file4 ひみつ大作戦
「はぁ~」
見た目も何もかも違う奇妙な三人組が、休憩スペースの椅子に座り、ため息をつく。
「ビビったなぁ。本当にビール貰えばよかったよ、私」
「やめてくださいっス。あの絨毯の上で吐かれた日には……自分たち、ホームレスっスよ」
あの男。警察長。とんでもないジョーカーだった。あのでっぷりした身体は実は筋肉じゃないのか。緊張から解き放たれて、今は虚脱感だけがあった。
通り過ぎる者たちは自分たちのナリを見て怪訝な顔をするが、今は気にもならない。
しばらくして。
ドクターが再び口を開き……。
「ありが――」
「五年前の話、してたろ」
制する。彼女は口ごもる。鳩みたいな表情だ。
「おれはあの時間に合わなかった。妻と喧嘩してた。娘は耳をふさいで、泣いてた。それで、逃げるように家から出て、分署から現場に駆けつけた時には、全部終わってた」
ドクターは、黙って聞いてくれていた。
「墜落した時、乗客のいくらかはまだ生きてた。だが、我先に生き残るためにと争い、押しあった結果……協力していれば助かるはずだった命も、多く失われていったそうだ。死んだ連中の大半は自業自得だと。シティの外じゃ、そんなことを言ってる連中も大勢居た」
「でも、それは貴方のせいじゃない。貴方一人でどうにかできる話じゃ、」
「かもな。だけどこれは、気持ちの問題なんだ。おれの、ケジメの話だ」
そこから咳払いして、言った。
「おれが後悔してるように、あんたもそうなんだって分かった。だったら、信頼が大事になる……だから、話してくれないか。あんたはまだ、おれに隠してる。『なんであんたは、そんなに詳細に、ギフテッドの話を知っている』」
フェイはそこで立ち上がろうとしたが、ドクターが制止した。
「いいの。猛犬には全部、お見通しってことだよ。いいよ、話す」
ドクターは、乾いた笑いを浮かべて、諦めたように言った。
「……私の父親は、知名度は低くても立派な科学者で。世界中を飛び回っていた」
警察長が言っていた――父親。
「私が科学の道に進んだのも、父の影響だった。偉大な人だった」
聞いている。口調が少し、暗くなる。
「だけどある時、父は消息を絶った。どれだけ追っても、行方がつかめなくなった。それから、ある日、私のもとに差出人不明のメールが来た。それは高度に暗号化されていて、何も知らない人間であれば、意味不明の文字の羅列にしか見えなかったと思う。だけど、私には分かった……父に教えてもらって、暗号解読の方法を知っていたから」
「ってことは。メールの送り主は」
「そう。父だった。そして内容は『化学物質についてと、それがもたらす作用について』」
「マジか」
「うん。父が、その開発についてなにか知っているのは明白だった。私もその無茶苦茶な内容をはじめ信じられなかった。人間の潜在能力? 異能? ありえないでしょ。でも、父が言うなら本当なのかもと思った。だから、その内容を絶対に忘れないように、保存して、極秘裏に、警察本部に届けた。それから」
そこで彼女は唾を呑み込んで、一息に言った。
「メールの最後には、その化学物質が、いずこかに空輸される計画があることが書かれていた」
点と線が、そうしてつながる。
――あの時、警察に届けられた『脅迫文』が突飛に感じられたのは、撃墜される可能性まで考えられている者が、誰も居なかったからだ。なぜなら、そんな物質など『ありえない』から。
つまり警察は、あまりにも重要なポイントを見逃していたことになる。
「けっきょく、旅客機が墜ちた理由は、誰にもわからないままになった」
「なんてこった」
そしてそれは、彼女と自分を、今この瞬間に、強烈に結びつける。
あの頃から自分は、ここに来る運命だったのかもしれないということか。
窓の外を見る――ここからでは、街並みと雪に阻まれて見えない。
だが今もなお、巨大なひとつの空間と、荒野と化している場所がある。
今はもう、記念公園という名前に変わっているが……その場所が負の魔力を放ち、この街の人々の心に巣食っている。大量の、あまりにも大量の人間が死んだ。助かるはずの者たちが。今、この街が病んでいるとしたら、それは、そのことも、関係しているのだろう、きっと。
「それで、あんたの父親は」
「それからしばらくして、変死体で見つかった。犯人はまだ、見つかってない。だけど、抵抗した様子は遺体になかった。父は、殺されることを予想してたんじゃないかな」
彼女も、あるいは、『間に合わなかった』自分も、その中に含まれているのだろうか。
「もうすぐ、クリスマス。また慰霊祭がある」
ドクターは、一言こぼすたび、何かを削られているようだった。
「父のやったことは、曲解されて世間に知れ渡ってる。今じゃウォシャウスキーの名は、『事件を予期しながら現場を混乱させた原因』の代名詞……この時期のたび、後悔する。もし、父のメールの内容を信じるのがもっと早ければって」
ああ、道理で、聞いたことがあったわけだ。そして、あの時ドクターを取り囲んでいた目線は、特対への不信感だけではないことも理解する。それ以上の恥辱を、彼女は浴びていた。
「センセイ、もうよしてください」
傍らで、フェイが心配そうに、気遣うような声をかける。ドクターは首を振る。
「いいの。私は、これ以上悲劇を生みたくない。だから、今まさに街を彷徨ってる五年前の亡霊を、必ず捕まえたい。そうして……父の不名誉を晴らしたい。心からそう思ってる」
思い出す。本当の振る舞いを隠すため、あえて普段は、酔狂に振る舞う手合いについて。
彼は刑事仕事のなかで、何人もそういう奴を見てきた。
「あのね、『刑事さん』。ひとつ、隠してたことがあるの」
「……なんだ」
「貴方の身体を、もとに戻す方法がある」
「そんなものがあるのか」
「ある……だけどそれは後遺症のリスクが強いし、それに――貴方の『意思』が完全に身体に定着したら、もうやれない。今後、『ギフト』を使えば使うほど、施術が難しくなる……」
「だったら。やることは変わらない」
だから、言葉をこぼす。
「おれは。長い時間をかけて、死んでいった。刑事として、大事なもんを見失ってた。そこには、あんたの人生も関わってたのかもしれない」
「そんなこと……」
「おれも脅迫状は無視した。そのせいで救えなかった。家庭も、街も。だから、なんだろうな」
立ち上がり、頭をかいて……ドクターのほうを向いて、思いっきり、キザなセリフを。くそっ、こんなことを言うはずじゃなかったのに。似合わない、似合わない。
「罪滅ぼしってわけじゃないが、あんたの雪辱を果たすのに付き合わせてくれ」
「少年……」
「その『方法』とやらは、とりあえず後回しだ。この事件が解決するまでは、この身体と付き合っていくさ。それが済んだら、とっととおさらばさせてくれ」
「少年……!」
「ゴム野郎も、事実が事実なら、ある意味犠牲者だ。なら、丁度いいじゃねぇか。事件を解決すれば、五年前の謎にも近づける。おれもやれることは、やるさ。割と、なんだって」
「えっ、少年。今、『なんでも』ってって言った?」
「あ、あぁ……おい、なんだよ。おい、目がおかしいぞ」
「着てほしい服が、あるんだけど」
◇ 十二月六日 時刻:午前8時45分 ◇
名門、バーバンク・ジュニアハイスクール。
バターケーキほどの厚化粧で知られる一年B組マダム・ソコロフ先生は、貼り付いたようなおなじみの笑顔を崩さずに、クラスの一同を見渡しながら、発表した。
「んふっ、今日は皆さんに、転校生の発表がありますよお」
何人かが互いの顔を見合わせて交互に何かを言っているが、大半は無関心だ。
先生はその笑顔をわずかに引きつらせながらも、ドアに向けて言った。
「さあ、入っていらっしゃい」
扉を開けたのは、銀髪に華奢な四肢の美少年。藍色の制服がややオーバーサイズに映るそのシルエットは、一見して少女のようにさえ見えた。
彼はクラスのみんながややざわつきながらこちらを見るのを確認すると、先生を一瞥した。ピンクスーツの魔女は頷いて、次を促した。
少年は……ホワイトボードに名前を大きく書いて、あらためて、こう言った。
「フェスタ・ウェンズデイです。よろしくおねがいします」
それから少年は、にこりと笑った。
まるで周囲に花が咲くような、雪さえ溶け出し春がやってくるような美少年の笑み。
……少女たちの一部が息を呑み、少年たちが固唾をのんだ。
「んっふ、みなさん、仲良くしてね」
先生の言葉。そのはざまに、波紋のような囁きが聞こえてくる。
「やだ、クール」「イケメン……」
それは少女たちのものだった。それから離れて、少年たちの声も聞こえてくる。
「なよなよしやがって」「何だあの野郎は。ちゃんと生えてんのかよ」
フェスタ少年は、それらを、微笑のまま聞いていた。既にこの瞬間に、なんらかの関係性が空間に生まれたことを確認しながらも。
『よしよし、いいよいいよ。とりあえず“影が薄い”からは脱出ね』
少年の耳の内側から、女の声。少年はその声を知っていた。
というのも、まぁ……その少年が要するに、元・アダム刑事であるからで。
