはどうなったのかという話になる。


「飯尾連龍は我らの兵で捕縛し今川館へと連れて行く手はずになっている。他の者らはどうなっておるか。長持殿」

「はっ、まず一色殿に謝らなければならぬことがある。調略によって正門を開門させた張本人である飯尾連義殿を乱戦の最中で死なせてしまいました。どうやら私の配下の者が誤ってだと言っております。その者には相応の罰を与える故許してやって欲しい」

「はぁ・・・」


 許すも何も、別に俺の元に迎えようとは思っていなかったからどうでも良いと言えばいいのだが、もし俺が配下に迎えるつもりだったとして誤って殺した者を俺に渡さないというのはどういうつもりなのだろうか。

 たしかに城内決戦だった上に少数精鋭で突撃した長持殿の率いる兵だ。乱戦だっただろうし、敵味方が区別つかなくなったといわれたらどうしようもないけど・・・。

 まぁいいか。どちらにしてもこちらが手を汚す必要はなくなったわけだ。


「そして我が娘である椿も私に刃を向けてきたため、やむを得ず手にかけました」

「そうか」


 元信殿も無念そうにそう呟かれている。長持殿は娘である椿を救うために今川を裏切ることをせず、さらに開門した際には先鋒を務めたのだ。

 それでも娘は父につくことをしなかった。連龍と共に城を枕に死ぬ覚悟を持っていたのだ。ということらしい。

 その後もしばらく報告と後処理の軍議が続き、そして報償の件と色々な話がありようやく自由の身になれた。

 陣から出てみると外は既に暗くなっていた。松明で辺り一帯は煌々と照らされているから、暗くなっていたことに今の今まで気がつかなかったのだろう。

 さて、俺はグーッと体を伸ばして凝り固まった体を解す。パキパキと骨が音をたてていた。やはりこの時代の椅子。いや床几は不便極まりない。長時間座っておくにはむいていないのだ。数十分の軍議でこの有様だからな。

 そんな無防備な俺の背後に誰か来たらしい。顔に影がかかり、その直後に俺の肩を叩く。


「改めて言うがお手柄だった」

「ありがとうございます。しかし欲を言えば私も戦いとうございました」

「無茶を言うでない。殿のご命令である」


 元信殿は困ったようにアゴを撫でられた。

 そうか、氏真様か。まさか母の手が伸びているのではないだろうな。氏真様は母から見て甥にあたる。可能性はないと言えない。今度母とはじっくり膝をつき合わせて話したいと思った。


「では代わりに城の中でのことを聞かせて頂いてもよろしいでしょうか」

「そんなことで良いのならば構わんぞ。俺の陣へと来るが良い」


 道すがら色々な話をした。俺からは桶狭間の戦いで義元公が討たれてからもしばらく鳴海城で奮闘していたという元信殿の話を、元信殿からは弟である正綱殿のことを。

 お互い年は離れてはいるものの、元信殿とは気が合うように思えた。俺としても今川の重臣と仲良く出来るのは今後プラスになるだろうと思っている。


「して、何が聞きたい」

「はい、先ほども申しましたとおり城内での長持殿の戦ぶりを」

「ほぉ、長持殿か。俺達が城内に入った頃にはすでに連龍を追い込んでいた。主命は連龍の捕縛と連行であった故、くどいほどに捕らえるように、間違っても殺してはならんと申したのだがな。すでに降伏の意を申しておった故俺の配下の者が止めさせたのよ。まさかあれほど血気盛んな長持殿を見られるとはな。それに椿姫にも手をかけられたようである。身内に手をかけるというのはさぞお辛いものであろうよ」


 実際目の前で見てきた元信殿はそういう感想を持たれたらしい。それにしても長持殿は随分人が変わったようだ。

 先日連龍が反旗を翻し事を宣言したときは、あれほど参りきっていたというのに。


「私も頑張らなくてはいけませんね。氏真様も義元公の亡き後を必死で埋めようと頑張られています」

「殿と長い付き合いのある政孝殿には真にそう見えておるか?俺はそう思えんが」


 悲しそうな、何かに堪えるような表情をした元信殿は俺を陣の入り口まで見送ってくれた。

 それにしても元信殿もやはり気がついていたか。日に日に氏真様はやつれられている。このままでは今川云々の前に殿が潰れてしまう。なんとかしなければならないな。

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