第2話 童貞 女と映画を見てピザを食べる
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普段テレビは見ないので雑似は暇なときYouTubeを見ている。最近は「U字工事のおもしろ町訪問」シリーズの動画がお気に入りでをよく見てるのだが、ピザを待ってる間勉強そっちのけでぼんやりそれを見ていたら寝入ってしまった。雑似は呼鈴が鳴る音で眼が覚めた。動画はすでに終わっていて画面にはU字工事がカジキ釣りをしている別の動画が流れていた。
「はーい」と言いながら、雑似は眠た眼の儘に玄関に向かった。
玄関を開けると全身ジャージの若者が、というかアキラがいた。シェイクシェイクの箱を手にぶら下げている。
「おまたせいたしました~」
聞いたことのない明るい声でアキラは言う。
雑似はびっくりして言った。
「なんでお前がいるんだよ」
「それはこっちのセリフだ、なにピザの出前なんかとってんだよお前。」
「はあ?ピザ頼んで悪いか、そもそもおまえこそバイトなんかしていいのか?学校にばれたらまずいぞ」
「へへへ、うちは特例なんすよ」
雑似は財布を出すとアキラにお金を払った。アキラは毎度!と言うとピザを渡しながら言った。
「どうだフォワードくん、あれからももりなと会ったのかい?」
痛いところを突かれたように雑似の心がギクッと鳴ったような気がした。
「会うわけないだろ、もう顔を合わせられないよ。つーかさ、俺ってもう学校行けなくね。あんな恥さらして女の人を辱めて、どのみち普通の学校生活が送れるのさ?」
アキラは雑似の肩をパンパンと叩くと言った。
「いいかまず誘え今誘え、試験期間?前回のやらかし?関係ないね。お前この前明治屋で授業さぼった時に俺に話した言葉も一回言ってみな。」
突然のアキラの剣幕に素直に雑似は口を開いた。
「ああ、えーと。や、やっぱ、ジッポーで火付けて吸うガラムは美味いな」
「それじゃねーよ、散々世のメンヘラクソビッチとリア充をバカにしたあとにため息混じりに呟いたお前の願望だ」
「ああ? ……俺も心から愛する女と二人で好きな映画見に行って、そのあと彼女とシェーカーズ行ってピザ食いてー! 」
アキラはうなずくと言った。
「よし!フォアードくん、それを実行するんだ、今しかない。早速ももりなに連絡取ってありのままいうんだ!俺を信じろ、親友の言葉をここ一番に無心となって信じるんだ!」
「これ使えよ!」
「ピゴと子供の恋」の映画チケットを手にしたアキラに雑似は尋ねた。
「どうしたんだよこれ!ピゴ恋じゃねーか。連日満席で席を取れない映画の券をなんでお前がもってるんだよ」
アキラは得意気に言った。
「だから言ったじゃないかよ、俺は特例だって。新聞屋でもたまにバイトしてるんだ、そこの社長にもらった。」
「いいのか、お前がこれで誰かと観に行けるのに。」
アキラは雑似の肩を叩くと言った。
「いいんだよ気にするな。一緒に行きたい相手も今は俺丁度いないしな。」
こんなに都合がいい話があるものか、と雑似は訝しんだ。
「なあアキラ、なんでお前は俺ばかり良くしてくれるんだ。お前の他に友達も大していないちょっとおかしいサッカー馬鹿の俺なんかにさ。」
アキラはニコニコして、それはお前が俺の大事な親友だからさ、とだけ言うと去っていくこうとした。
「なあ、ほんとにいいのかよ。アキラなら一緒にいく相手など沢山いるだろ?」
雑似は目の前から去りゆくアキラの背中を追うように言った。
「なあ、いるんだろ!アキラ!」
その声にアキラはピタッと立ち止まると振り返って言った。
「まあ強いて言えば・・俺が今一緒に行っていいと思えるのはお前くらいかな。」
「ピゴ恋」の興行は今大盛況の映画だった。近年の映画産業にとっても珍しいことだ。映画館の入り口には展示されたピゴの正方形の人形が何体も愛くるしく動いていた。この小さな毛むくじゃらな緑色の生き物がいま若い女の心をとらえて放さなかった。
「え?ピゴ恋!? 雑似さん、ほんとに?えー!!」
