file15 捜査7:告白

◇ 時刻:午後四時半 ◇


 豪雪だった。

 道行く人々の視界を寒さと質量が遮り、空は灰色の雲に覆われている。

 慰霊セレモニーの宣伝広告は変わらず街の至る所に張り巡らされ、人々をあの悲劇から遠ざけようとしない。書かれているのは――様々な、『楽しげな』催し物と、賓客のリスト。


 そんな中、シティのメインストリートから少し離れた場所に、そこはあった。

 煉瓦調の外装で覆われた古めかしい中層マンションの前に、一台のバンが横付けする。

 『ハッシュ・パイピング株式会社』とある――『管の管理でみんなハッピー』の標語。

 その後方、曲がり角には警察部隊のバンが数台待機している。


「じゃあ、手筈通りに」


 ローレンスが運転席から出て、白い息を吐きながら言った。オレンジ色の作業着と、各種器具を身体にセッティングしている。助手席から出たフェイは頷いて、ベルトの下に隠した拳銃に触れる。同じ動きを、ローレンスも行い……二人は、玄関に入った。

 薄暗いロビーに人気は感じられず、外の風音と靴の響きだけが拡散される。エレベーターに乗り込んで、上へ、上へ。無言だが、緊張は四角の箱に嫌というほどはりつめる。

 そして、降りる……廊下を、警戒しつつゆっくりと進み……ある部屋の前へ。

 表札には『スミシー』とある。

 フェイがインターホンをゆっくり押して、しばらく。

 ドアが開いた。


「……」


 陰気そうな、白髪の男が顔を出した。


「どうも、スミシーさんのお宅でお間違いないでしょうか」

「……どちら様で」


 ローレンスは完璧な紳士の笑顔を見せながら、言った。


「実は、ここ一帯の建物の配管メンテナンスを無償で行っておりまして、えぇ。なにぶんシティ直々の命令でしてね。いやぁ老朽化となると色々ややこしいマネーが動くというわけでして……あぁ申し遅れました、わたくしハッシュ・パイピング株式会社メンテナンス部門のゴーリーと申します。それから、横にいるのが……」

「わ、わわ、ええっと……ふぇ、フェリスと言いますっ……ふつつつかものですが……」

「知りませんね。今日じゃなくたって良いでしょう」

「そこをなんとか。すぐ終わりますから」


 ……男は思案する様子を見せたが、しばらくして額を掻き、中へ入るよう促した。

 ローレンスはフェイと頷きあい、招かれた。


「……『ハッシュ・パイプ』は駄目だろう。そうは思わないか」

「ドクター、ウィーザーが好きなんス。私のキャラも、ドクターのヘンタイアニメ趣味っス」


「ふたりとも、中へ入りました」


 マンションの反対側のビル屋上には、双眼鏡を構えた隊員が控えている。後方には、防弾ジャケットを着込んだフェスタが、緊張の面持ち。

 

「綺麗な部屋ですな。私らの居る事務所はろくなもんじゃありませんよ」


 中は薄暗かった。スミシーが灯りをつけるまでは、カーテンで外の灯りも遮られていたことだろう。僅かばかりの調度品以外はなにもない、殺風景なリビングだった。

 家主は早々に奥に引っ込んだが、姿を消してはいない。こちらを見ていた。

 その視線を感じながら、無駄口もほどほどに、『作業』に取り掛かる。


 二人は、部屋の配管をつぎつぎ確認していく……フリをしながら、部屋の様子を見ていく。壁、床下。それぞれにギフテッドとしての力の『痕跡』がないかを確かめる。

 ローレンスとフェイの手の甲には、小さな探知機が取り付けられている。それはドミニク謹製だった。もし、力を行使したのであれば、それがわかるようになっている。

 しかしながら、今の所、反応はなかった。

 フェイに目配せをするが、彼女も首を振った。この家で能力を使ったことはないということか。ある意味当然ともいえる。

 だが、それならそれで、違和感がある。肌をさす、強烈な違和が。

 振り返る。男は、まだそこにいた。じっと、何をするでもなく、こちらを見ている。

 ――強烈な視線だ。それは彼から放射されているというよりは、部屋全体から感じる。取り囲まれるすべてから見張られているような感覚。


(気味が悪い。早々にフェスタ刑事を中に入れて、用事を済ませてもらおう)


 そのことを、こっそりフェイに伝えようとした矢先。

 彼女は、動いていた。戸棚の上に置かれているものに目が行っていた。

 写真立てだ――他はセピア色なのに、そこだけ色づいているように思えた。ローレンスはフェイに目線をやり、それを確かめるように求めた。

 彼女は頷いて、それから……写真を見て、言った。


「ふわぁ……この写真、スミシーさんのご家族ですかぁ?」

「そうですが……貴方には関係ないでしょう」

「素敵ですゥ~~~~、きゃっ」


 ――フェイはくねくねしながら、気色の悪い満面の笑みを浮かべている。見ていられない。


(そのキャラは駄目だろう…………!)

