現実逃避、あるいはただの自滅
おう吐した後、僕は自転車に乗って外へ出た。あれだけ異物を外へ出しまくったというのに、全くスッキリした気がしない。気分が悪いし、イライラする。
なんか、何もしたくないな。
* * *
ぼおっと、おぼろげな夕陽は鮮やかなオレンジ色の光を放ち、ベッドわきの間接照明のように市内を照らしている。
僕は、財布とスマホとマイバッグをまとめて黒のウエストポーチに突っ込み、GIANTのクロスターで走り出した。白のアルミフレームに赤と黒の線が通る車体は、高校生の乗るクロスバイクにしてはよく目立つ。
別にどこへ行くと決めてたわけじゃない。けど、僕の足どりは自然に金沢駅のほうに向いていた。
我がアパートのある、駅の西側はあまり観光客が来ない。というのも、兼六園だの21世紀美術館だの観光名所のオンパレードが、ほぼ全て駅の東側に集中しているせいだ。
……別に西側住民として悔しいわけじゃない。断じて。
その境目に位置する金沢駅に到着すると、何台ものバスがロータリーをぐるぐる周回しており、それを見下ろすかのように
駅直結のショッピングセンターに入る。夕方ということもあってか、構内は年寄りとその他大勢の中年女性でごった返している。
エレベーターで7Fに上がると、僕はタワーレコードにまっすぐ向かった。
最近では世界一有名な某りんごや、日本一身近な某線の企業が参戦するサブスク音楽配信サービスの普及のせいか、僕と同年代の連中には、あまり出会わない。
僕は邦楽コーナーに向かい、ひいきにしているロックバンドのCDを探していた。4Fにある店内は平日の夕方ということもあり、図書館みたいに静まりかえっている。
探している最中に、珍しく同年代のやつに三人も出くわした。一人目は白髪のショートカットヘアに、これまた白のヘッドフォンを被った女子。洋楽コーナーとの境目の通路ですれ違った。なんかどこかで見たような気がするんだが、えっと、あれ、誰だっけ。まあいいや。
もう一人、いや、一組はカップルらしき男女。この二人は絶対見たことがある。なぜって、どちらとも泉高の制服を着ていたからだ。しかも顔からして同い年の可能性が高い。
へえ…………デートか……。
彼女のほうは、おとなしい感じだったが、お目当てのアーティストでも見つけたのか、両目をパッと輝かせてそのCDに顔を近づけ、凝視していた。だが、彼氏と思われる男子のほうは、全くの無関心といった様子で、しきりにスマホをいじっていたり、入口から出て右手にあるスポーツ用品店に目を向けていた。
デートのくせに何をしているんだか。せっかく彼女との距離を縮める機会なのに、これじゃあ逆効果も同然だ。
—―あれ何しに来たんだっけ?
* * *
その後、1Fの食品フロアで数日分の食料を買い込んだ。冷凍のパックご飯、カップ麺、レトルトの牛丼・カレー、鯖・鰯・秋刀魚の各種缶詰などなど。外に出るのが基本的に面倒だから、数日にいっぺんはこうやって買いだめをしている。
頭ん中では分かっている。こんなもの育ち盛りの思春期男子が食うもんじゃない。不健康極まりない食品ばかりだ。僕だって好き好んで買っているわけじゃない。
最大の理由は、金欠である。
一か月ごとに、僕の口座には父さんと母さんから生活費が落とされる。
ともかく、そのお金で家賃・水道光熱費・食費を全てまかなう。その代わり、たとえ僕の所持金がゼロになろうが、両親は一切干渉しない。
つまり『よく考えてやりくりしてくれよな、息子ちゃん☆』ということだ。
冗談じゃない。
だってCDやら雑費で僕がいくら使うと思ってる? 生活費に潤沢に金を注ぐぐらいなら、音楽業界にとことん貢ぐほうが何千倍も有効活用だ。
てな訳で、普段はなるべく生活費を抑えるように生活している。おいそこ、ケチって言わない。
* * *
結局CDは買わず、僕は駐輪場でクロスターを出し、家方面に走り始めた。
ちなみにあと二分来るのが遅かったら、料金が発生してるところだった。
危ない、危ない…………。
空も
たまに歩道と車道の微かな段差に車輪が当たるとき、前かごのマイバッグがごとごと動く。
石川県庁を通り過ぎたところで、不意にさっきのCDショップのことが頭をよぎった。
あの彼氏ときたら、デートってもんをまるで分かっちゃいない。
彼女と目を合わせず、スマホやら他の店やら見てばっかりだった。いや、違うか?もしや、彼は照れ隠しであんなことをしていたのでは?
よくよく考えたらちょっと顔が
いやそんな訳ないか。高校生にもなって、そんな純粋な心を持っているやつはそうそういない。ましてや、デートごときで目に見えてわかるほど照れるなんて——。
くそっ……可愛すぎて見てられねえ……なんで、こんなに彼女を直視できないんだっっ!!
……みたいに少女漫画に出てきそうなツンデレ系男子でもあるまいし。
待てよ? よくよく考えたら僕はなんてことを想像してるんだ⁉
他人の色恋なんか、今はどうだっていい‼ それよりももっと重要な厄介ごとがあるだろうに‼
ますます腹が立ってきた。しかし運の悪いことに、目の前の交差点は赤信号だ。思わず車道に飛び出してしまいそうになる。すかさず、両手に力をこめてブレーキをかけた。危ない危ない。
そして、ケーキのろうそくを吹き飛ばしそうなほどの溜め息をついた。何一つ有意義なことを今日はしていない。吐いて、デートを見て、爆買いして、そして自滅。
とても現代を生きる高校生の一日とは思えない。
突然、脇腹のあたりがブルブル震えた。腹を壊したのかと一瞬思ったが、LINEの着信らしい。ウエストポーチに手をかけようとしたが、よりによって、同じタイミングで青信号になった。
仕方ない。帰ったら確認するんでいい。ぐっと脚に力をこめてペダルを踏みこんだ。近くの電柱に二羽のカラスがとまっている。
右前方に見えてきたのは公園。滑り台など遊具一式がそろっていて、週末によく家族連れを見かける場所だ。
そのまま通り過ぎようとすると、突然―—白い球体が目の前を通過した。びくっと体が反応して足を止める。
ふと見ると、飛んできたボールが反対側の歩道に転がっていた。
「すみませぇん」と公園の中から幼い甲高い声がする。もそもそと草をかき分け、樹木の隙間から姿を見せたのは—――。
「わあっ‼ おにいちゃんだっ‼ 」
満面のキラキラ顔をした笠懸の妹だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます