file12 捜査4:怪奇、学校の七不思議!



◇ 十二月十四日 時刻:午後四時半 ◇


 廊下は、生徒たちのざわつきで満ちていた。

 学校の一日を流れる交響曲として捉えているバッハ好きのマダム・ソコロフ先生は、その様子が気に入らなかったので、生徒達をするりと押しのけ、彼らが覗いている教室を見た。

 絶句する……女帝だ。彼女が、誰も居なくなった教室に、取り巻き数人と籠城している。おまけにそこには、あの転校生も居る。厚化粧の笑顔が、少しずつひきつっていく。


「いい。確かに七不思議というものはあるの。この学校に」


 シャーロットが、部下たちとフェスタに向けて言った。作戦会議だ。


「何故って、この学校随分と豪奢な作りをしているでしょう。市長が宣伝のために鳴り物入りでボロ校舎を改装させたのよ。でもそのせいで、リノベーションが半端に終わったってわけ」

「なるほど、そりゃ誂え向きだ。そいつを攻略していけば、何かのヒントが得られるわけか」

「そう。時間は限られてるのよね。なら早速、今日から動くわよ。まずひとつは――」


 そこで、マダム・ソコロフ先生が鍵を開けて入ってきた。


「あらあらまぁまぁ皆さん、こんなところで何をしているのかしら??」


 満面の笑みだが、そこにあるのは怒り。彼女にとっての秩序を壊された怒り――ずんずんと、きつい化粧の臭いが迫りくる。この臭いと、容赦ない責め苦により……彼女は数多くの生徒たちを放校処分にしてきた。そうならないとしても……今のシャーロット達は既に、山程の懲罰課題が予告されているようなものだった。今、そんなものにかかずらう暇は、ない。

 カート達は立ち上がり、シャーロットを守る。

 ……シャーロットは懐から何かを取り出そうとする。


「何をお話していたの? さぁ教えなさいな、怒らないから、さぁ早く――」


 だがそこで止めたのはちびのデイヴだった。そして彼は……ポケットからスマホで取り出して、なんらかの操作をした。

 次の瞬間、そこから流れてきたのはけたたましいロック音楽だった。途端にマダム・ソコロフ先生は耳を抑えて苦しみだし、全身に鳥肌を立てながら悶え始めた。


「今だみんな、教室から出るんだっ! 彼女はロックンロールが弱点だッ!」

「おのれクソガキがぁぁぁぁ! こまっしゃくれた音楽なんぞ流しやがってぇぇぇッ!」


 ガバリと起き上がった先生は顔面の化粧が崩れて怪物のようになった。シャーロット達はその恐ろしさから逃げ出した。

 廊下に出ると、ロック音楽をBGMに、野次馬の生徒たちが、逃げていくシャーロットたちに声援を送り始めた。そこから先生がエクソシストのように追いかけてくる。


「やれー、行けーっ!」「逃げろ逃げろ、ははははは!」


 思わずフェスタは、近くに居たクリスを見た。こんな風な声援、今までシャーロット達は、受けたことがあるのだろうか。

 すると巨漢のクリスは、こちらにウインクをした。何かをやったということなのだろう。ならばそれだけで、彼らのいる理由が分かる気がした。フェスタは微笑んで、逃走を続ける。


「それでっ、どの『不思議』から挑むんだっ!?」

「『総崩れの階段』っ!」

「なんじゃそりゃ!?」

「校舎内の改装が終わりきってない古い区画に、地下のボイラー室に通じる階段があるんだけど、そこを夜な夜な降りていくこどもを見たって言ってた生徒が居たのよ。でも、その階段にはテープが貼ってあって、誰にも入れないはず……総崩れの意味はわからない。でも、とにかくそれが一番近いし、分かりやすい! こっちよ、ついてきて!」


 いつの間にか、先頭はシャーロットになっていた。奇妙なパーティーはそのまま先生から逃げながら、廊下を駆け回り、階下へ、階下へ降りていく――。



 ローレンス刑事は、部下と共に、殺人事件被害者の検視に立ち会った医師のもとにいた。


「そう、確かに、個々の死体、その様相に関連性は見られないわね」


 ドクター・ハラウェイは白壁の無機質な部屋の中で血なまぐさい資料を広げ、アジア産の聞いたこともない銘柄の煙草を吹かしながら、特に何の感慨もなく、もう既にない者たちを見た。


 ――被害者一人目、マーティン・ベル三十二歳。シティのアパートに住む独身男性。昨年の八月二十八日早朝に死亡。パソコンの前にうつ伏せになっていたが、首にマウスのコードが巻き付いており、それによって窒息死したものと思われる。コードは焼き付き、中の配線が見えていた。画面にはネットゲームが映し出されているだけだった。

 ――被害者二人目、ミラ・カーン四十三歳。市議会議員を勤めている。同じく昨年、九月三日の深夜未明、とあるコーヒーショップの個室トイレで『溺死』しているのが見つかる。使用していた便器の水タンクの蓋が外れているのが見つかった以外は、彼女がひとりでに水をたらふく飲んで死んだものとしか判断できなかった。