(うちだってやりたかないっス……)

「あれ、娘さん、いらっしゃるのですか? よく見させていただいても……」


 そこでフェイは、写真立てを持ち上げようとした……。


「ッ、さわるなっ!」


 スミシーは怒声を上げた。前に少し踏み出しながら、息を荒くついていた。

 明らかに異様な変化だった。フェイとローレンスは、目を合わせた。

 彼はそこで咳払いして、強引に落ち着きを取り戻すようにしてから、言った。


「ずっと作業していてお疲れでしょう。弟にコーヒーを出させます」


 フェイと顔を見合わせ……言葉に甘える。

 他の選択肢を取れば、危険な気がしたからだ。

 スミシーは二人がテーブルの片側に座ったのを確認すると、部屋の奥に声をかける。


「おい、アベル。客だ。コーヒーを」

「分かったよ、兄貴」


 男がもうひとり現れた。禿頭の若い男。片足を、引きずっている。

 彼は、ローレンス達を見た。じっと。穴が空くほどに。それは奇妙な視線だった。

それからダイニングに向かうと、口笛を吹いて、準備を始めた。


「……弟さんは」

「事故でね。馬鹿な奴です」


 反対側に座ったスミシーの言葉からは、何の感情も感じられない。

 やがて弟がコーヒーを二人の前に差し出すと、彼はそのまま部屋の向こう側に消えていった。


「先程は、取り乱してしまいすみません」


 スミシーはそう言って、自分の分を少し飲んだ。

 ローレンスはフェイを見た。

 彼女は一口飲んで、テーブルの下で、オーケーのサインを出した。

 それを見て安心し、自身も一口。


「こちらこそ。プライバシーを考慮せず……うちのフェリスが、すみませんね」

「ふぇ、ごめんなさい……」

「いえ。ただ……家族のことになると、少し過敏になってしまいますから」


 スミシーの視線は、写真の方に注がれた。

 ……彼が映っている。妻らしき女性。先程の弟。そして……幼い娘。


「娘さんと……ご夫人ですな」

「ええ。エスカロン空港を出る前に、どうしても撮っておきたいと妻が言い出しまして」


 ――エスカロン空港。

 ローレンスは、引っ掛かりを覚える。聞いたことがある。どこかで。


「いい思い出です」

「素敵なご家族なようで。弟さんもまじえて……それで、貴方の娘さんとご夫人は……」

「死にましたよ」


 ぴしゃりと。

 ひどくあっさりと、彼はそう言った。


「それは……お気の毒に」


 言葉を返しながらも、ローレンスは背中に違和感を感じた。あまりにも、相手の言い方が……無機質で、機械的であるかのように思えたからだ。


「いえ。構いません。はじめは悲しかった。有る事無い事言ってくる連中にも、腹がたった。立ち直るまで、随分と時間がかかりました。ですが……今は、大丈夫」


 彼はコーヒーを飲んだ。つられて、ローレンス達もそうした。そうしなければならないような気がしたのだ。


「大丈夫というのは……」

「今は、感謝しています。私は大切なものを失いましたが。代わりに、天命を授かった」

「天命……?」


 異様な響きだった。そして、スミシーの様子もおかしかった。目はうつろで、前を向きながらも、こちらを見ていないようだった。

 そしてローレンス自身も、からだに妙な感覚をおぼえはじめる。

 酩酊したときのような。ぐらりと、身体がネジ曲がるような。フローリングの木目が、歪んで見える……?


