高崎’s シークレット

 一日中ずっと無愛想な表情で、目立つことなんか無い。

 昼休みになれば、自分の席で黙々と菓子パンを頬張り、HR《ホームルーム》が終わればそそくさと教室から出ていく。

 これが高崎の生態だった。世間一般でいうところの『陰キャ』そのもの。

 だけど昨日は————。少し違って見えた。

 いきなり半裸で姿を現したかと思ったら、ちゃんとコミュニケーションがとれて、しかも小学生を気に掛ける優しさも兼ね備えている。

 ……いや、前言撤回。最初の文言は絶対に余計だな。このまま書いたら変な意味に捉われかねない。

 まあ、でも。

 私の心に一番刺さったのは、彼が『音楽好き』だったということだ。あの光景は今でも——たった二日前のことだが——鮮明に思い出すことができる。

 部屋一面に埋め尽くされたCDの数々。部屋自体が暗かったせいかもしれないけど、あれはのようだった。


 *                *           *


 昼休み、私は教室で真白ましろと昼食を食べていた。人は少ない。

 階下の中庭や、他クラスに出向く生徒が多いからね。

 高二に進級してからは、昼休みはよく真白と行動を共にしている。おそらく一日の中で、弟妹たちと

「それ、何聴いてるの」

 購買で買った、たまごサンドを頬張りながら私はたずねる。

「ん? 何か言った?」

 かけていたヘッドフォンを外して、真白は私に言う。

「今、何聴いてたって言ったの」

「ああ、もしかしてこれのこと?」

 真白はスマホの画面をこちらに向ける。目に飛び込んできたのは、あるアーティストの名前。


 RAHATE


 うわぁ、読めないな……これは。英語はもともとできる方だけど、何かの造語かスラング系だったらギブ。勉強とその他もろもろで、ネットに頭を使う時間が無いせいだ。

「な、何て読むの、これ? ラ、レ……レヘーテ?」

「ラ・ハ・テだよ。ラハテくん。知らない?」

「知らない。ジャニーズの誰か?」

「ブッブー」

「……もしかして歌い手? この人」

「ピンポーン」

 やっぱりだ。アーティストに普通『くん』とか付けるのはあからさまなし、真白はジャニヲタでも無いだろうから、目星がついた。

 画面には、彼の動画が映っている。自然とタイトルに目がいった。


【cover】 What's going on?‐Official髭男dism/feat. RAHATE

 710,972 回視聴


 —―へえ、ヒゲダンね。私でも知ってる—――――どんな曲か知らないけど。

「あと30万でミリオンなんだよね~。エヘヘ」

 私の貧相な音楽知識にかまわず、真白がショートボブの白髪を揺らす。男子から見たら惚れてしまうであろう、満面の笑みを浮かべている。

 もう一口サンドを頬張ると、真白が「ねえ」と言ってくる。

「よかったら、聞いてみない?」

 自分がつけていた、白のヘッドフォンを差し出してきた。私が普段使っているものよりも一回り大きい。

 ラジオ番組のパーソナリティーとかが、付けているようなものだ。

 私は本家かカバーかといわれると、本家をよく聞く。聞かず嫌いというわけでもないが、自分の聞き馴染みの声じゃないと、どうしても違和感を覚えてしまうのだ。

 私は「じゃあ……」とヘッドフォンに手を伸ばす。

 だけど、その声はある男子によってかき消された。

「おっ、RAHATEじゃんか」

颯太そうた。ガールズトークに割り込まないで」

 真白が眉間にしわを寄せる。

「ええっ? いいじゃん、いいじゃん。迷惑かけないから」

「既にかけてるくせに……」

「あっ、そういやまたGReeeeNのカバー出してたぞ。RAHATEくん」

「………えっ、そうなの?」

「そうなんだよ。ほら、ここからさ……」

 どうやら長くなりそうだ。

 音楽の話題になると真白は目がない。昨年『フジロック』に、大学生の姉と初参戦した彼女は以前よりも、音楽愛に磨きがかかったような気がする。

 私は頬づえをついた。


 ……うっ、なんか違和感が。