雑似がちょっと用事があるからとももりなを呼び出し、映画のチケットのことを告げると彼女は思いの外喜んだ。その辺はそこらの女の子と存外変わらないものだった、ただ、彼女の場合は異性との付き合いが多過ぎる、ただそれだけだったのだ。
待ち合わせは今度の日曜日と、とんとんと決まって気がつくともう当日だった。録な外行きの服すら持たない雑似は仕方ないので高校の入学式に着ていった春用のライトスーツを着ていったが、それすら着るにはまだ肌寒い季節だった。
ピゴ恋は宇宙から遣われし神様の使者だ。ブードゥー教だかケルト神話から取り入れられた題材だったが結局のところそれは地球の人間たちに愛や家族の大切さを教えるという単純なストーリーだった。それが最新のアニメーション技術で美しく大スクリーンに映し出されるのだ。
映画が終わった後は、すぐ近くのピザレストラン「シェーカーズ」に行くことになった。ももりなもシェーカーズは知っていて前に来たことがあるのだという。ももりなは男の前で気を遣ってか、その取り皿にはピザよりも野菜サラダの方が多く盛られていた。一方の雑似と言えば、欲望の赴くままにシェーカーズ名物の辛いポテト輪切りフライを皿一杯に盛りその上にタバスコやハラペーニョをいつもねように沢山かけることも忘れなかった。この揚げ芋のチェイサーは勿論いつもの通りコーラ一択だ。ももりなは気取ってるのかピザ屋で、爽健美茶なんかを飲んでいる、邪道だ。
「雑似さん、やっぱりすごい人ですね。ただものじゃないです、ピゴ恋のチケット然り気無く持ってるなんて……」
ねぇ、雑似くん。
皿に大盛に盛った辛ポテトの山に更に追いハラペーニョをかけまくる無造作な雑似の所作をウットリ見つめながら、ももりなは言った。
「なんかこの前の打ち上げの・アレね。本当にうれしかった。・・ああゆう形で・・畳みかけるように告白されたの初めてだったから・・わたし。」
顔を思いきり近づけてそう言うももりなだった、口調や上気した顔には恥じらいのにおいがするのに体を男の方に近付けてくるのはなんなんだろう。さっき映画館で隣に座った際に、ももりななが必要以上に足をくっつけて来たのを雑似は思い出した。リア充は空いてる映画館やカラオケで平気でコトをなすと都市伝説で聞いたことがあるがあながちそれは嘘ではないのか。
「いや~ははは。ももりなって男子からすごい人気あるからね、こっちも死ぬ気で行かないと。」
ももりなは首を振った
「人気じゃないよ。それはわたしが断らない女だからよ。」
「断らない?」
「そう。」
話を聞くとももりなは今まで男を振ったことがないのだという、九州出身の母親から小さい頃から男は立てなきゃいけないと教わったため、今もその決まりを守り男に恥をかかさないようにしているらしい、だから肝心な話が出たら断るのではなく上手くはぐらかすのだという。そうやってはっきりと断らないももりなにしつこく食い下がる男は決して少なくはなかった。ももりなは自分の好みや感情は二の次で取り敢えず相手の男を受け入れるのだという、そんなことしてたらそりゃ彼氏の数は圧倒的に多いわなと雑似は変な納得をした。金を取らない善意の風俗みたいなものじゃないか。
なんだかこうして陸上部のカモシカと実際に外で会って話していても雑似にはちっとも楽しくなかった。まだ挨拶くらいしか話をできなかった頃、たまに見るグランドでさわやかに陸上競技に熱中する彼女の美しさをだまって見ていた時の方がよっぽど彼女の真実に近付いていたような気がした、あの時ただ駆け抜ける彼女の姿を見るだけでなんと心が浮足立ち息が詰まったことだろう。彼女を目の前にして雑似はそんな事を考えてしまっていた。
ああ、あの晴天のグランドをさわやかに走り回り走り終えた後も疲れも見せず優雅に汗を拭きながら笑顔で周りを晴れやかにした彼女、やはり遠目から見るだけにしておいた方がよかったのかもしれない。その純朴なイメージだけを静かに瞼の裏に焼き付けていた方が現実の彼女を知るよりも数千万倍よかったのかもしれない。
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