「そう。天命です。大事なものを私は失った。それは私が、あの便に乗ろうと言い出したからだ。身体が弱い妻が調子を崩していたので旅行を早く切り上げて病院に連れて行くことになって。妻は現地でいいと言ったのに、私は信用ならないから帰国してから見てもらうように勧めた。妻は承諾した。それで、アレに乗った。そして死んだ。これは私の罪。私はいつまでも自分を責め続けている。これは罰だと思っていた。しかし、妻と娘を救う方法を授かった。だから私はそれを遂行する。このいのちに、かえても……」


 スミシーは抑揚なくまくしたてる、まくしたてる。床が歪む。壁が、ぐにゃぐにゃと変質し始める。まずい、これはまずい。なんだこれは、幻覚でも見ているのか。だとしたら、コーヒーにやはり何か――フェイを見る。彼女も絶句している。違う。では何だ――。


「貴方は。人間の命が等しく平等であると、そう考えていますか」


 答えられない。壁がべきべきと折れて、腐食していく。まだらいろになっていく。


「違います。違うんですよ。ろくでもないクズどもが我々の敵になっているのに、あの子らは死んだ。そんな不平等があってたまるものか。あの慰霊祭だってそうだ。静かに死を悼むことすら出来ないバカどもがやってくる。鉄槌を下すには丁度いい……裁きが必要だ。裁きが」

「貴方は、何を言って――」

「いい加減、誤魔化さないでいただきたい。配管メンテナンスを行う人間がどうして今この時になって、腰のベルトに手をかざしているのです」


 フェイが、ぎくりとした。腰の。拳銃……。


「私が嫌いなもの。第一は、私が裁いた連中。そしてその次は……あんた方、警察だ」


 そして、次の瞬間。


 何かが、濁流のように飛び込んできた。

 二人は身体を捻じり、とっさに避けた。垂直の濁流はそのまま壁に激突し、そこから弾かれて鋭角に曲がり、飛んできた。更に床で跳ねて、テーブルに直撃した。コーヒーカップが砕け散り、木の脚が折れた。そこで止まる。

 ホコリが舞う中で、濁流は伸縮し、バネのように力を失いながら後方に引き下がり、それと同時に、床に四つん這いになった二人の視線の先から、一人が近づいてきた。

 そこでようやく、襲ってきたのが、伸びた腕だと気付く。


「あーあーもったいねぇもったいねぇ。お前ら、高くつくぜぇ」


 先程の……弟のほうだ。首をゴキゴキ鳴らしながら、廊下から姿を見せる。

 それと同時に、スミシーは席を立ち、背を向ける。

 ローレンスより先に、フェイが動いた。彼女はグロックを抜き放ち、撃った。その時には、弟――アベルは兄の前に立ちふさがり、その退去を守り抜いた。弾丸は戻った腕をぶらぶら振っている彼の胸元に吸い込まれていく。


「おい、いきなり――」


 ローレンスの言葉。だが、懸念する事態には至らなかった。

 弾丸は、確かにアベルに命中した。だが、飲み込まれて、一気に……弾き返した。


「頭をさげてッ!」


 フェイの言葉。ローレンスは反射的に従った。アベルの前方に、弾き返した火薬の花火が咲いた。パン、パン、パン。炸裂は床を壁を削り、ぶすぶすと煙を立てた。アベルは顔を上げて、にいっ――と……床に伏せた二人を見た。凶暴な、猛獣の如き笑み。戦慄する。

 スミシーは弟に現場を任せると判断したらしい。頷いた後、廊下へ消えていく――戸棚の上の写真立てを持って、消えていく。フェイは耳元に、手をやった。


「戦闘開始した模様――突入します!」


 別棟の屋上に控えていた部隊が動き始める。隊員が横並びになり、マンションの最上階の窓に向けて、ワイヤーを放った。それは窓枠のヘリにがっちりと食い込んで、何本かのタイトロープが出来上がる。そこを渡っていけば向こう側へ行ける。

 同時に――地上のバンに控えていた部隊も、フェイからの受電で行動開始。一斉に、マンションの入り口から侵入。素早い動作で、装甲服と機関銃で武装した隊員たちが、上へ、上へ。


