最新型生活補助ドロイドを買ったんだがちょと様子がおかしい

22世紀の精神異常者

最新型生活補助ドロイドを買ったんだがちょっと様子がおかしい

「ありがとうございました~」


 青い制服を着た配達員が、声を上げて走り去る。俺は小脇に段ボールを抱えてその背中を見送り、階段を下りていくのが見えたところでドアを閉めた。


 ……ようやく届いた。一年以上前から大々的に宣伝されていた、最新型の生活補助ドロイド『ソシウム』が!


 ずっとこの日を待っていた。俺は段ボールを部屋に置いて、鼻歌を歌いながら開封しはじめる。


 ──このモデルの凄いところは、外見と性格を自分の好きなようにいじれるところだ。デフォルトのままで一台20万円のところが、80万円に跳ね上がるが……それでも、それに見合うものだ。


 先日、平成時代に現代のドロイドがタイムスリップするコメディ映画が公開されたが、そこで描かれていたように、現代のドロイドは基本人間と全く区別できないぐらい精巧なのだ。まだ人間的な人格の形成には成功していないが、感情もあるし欲もある。極論を言えば、形作っているものがタンパク質か否かの違いしかないのだ。


 そんなドロイドを、自分好みの外見に変更できる、それはつまりそこはかとなくスケベな女の子にして毎日好き放題できると言うことに違いないわけで!


「……ふう」


 起動してからのあれやこれやを妄想しながら、中身を段ボールから引っ張り出す。衝撃吸収クッションに包まれたそれを見てにわかに興奮し、顔が火照るのを感じた。


 俺が一週間をかけて考えた最高のお姉さんドロイド。おっぱいは限界まで大きく、そしてもっちり柔らかく、腰はくびれてお尻はむっちり安産型桃尻。太ももは健康的な太さで、腕はすらっとしていながら触ると微妙にお肉がついているぐらい。


 顔は全体的におっとりした感じ、唇はぷっくりしてピンク色で、垂れ目の二重に高い鼻、頬もぷにっと柔らかく、麻呂眉で髪の色は黒に限りなく近い青紫。


 俺の性癖を煮込んで生み出したドスケベお姉さんが、このクッションの中にいる。そのなんと素晴らしいことか……!


「……よし!」


 一度深呼吸をして、クッションを剥ぎ取る覚悟を決める。テープで止めてあるところをガシッと掴んで、一二の三で──




「はいっ「おはよおおおおおおおおおおおおおおおございまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああす!!!!!!!!!!!!!!!!」うるさあああああああああああああああああああああああいっ!!!!!!!!!!!」


 顔がある部分を取った瞬間、表に見えた二重が勢いよく開いて鼓膜が破れそうな大声が響き、思わず俺も大声で叫んでしまった。


「今の声量は約140デシベルでえええええええええええええええええええええええっす!!!!!!!!!!!!!」

「近所迷惑だろうがあああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「お互い様ですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!」

「最初に叫んだのはお前だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」


 脳がバグって、顔を合わせて早々騒音被害度外視の口喧嘩である。二、三分ほど続いて落ち着いた頃には、俺はすっかり疲れ切っていた。ずっと家にいて体力がないのになんてことをするんだ。


「はぁ……はぁ……」

「えー? もうバテちゃったんですか? 本当にクソ雑魚なんですね」

「お前のせいだよちくしょう」

「私は畜生じゃないですよぉ」

「そう言う意味じゃねぇ!」


 ……だめだ、会話してるだけで心身ともにボロボロになる。おかしいな、俺は清楚でお淑やかな性格にしてほしいと注文したはずだぞ……これのどこが清楚でお淑やかなんだ?


「正真正銘の清楚なんて夢のまた夢ですよ?」

「その夢を叶えるために買ったんだろうが」


 どうしてくれるんだこれ。

 ……まあいい、とりあえずしばらくは様子見だ。俺は残りのクッションを勢いよく剥ぎ取った。


 全裸だった。


「いやん……えっち♡」

「いやなんでだよ」


 本来、新品のドロイドはデフォルトで服を着せてあるものだ。白一色の物凄くシンプルなもので、開封すればすべからく新品ドロイドが身につけている。なのに、俺のドロイドは着ていない。何故か。


「……お前、尻に何敷いてる」

「なんですかぁ? 乙女の下着に興味があるなんてへんたいさんですね」

「全裸で男の前で堂々としてるお前の方が痴女だろうが」


 俺がツッコむと、ドロイドは大げさに両手で体を隠してわざとらしく腰をくねらせた。

 本人は色気ムンムンだと思ってるようだが……絶妙に腹が立つ笑顔を浮かべているせいで全然そういう気分にならない。俺の性癖を凝縮してあるはずなのに。


 もしかして書類に致命的な記入ミスがあったんじゃないかと、次第に不安が募ってくる。だってこんなのお淑やかさのかけらもないじゃないか、これで俺の記入ミスじゃなかったら訴えられるぞ。


