シンデレラグレイ

シッター高崎

 幼い子どものお世話。

 ここ二年、セルフ隔離措置を実行し人と最低限の会話しかしてこなかった僕にとって、それはそれはハードルの高いミッションだった。

 否が応でも、人とコミュニケーションを取らなければならない。

 それも自分と十歳くらい年の違う子ども二人と。

 結論は驚くほど速く心の中でまとまった。


 —―うん、無理だ。


 いや、だって、周りに話せる奴なんかいないし。

 同年代はもちろんのこと、先輩や後輩とも関わりが一切ないから、どうにも人との距離の詰め方がよく分からない。だいたい、周りの同級生はどうやってたった一年の間で人間関係を構築していったんだ。今まで分かりたくもなかったが、こんな事態に陥ると無性に知りたくなってきた。


 父さんとは毎日のように連絡を取っているが、いつも電話をかけたり、LINEを送るのは僕じゃない。全部父さんの方からだ。しかも毎回、話は父さんから僕への一方通行。こんなものコミュニケーションとは呼べない。ただの独り言だ。


 も父さんと似たようなもんだ。まあ、アイツの場合は若干特殊というか、過激というか、変態の領域に達している。


 はい、終わり。

 —―という具合に、僕の周りにはまともに話せる人がいない。

 ああ、もう。自分で提案しといて馬鹿みたいだ。子どものお世話なんか、僕みたいなやつに務まるわけないのに。

 だが今更「やっぱ無理だわ」と断れない。

 一番の理由は言うまでもなく、僕の秘密が彼女――笠懸の掌中しょうちゅうにあることだ。父さんと母さんはノーカウントとして、RAHATEの正体を知っている人間は、笠懸のみ。

 しかもどうやら、ここ最近の僕の歌い手界隈での注目度は、ハイパーインフレ真っ盛りの状況らしい。その証拠に、先月まで約八万人だったチャンネル登録者数は、十万人を軽く超えて、今や二十万人に到達しようとしている。

 ここらで顔バレでもしたら、社会的に死ぬ。間違いない、これ以上僕はどん底に落ちたくない。


 あと強いて言うなら———、笠懸を助けたいから……とか。



              ☆



「由くん、このスパイダーマンきもい」

「ああ……こいつはスパイダーマンじゃないぞ。グリーン・ゴブリンっていう悪者だ。ほら、見るからに怖そうだろう?」

 画面に映るゴブリン—――正しくはオズボーンだが———を指差しながら、葵ちゃんに説明する。言っている間どこに目線を配ればいいのか分からないが。

 だが僕の言葉など興奮状態で聞こえないようで、葵ちゃんはひたすらテレビをじっと見て、戦闘シーンに夢中だ。

 会話能力が皆無に等しい僕には、映画鑑賞は打ってつけだ。少なくとも喋る機会はそんなに無くて済むし、何より自分の好きなものだから自信をもって語れる。

 というか、いつの間に『由くん』呼び?

「うぉ……うおおお!! がんばれスカイラークマンっ!!」

【スパイダーマン】ね? そんなファミレス界背負ってるヒーローなんかいないから。

「そういや今日の稽古、凄かったらしいな」

 映画の鑑賞をし終えたあと、おやつにプリンをばくばく食べている葵ちゃんに尋ねてみた。かろうじてネットから得た情報によると、他人との距離を縮めるには、まずその人の趣味や、最近起こったことを話題にするといいらしい。