「おい、マジでやるのか」


 フェスタは青ざめていた。既に自分ともうひとりの隊員以外は皆、ワイヤーを伝って、滑るように反対側のマンションに辿り着いていた。


「やりますよ。残りはあんただけだ」


 残った隊員はフェスタの華奢な体を自分にしっかりと固定し、ワイヤーの先端に向かう。


「ま、待ってくれ。他の方法があるんじゃないか。もし落ちでもしたら……」

「あんた、もしかして……」


 そこでフェスタは顔を上げて……強張り、目にうっすら涙を浮かべて、言った。


「たかいの……こわい」

『あーいいのいいの。行っちゃって行っちゃって』

「だそうです。行きますよ」

「ッてめぇこの色情ドクターがこのッやめて怖い高いとこはマジで無――」


 しかし、問答無用。暴れるフェスタを無視して、隊員はワイヤーを一気にくだりはじめ、少年刑事の悲鳴は、冬空のただなかに消えた……。


「オラオラぁ!」


 叫びとともに腕が伸び、その前方にあるものを破壊した。テーブル、椅子が粉砕される。カーテンがちぎれ飛び、空中を舞う。フェイとローレンスは互いに離れ、距離をとる。

 アベルは二人を交互に見ながら、更に腕を放った。伸びた濁流は壁に衝突すると反発して反対側に伸び、さらなる濁流を生む。そのたびヒビが入るが、彼は気にしていなかった。二人がリビングの中を逃げ惑うたび、ゴムの包囲網は狭まっていく――一秒ごとに。

 ……フェイとローレンスは、テーブルから離れて、ソファの後ろ側に。

 既に居場所は割れている。アベルは鼻歌を歌いながら前に進んでくる。


「どうして撃たないんスか。ローレンス刑事」


 仮装を脱ぎ捨てて本来の黒装束に戻り、弾倉を素早く交換する。フェイは、隣の男に聞く。


「ああ、実はな……」


 彼は困ったような……泣きそうな顔になって、告白した。


「駄目なんだ。任期一年目の時に、子供の脚を間違えて撃った」


 フェスタは、窓を引っ掛けて、マンション最上階の一室に転がり込んだ。そこからいきなり、戦闘に巻き込まれるものだと思っていた。

 だが、尻もちをついて、強引な隊員の背中に悪態をつこうと思った時、気付く。周囲にはガラスの破片。埃の積もった床。


『あーあーフェスタ君聞こえる? 今からナビゲートするから。こっちからモニターしてるからよろしく』


 耳元の小型カメラ付きインカムから、ドクターの声。生返事をする。


「空き部屋にしちゃ……ボロすぎねぇか?」


 カツン、カツン、カツン。暗く、誰も居ない廊下を、彼は歩く。写真を眺めて。やがて階段に至り、降りていく。踊り場のクラシカルな装飾が施された小窓からは、雪が見える。

 それを一瞬眺め、歩みを再開する。いつしか彼は口ずさみ始めた。シナトラの『レット・イット・スノウ』。頭の中で流れて、一歩、一歩、進むたびに、思い出す。空港で、機内で流れていたのだ。その時から、幾度となく聞いている。反芻し……憎悪を、増幅させるように。


 部屋の中が、無茶苦茶に破壊されていく。ゴムのロケットパンチは伸び縮みを繰り返しながら、視界をめちゃくちゃに跳ね回る線となり、二人を追い込んでいく。回避する、回避する。その合間にフェイが銃弾を撃ち込んでいくが、まるで効かない。広いリビングが、家具が破壊されていくことにより瓦礫まみれになり、更に広くなっていく。


「そらそらそら、逃げ場はねぇぞ!」


 ゴム男は、楽しんでいるようだった。フェスタの情報通りなら、奴は確かにこちらの場所を明確に狙うことは難しい。だがそれであっても、わざと決定的一撃を避けているようだった。

 絶体絶命。だが、その時。

 ……扉を蹴破って、何かが侵入してきた。


「ああん?」


 振り返る。そこには銃を構えた装甲服姿の隊員たち。またたくまに、ゴム男を包囲する。


「撃てっ」


 隊長格の命令と共に、銃弾が一斉に放たれる。

 激しい炎の華が部屋を覆い、轟音が怒涛のように聴覚を埋めていった。


「そいつに銃弾は――」

「そのとおりだ、そんなもん効くかぁッ!」


 そう、そして……殺到した銃弾の連続は、彼の身体に吸い込まれて、その尽くが弾かれる。

 ……筈だった。


「…………ああ?」


 そう。確かに――何割かは、そうなった。弾かれた弾が、部屋を駆けて、フェイ達の後方に衝突し、轍を刻み込んだ。

 しかし硝煙の、向こう側。ゴム男は、唖然として、棒立ちになっていた。

 その身体の表面には。銃弾が、突き刺さり。からからと音を立てて、いくつも転がった。

 そこから、血の筋が垂れてくる。幾本も――網目のように。


「なんでだ。俺、ゴムだぞ」


 それは、見ていたフェイとローレンスも同じ気持ちだった。

 インカムがザザザと音を立てる。


『はははははは、わははははは! いつまでもやられっぱなしと思うなよぉバネ足くんッ、この私がッ、何も対策を練らないはずがなかろうがッ!』


 聞こえてくるのは、ドミニク。部屋中に甲高い声が響き渡る。皆、耳をおさえる。


『それは特殊な弾丸だッ、君のゴムの身体を貫いて、針のように……奥へ浸透する! 先端だけが飛び出し、“かえし”がついているから、弾こうとしても無駄だぞッ、ワハハ凄いだろう、』