「……まあいい」

「むぅ」


 軽く頭を振って、強引に思考を切り替える。目の前で不服そうにしてるポンコツはとりあえず無視だ。


「書類の控えはどこにあったっけな……っと、見つけた」


 薄っぺらい複写紙をファイルから引っ張り出し、上からじっくりと確認していく。名前、住所、電話番号は当然正しい。性別やら体系やらの欄にも間違いは見られない。


 まあ、そこは見ればわかるからいいんだ。問題は性格の欄。さて、どうなっているか……。




「……………………あっ」




 思いっきりミスってるじゃん。おもわず情けない声が漏れた。


 性格の欄はまず大まかな方向性を一つ指定して、細かい部分は自分で記入する方式だ。大まかな方はデフォルトで指定可能で、細かい性格の設定はオプションになっている。

 で、大まかな方はチェックを入れるわけだが、


「思いっきり『活発』の方にチェック入れてるじゃん」

「あ~あ、残念。夢見る女子は消えていなくなっちゃいましたね」

「うるせえ口出すな」

「えーひどい」


 手汗で少しクシャっとした書類を投げ出して、俺は頭を抱えた。


 ……なんてこった、完全にやらかしたぞ。いくら何でも返品なんかできやしないし、いったいどうすりゃいいんだ……。


「っ、そうだクーリングオフ「対象外ですよ」嘘だろ……」


 終わった。完全に終わった。

 とんでもない大金を使って相性最悪なドロイド買うとか、どんな馬鹿だよって話だ。家事全般はさすがに任せられるんだろうが、それ以上に体力が持っていかれて仕事が手につかなくなるんじゃないか。


 そうだ、友人に譲ってしまおう。最悪80万円丸々どぶに捨てることになっても、こいつがいなくなるなら万々歳だ。


「なんですか、急にスマホなんか出して」

「今にわかるさ」


 プルルル、プルルル、と二回コールが入ったところで、俺の親友の低い声が聞こえてきた。


『もしもし』

「おう、久しぶりだな。元気してたか」

『ああ。そっちも元気そうで良かった』

「うん。ところでさ」


 挨拶もそこそこに、いきなり本題を切り込んでいく。


「新型のドロイドなんだけどさ──」

『お前も買ったのか!』

「うおっ!? 急にでかい声出すな!」


 普段は物静かなあいつが急に大声を上げたもんだから、体が跳ねるぐらいびっくりした。いったいなんなんだ。

 ……というか、今「お前“も”」って言ったような……。


『実は俺も買ったんだが、いやぁ素晴らしいな! 毎日大助かりだ!』

「すまん、何でもない。じゃあまたな」

『な、ちょ、待て──』


 ツー、ツー、ツー、と虚しく音が響く。俺はそっとスマホを床に置いて、膝を抱えて顔をうずめた。


「ははは、ざまあみろ」

「うるせえ」

「ねえねえ今どんな気持ち? 大きい買い物ミスって商品にあおられて友人も当てにならなくてどんな気持ち?」

「……っ、こいつ……」


 顔を上げてクソアマドロイドを睨みつける。当然動じる様子はない。それどころか、余計に笑顔を醜くゆがめて俺の周りで踊り始めやがった。

 もう嫌だ……。早く誰か何とかしてくれ……。


「ぼっちのあなたには手を差し伸べてくれる人なんかいませーん! 残念でしたー」

「心読むんじゃねえそれと二度と口を開くな! ……ん?」


 堪忍袋の緒が切れて、立ち上がり奴の肩をつかんでにらみつける。その時、俺は奴の顔がちょっと変なことに気が付いた。


「なんだ、この眉毛……」

「これですか? バーコードですよ」


 そういって、髪を手で払って見せつけてくる。確かにバーコードみたいに線になっていて、なんか微妙にダサい感じがした。


「なんでこんなところにバーコードなんか……」

「一番読み取りやすいからじゃないですか」

「いやバーコード読み取る場面なんかないだろ」

「ほら、左右に一個ずつあるから一体で二度おいしい」

「こっちは倍額払ってメシマズになるんだよバカ野郎」


 もうツッコむのも疲れた。一旦寝よう。そうしてまたこいつの処遇を決めよう。

 俺はクソドロイドから手を放し、寝室へ足を向ける。……が、一歩踏み出したところでバランスを崩した。


 さっきまでさんざん叫んで腹を立ててたせいか。床が迫るのをスローモーションで見ながら、そんなことを考えた。


 その瞬間。


「うわっ」

「よっ……と」


 後ろから思い切り腕をひかれ、うつぶせに倒れこむところだったのが仰向けになった。しかも、後頭部に柔らかい感触がある。


 訳が分からず目をパチパチさせていると、上からにゅっとクソドロイドの顔が飛び出してくる。そんで、いつの間にかデフォルトの白い服を着ていた。


「……何のつもりだ」

「何ですかーその態度はー。聖母のようにやさしい私がせっかく助けてあげたのに」

「お前に助けられたくはなかったな」


 反射的に強がりを言うが、正直言えばものすごくありがたかった。多分あのまま転んでいたら大変なことになっていたと思う。少なくとも明日は仕事なんてしている余裕もなかったろう。

 でも、このクソドロイドに感謝するのは癪だった。


「かわいいですね」

「……何がだ」

「あなたの弱った顔がですよ。……ははっ」


 何を言う気にもなれなかった。それは体力が残っていなかったのか、それとも別の理由か。自分でも、それはわからなかった。


「……ゆっくり、おやすみなさい」

「……………………」

「挨拶は社会人の基本ですよ~」

「…………おやすみ」


 急に襲ってきた眠気に任せて、俺はゆっくり目を閉じる。最後に見えた奴の薄い笑顔は、なんだかあいつに、初恋のあいつにそっくりで……。


 ……そういえば、あいつもハチャメチャな奴だったな。転んだ俺をのぞき込んで無邪気に笑うあいつの姿を思い出したところで、俺の意識は途切れた。

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