 三人目、四人目……そして、十人目。


 レナード・マカリスター……五十二歳。今年の五月十日。自宅で、舌を『ボールペンと一緒に呑み込んで』、書斎にて死亡しているのが見つかった。


 ローレンスはうんざりして、少し目を逸らす。

 改めて並べてみると、その被害者数は恐ろしいものだ。

 足掛け一年強で、十六人。シティで起きる『死亡事故』としては大した数ではない。だがそれが同一犯によるものだと仮定した場合、事情が変わってくる。


「他者の指紋はどこにもなかった。その時間に立ち入った人間もナシ。こんなに面白い死に方をしているのに、自殺としか判断されなかったのよ。少し興ざめね」


 恐ろしいことを淡々と言う白髪の魔女。ローレンスは汗を拭いて、少しだけ頷いた。


「でも、興味深いポイントがあるのよ。お気づきかしら。共通点というべきかも」


 彼は……頷いた。時期も死因もバラバラ。それなのに、奇妙な点がある。


「遺体の傍では……必ず、モノが壊れている」


 そうだ。マウスのコードといい、水タンクといい。間違って壊した、などとは思えないモノ。


「そう。それに、これを見てちょうだい……被害者は死亡時に指の骨を折っていたり、引っ掻いた壁の塗材が爪に食い込んだりしているの。何かに抵抗するようにね」

「つまり自殺ではない、と?」

「私はそう思うけど。あなた方はどうなの」


 ローレンスは黙り込み、しばし考える。

 それから思い出す。フェスタ・ウェンズデイ刑事の話。彼が出くわした者の話。

 ゴム男――それ以外にも誰かが事件に加担している。

 そして『とつぜん、床が腐食した』。『もうひとり』。

 何か掴めそうな気がしてきた。天啓というほど鮮やかではないが、それに近い感覚だった。


「不謹慎ですが、面白くなってきましたよ。当時の資料を、一通りお貸しいただけますか」


 ハラウェイは表情を変えず、無機質に頷いた。まるで、それぞれの死に対する感慨を一切持ち合わせていないかのようにさえ、見える。

 だが、部屋を出る際、彼女はじっとこちらを見つめた。その動作が、答えだった。


 外に出ると、すっかり空には藍色が染み出しており、冷え込みが激しくなっていた。

 襟を立てて車に乗り込むと、電話がかかってくる。


「こちらローレンス」

『キムです。フェスタさんは忙しいみたいなんで。そっちにかけました』


 変わらないダウナーな声。続きを促す。


「何があった。何かを見つけたのか」

『ビンゴですよ刑事さん。頼まれてた“メッセージ”、ゴミの山から掘り当てました』


 まずは二つ。彼女は、成果を得た。それらは、かつてフェスタ――アダムが勤めていた二十七分署に届いていた、差出人不明のメールだった。

 共通項。受信日が、直近で殺人事件(仮)の起きた日付と、一致しているということ。


『掘り起こすのに時間がかかりましたし、色々面倒でしたが……上々だと思いませんか』


 まずは一通。十一月三十日。

 ――かナら図。

 さかのぼり、もう一通。十一月五日。

 ――紺土ハマに亜ゥ。


「わけが分からんな。何が何やらだ」

『謎解きはそっちに任せます。とりあえず、やることをやるだけです』

「そうだな。引き続き頼む」


 通話終了。部下に電話を返すと、彼は魔法瓶でコーヒーを渡してくれた。湯気の立つそれを啜りながら、彼は――『彼』に思いを馳せた。


「さぁ。パズルのピースは俺達が集める。形にするのは貴方だ、少年刑事さん」



「なぁ、こっちで合ってるのか? ええと」

「『総崩れの階段』! 間違いないわ、確かこの辺――」


 フェスタ達は疾走を続け、一階にたどり着き、給食室や職員室を通り過ぎて、用務員室すら超えて――向かった。曲がり角。誰も居ない廊下の先へ。


「……現れたね。そろそろだと思ってたよ」


 そこで姿を見せた者が居た。

 ドレッドヘアの、少し太った少女。廊下の真ん中で腕組みをしている。


「貴女は――」

「ハリーの謎解きが目当てなんでしょう。おいで、案内する」


 ……驚きを返す間もなく、彼女についていく。

 すると、廊下から、更に地下へ降りていく階段が見えた。ただし、その前には、バリケードのように黄色いテープが張り巡らされ、通れないようになっていた。


「ここが、『総崩れの階段』。その名の通り総崩れよ。全員は渡れないね」

「誰なの?」

「アタシかい? アタシはバーバラ……ハリーの元カノの一人よ」


 そこで、全員盛大にムセた。


「はぁ!? も、元カ……」

「『七不思議』のそれぞれに、あいつの元カノが配置されてる。そのうちの一人がアタシ」


 フェスタは目眩を覚える。ハリーという少年のことが分からなくなる。

 廊下の向こう側から、ドドドと音。先生が近づいてくる……!


「やべえ、来やがった!」

「バーバラ、だっけ! あの先に何かがあるんだよな!? ヒントか何かが!」

「そう言ってる。さぁ、進むの、進まないの」


 そこで……前進したのは、ちびのデイヴだった。


「俺が行く。俺が多分一番軽い。ひょっとしたらこの学校で一番だ」

「よし、よし、行け……多分ペンキ塗りたてとかそんなんだ!」

「気をつけてね!」


 デイヴはサムズ・アップして……テープを乗り越えて、階段に足をかける。

 怒りの形相を隠しすらしなくなった先生がすぐそばまで来ている――。

 そしてデイヴは、一気に階段を、駆け下りようとした――……!

 ……ばりばりばりばり、がしゃーん。


「……どわあああああああああああああっ!!」


 次の瞬間、文字通り、階段が『総崩れ』となった。

 デイヴは、ハリボテ同然だった木の階段の端材に巻き込まれて、地下へと落ち込んだ。

 ……後ろを振り返ると、先生が居た。元カノとやらは、風のように居なくなっていた。


 結局、『総崩れ』とは要するに、古くなった木製の階段ということだった。

 では、一体ハリーは、どうやってそこにヒントを仕込んだのか。謎は深まるばかりだ。

 とはいえ、問題はそこではない。

 今回の不法侵入がきっかけで、シャーロット以外の全員が自宅謹慎を命じられてしまった。



 フェスタはどうやら、入学早々、問題児と化してしまったらしかった。

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