『ドミニク君』

『はいいいいいいいい、なんでしょうかあああああああああ』

『うるさい』

『……』


 銃口がゴム男を取り囲む。隊員のひとりがフェイに弾倉を渡した。彼女は受け取り、頷く。


「俺は、どうすればいいだろうか」


 ローレンス刑事が聞いてきた。居心地悪そうに。


「隠れててください」

「……分かった」


 頷いて、その場から少し離れた。彼は聡明だった。

 視線を前に戻すと、隊員が伺うような目をしてきた。睨みつけると、慌てて言った。


「撃てッ――」


 銃撃が、再び火を噴いた。

 連続する火線が花開き、彼の身体に細かな棘を無数に突き刺していく。唸る銃撃音とともに世界が真っ白に染まり、それと同時に、甲高い音とともに……テーブルが、床が、壁が、破砕されていく。その包囲網の中でゴム男は身じろぎするが、そのたび血がいくつも迸り、彼を苦しめる。


「ぬああああああああっ……いてぇぇぇッ……!」


 弾かれた銃弾の残骸が飛び散り、花火のようになる。悲鳴の如き音が部屋を満たす。

 やがて、焦げ臭いにおいとともに、銃撃は止まる。


「がはっ……」


 硝煙が晴れて、ゴム男は膝をついた。その身体には無数の痛々しい細かな傷がついている。一つ一つは浅い擦り傷程度でしかない。だが絶え間ない痛みが、彼の力を奪った。

 フェイはゆっくりと近づき……手錠を取り出し、彼の手元に。


「俺が、お前ら程度に……」

「技術は、進歩するんスよ。そして、地上からの応援がきっと……あんたの兄も」

「……くはっ」


 『兄』という言葉を聞いた瞬間、彼は破顔した。


「はは、はははははははは……ひゃはははははははは」

「何……」


 彼は顔を上げた――狂気的な笑みが、その禿頭に浮かんでいる。


「てめぇらが、何を知ってる。兄貴の何を知ってる……兄貴はなぁ……最強だぞ。十数人。全員兄貴が殺した。兄貴が全部、自殺と見せかけてやったんだ。警察の誰も気付かなかった。そんなことが出来る男だぜ。丁寧に殺すのもわけなかったんだ……だったら……『雑に』殺すのが、兄貴にとってどれだけ簡単か……てめぇらにだって、分かるだろうがぁ!?」


 フェイは……背中に、寒気を感じた。


「ムーブムーブ、急げ急げッ!」


 隊員たちが早足で鉄の階段を上がっていく……だが、その歩みが、止まる。

 見下ろす男が一人、小窓の冬空を背景にして、踊り場で立っている。

 彼らは、自分達の人数も忘れ、その場に縛り付けられる。


「やぁ、諸君。今日は冷えるな」


 彼は――手を前にかざし。階下の者たちを、完全に、隠しきった――。


 マンションの外に待機していたのは、突入部隊のバンだけではなく、応援に駆けつけたパトカー数台、それに……状況を嗅ぎつけたマスコミの報道車数台。彼らは建物の入り口を塞ぐ警官たちに事情を怒声混じりに聞きながら、混雑の場を作っていた。

 ……そこに。震動。

 地面がはっきりと揺れて、ぱらぱらと石の破片のようなものが、彼らの頭上に落ちた。

 警官も報道関係者たちも、一瞬動きを止めて……眼の前の大きな茶色の建物を見た。

 そして。それは、もう一度、大きく揺れた。その後、内部から何かが蠢くような、細かな音や、不明瞭な声のようなものが連続して聞こえた。彼ら群衆は、途端に息を呑んだ。

 今や、はっきりと。マンションが立て続けに、『動いた』のを見た。まるで、その内部で巨大な怪物が胎動しているかのように。


 誰も居ない部屋を出て、足早に階段を駆け下りるフェスタも、その異常な揺れを感じ取った。


「なんだこりゃ、なんなんだよ……!」



 寒気。背中が痒い。予感――誰かが、使おうとしている。巨大な『力』を。

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