 座りなおして、もう一度。

 うんうん、これでOK。今度は机との間にが収まった。クラスの女子からは羨望と嫉妬と殺意の目を向けられるが、どれも冗談じゃない。

 私にとって、このふくらみは邪魔でしかない。

 ふと、視線を右にずらす。二つ机を挟んだ席に彼はいた。高崎だ。

 私と同じような姿勢で、前を向いている。けど、どこか落ち着かない様子だ。


 あ。


 目が合った。………あれ?なんか。めっちゃ顔赤いんだけど。


「……っっ!!」


 ガタンと勢いよくイスを引く音が、教室内に響く。席の近くで喋っていた、男子のグループがパッと彼の方を向いた。

 次の瞬間、高崎は後方の扉から廊下に飛び出し、そのまま走り去っていった。

「なんだあいつ」

 急に二人の会話が聞こえてきて、ビクッと肩が震えた。

「あれって、高崎だよね」と、真白。

「急に立ち上がって出て行ったけど………」

「はあ。意味不明だな」

 一息ついて、真白が口を開く。

「正直言って、ああいうタイプって一番何考えてるのか分かんないよね~」

 颯太は大げさに手を組んで伸びをしながら、

「いつものことだろ。地味だし、無口だし、ヲタクみてえ。一年の時からあんな感じだぞ」

「アニメの巨乳キャラの抱き枕とか持ってそうじゃない?」

「分かる。んで、毎日それで寝てるとか」

 プッと二人は噴き出した。真白が「言い過ぎだって」と言うが、それは口だけのようで笑い続ける。なぜだか喉の奥のほうに、羽毛みたいなモヤモヤが詰まっている。見てて笑えない。むしろ、腹立たしくてイヤになってくる。

 私は、少なくとも彼の裏の姿を垣間見た。ほんの一部分だけなんだろうけど。

 何か反論しようにも、二人から変な風に見られそうで勇気が出せなかった。


 *        *          *


「何のつもりだ」

「それはこっちのセリフ」

 前方を自転車で漕いでいた高崎が、ブレーキをかけて振り返る。

 あの後、私は高崎に話しかけようと奮闘した。昼休みが終わる直前、戻ってきた彼に声をかけた。次に、ホームルーム終了直後、教室から出ようとした彼を呼び止めた。そして数分前、駐輪場で自転車を出した彼を引き留めた。


 だが。


 彼は三度とも、目を合わさずに逃げたのである。

「……このままだとお前に『ストーカー規制法違反』の容疑がかかる。前科二犯になるけど、覚悟はできてるか」

「誤解しないで。私は別に、高崎をストーカーしようという考えは一ミリも持ってないから。あと私を犯罪者に仕立て上げないで」

「じゃ、じゃあ……なんでついてくるんだよ」

 なぜか前方の道端に自転車を止めて、高崎がこちらに向かってくる。どこか動揺しているようで、しきりに前髪をいじっている。何かいつもの高崎とは違う感じ。どうしたんだろう。

 兼六園や21世紀美術館からは少し遠いここ一帯は、閑静な住宅街だ。そのせいか比較的市街地に近い学校よりも声が聞き取りやすい。ちなみに、私の家へはここから逆方向。高崎のアパートへは1分もしないうちにたどり着く。

、見せてほしいんだ」

「は、はあ!?」

「どうしたの」

 高崎の耳がみるみる赤色に染まる。目をキョロキョロさせ、浮かない様子で、口をパクパクし始めた。だからどうした急に。

「………やっぱり、知ってるんだな……笠懸は」

「え、あ、うん」

 ハァ—――ッと、深くため息をつく高崎。

「あんまり……ていうか、ほとんど人には教えてないけど、バレちまったか」

 人に知られたくない? あ、もしかして音楽が好きなことが? でも好きな人普通に多いと思うけど。そんな落ち込むレベル?

 灰色のブレザーのポケットから、高崎はスマホを取り出す。

 数秒後、彼はを見せてきた。

「これ……………僕」

 見せられた画面には、いつか見たであろう名前が並んでいた。


 RAHATE


 ………えっ??

「はぁ——————っ!?」

 私の叫びが、六月下旬の金沢郊外に響き渡った。




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