(どうしてこうなった……)
笑顔が一瞬ごとに凍りついていくのを感じながら、彼はいきさつを回想する――。
◇
「学校に潜入っ!?」
もはやすっかり馴染みとなってしまったアジトにて、彼は思わず頓狂な声を上げた。
「そだよー。っていうか、だいたい予想ができてたんじゃないの」
「そりゃそうだが……しかし、しかしなぁ。おれはガキが心底苦手なんだよ……」
「ガキも、扱いづらいベテラン刑事も大して変わらないでしょ」
「あぁ!? てめぇ、馬鹿にしてんのか――」
思わずソファから乗り出して、ドクターに掴みかかろうとした……が、その直前で、フェイが割って入った。彼女の視線。強烈な、刃物のような。それで萎縮する。自分はいずれ、この女に勝たねばならない……。
「手がかりを探るには、少年が奇行を働いた訳を知らなきゃ始まらないでしょ。ご丁寧に僕は知ってるだのなんだの言ってんだから」
「おれが生徒になったところで、何も知らない割合で言えば、他の奴等と変わらんぞ」
「そこで、この子よ」
ドクターは一枚の写真をテーブルに置いた。金髪をツーサイドアップにした、少女の写真。まず目立ったのは、切れ長の青い瞳。固く結ばれた口元。要するに……。
「おれの嫌いなタイプだ。死ぬほど生意気そうだ」
ドクターがそこで、フェイと顔を見合わせて苦笑し合うのを見る。バツが悪くなり、膝を抱えていじけることにする。知るか、嫌いなもんは嫌いなんだ。
「この子はシャーロット・マカリスター。『バーバンク』一年B組の生徒よ。ハリーくんの妹」
「ってことは、お前」
「そ。君には、この子と接触して、仲良くなってもらう必要があるわけ。ハリー少年は随分と家族を大事にしていて、とりわけ妹君とはとても親密だったそうよ。だから、何かを握っていたっておかしくないわ。がんばってね、刑事さん」
◇
アダム刑事は『フェスタ・ウェンズデイ』という偽名を与えられ、潜入捜査を開始した。
ちなみに名前はドクターがつけた。アダムスファミリーからとったらしい。当然嫌だったがやがて、名前が二つあるということのややこしさに思い至り、抵抗するのをやめた。
先生の指示通りに、指定された席へ向かう。その過程で、クラス全体を見渡し、彼女を探す……シャーロット・マカリスターを。
居た。クラス中央、最後尾の座席。
肘をつきながら、こちらを見ることもなく、退屈そうで、それでいて冷たい目を遠くへやりながら、ホワイトボードの字を見ている。あの兄にしてこの妹ありというべきか、なるほど、美少女だ。こいつに取り入ればいいわけだな。
――でも、用心してね。
脳内で、回想のドクターが顔を出す。
――――その子の通称……『女帝』だから。
フェスタは、彼女を見て、微笑した。
彼女は、じろりと彼を見た。
次の瞬間。周辺の座席にすわっていた男子生徒たち数名が、いっせいにこちらを凝視した。
明らかな、敵意、敵意、敵意。強烈に、にらみつけてくる。ちびと、のっぽと、巨漢の三人の砦。その中央で、少女は自分から視線を外し、優雅にあくびをした。
なるほど、女帝たる所以……だが。
◇
「はっ。ガキがガキを侍らせてお姫様ごっこしてるだけだろ。取り入るなんざ、色男を気取らなくたって出来るさ。腕っぷしに訴えりゃいいんだよ、そんなのは」
それを聞いたドクターとフェイが顔を見合わせて、同時に「うわあ」と言った。ドン引き、と額に書いてある。
「すげえー。今日びなかなかいないよ、そのマッチョイズム。君に仲間少ない理由わかった」
「うるさいな。どうせやるしかないなら、得意なやり方でいかせろ」
「そのほっそい身体で、そんなことやれるの?」
「っ二の腕をさわるな! 忘れたのかよ。おれには、よく分からんが特殊な力があるんだろう。そいつを使って、取り巻きを脅かしてやりゃいいんだ。おれが何年ろくでなし共の相手してたと思ってる。大事なのはな、筋力でもねぇんだ。度胸と、自信だ」
ドクターは、終始引き気味で、フェイは呆れを通り越し、苛立ってさえいるようだった。
「なんだよ」
「まだ分かってないみたいっスね。その身体で、力を半端に持つことが、どういうことか」
◇
――やってやろうじゃねぇか。
自分でもよくわからない捨て鉢の闘志を燃やし、彼は少女から微笑のままフェードアウト……窓際に与えられた自分の席に座り、ただ待った。ランチタイムを。それが戦いの開始だ。
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