 もっとも、その情報はに向けてのものだったけれど。

「うん! 葵ね、先生にほめられちゃったんだよ」

「おお、そうか」


 —――会話終了。


 あーまずい。早く次の話を考えないと。会話のキャッチボールが途切れてしまう。

「ねえねえ」

「うぶっ!」

 思い切り肩をぶっ叩かれた。

「スカイラークマンってさぁ、あのあとどうなるの? ハリーにさいご見られちゃったじゃん」

「スカイラークマンじゃなくて、スパイダーマンな」

「スカイライナー?」

「違うっ!! それは電車の名前だ!」

「それよりさぁ、まだ続くの、それ」

「……もしかしてあんま面白くなかったか?」

「ふぇっ?」

 葵ちゃんがスプーンを運ぶ手を止める。

「いっ、いや、その、前に見せた『ロッキー』もハッキリ言ってその……葵ちゃんの年代に好んで見させるようなものじゃかったし、そもそも僕の体力が、真夏のセミ並みに無いせいで、外で遊べないのがそもそもの一因なわけだし、しかもそういう映画ばかり見せ——」

「んん。おもしろかったよ、全部。きょうなんか、たまごね、六こ入れて飲んだんだだ~。えへへ」

「おぅ、そうか……。なら良いんだ……」

 もし手を抜いていいものなら、僕はとっくに放り出して、葵ちゃん達の好きにさせている。でも、誰かが困っているのなら、たとえどれほど役立たずでも、自分でなんとかそいつを助けようとしてしまう。僕はそういう性分だ。自分でも腹が立つ。

 そんなことしても、その誰かをもっと苦しめるだけなのだけれど。

 けど。

 今、依頼人の妹であるこの子を喜ばせられたんだからら、少しは自分の行動が役に立ったのかもしれない………と思いたい。

 急に違和感を覚えた。

「待てよ、そのたまご、何に入れた?」

「うん? あの水とうだよ」

「おい冗談だろっ⁉ さっさと洗わないと笠懸に怒られるぞ‼」

「うんがんばってね」

「責任は僕か‼」

 叫ぶ僕を尻目に、葵ちゃんはもう一度映画を見ようと、にっこにこでテレビの前に陣取った。


               ☆


 笠懸が買い物から帰ったのは、もう日も落ちる頃だった。

「なんか葵の水筒、ヌメヌメしてるんだけど。洗剤使い過ぎた?」

「……ああ、そうみたいだな。今度から気をつけるわ」

「うん、お願い。洗剤って結構見た目の割に重たいから、必要以上にあまり買わないようにしてるんだよ」

 運んできたキッチンには、通学用のリュック並みの大きさの袋が並んでいる。中身は野菜やスナック菓子、ティッシュ箱など多岐にわたる。

「これ全部、自転車で運んできたのか。さすがに重たいだろ、この量は」

「中三からやってるからもう慣れたよ。それでなのか知らないけど、私けっこう力もついたしね」

「外見からじゃ、あんまそうは見えないが……」

「高崎」

「ん?――ぐわぁ⁉」

 目に飛び込んできたのは、十キロサイズの米袋だった。僕の筋力じゃまともに抱えらえる訳がなく、大きく後ろにバランスを崩した。

「っ‼ いきなり危ないだろ!」

 何とか両腕と腹で挟むようにして持てたけれど、全身が真冬に廊下に出たときみたいに、ぷるぷる震えている。

 次の瞬間、ひょいと笠懸は僕から米袋を取り上げた。まるで赤ん坊を抱いている看護師のように慣れた様子だ。

「ね。これでよく分かったでしょ」

「十分分かったが、もうちょっと優しい方法を考え付いてくれ」

 ったく、やはり何を考えているのか分からない奴だ。


「じゃあね。またお願い」

「ばいばーい! 由くーん」

 姉妹の笑顔の送別を受けて、玄関でシューズを履いた。ちなみに隼くんは部屋から出たくないらしい。

 帰ったら、飯食って、音楽聞いて、課題やって、音楽聞いて、風呂入って、音楽聞いて、音楽聞いて、音楽聞いて—――。

 ああもう、またレコーディングの時間がとれなくなるな。まったく、どの時間を削ればいいっていうんだ。

「…………じゃ」

 まだ笑顔で返答するのはできそうにない。けど、少しだけ心が和んだ気がした。
















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