未知との遭遇
持ち主不明の物品を発見した際、おおよそ人は三つの行動パターンをとる。
① 持ち主を探す
② 見て見ぬふり
③ 盗る
今回の一件は①を選択したことで、早期解決をむかえた。
* * *
「お姉ちゃん……??」
「ど、うしたの? あ……ぉ、い」
「寝不足だよね、明らかに」
「そんなわけ……無い……ぐううぅぅぅぅ」
「寝てんじゃん!」
次の瞬間、ひざ下に弾丸にも似た衝撃がドスンと入った。
「いっっったあああああああ!!」
ともあれ、葵の渾身のローキック(そもそも、ローキックしかできないのだが)で私の中枢神経は覚醒した。しかし痛い。
「やっと起きたね」
「もうちょっと……やさしい方法を考え付いてよ……」
蹴られた左ひざ下をさすりながら答えた。
いくら小三の女児とはいえ、葵は週二で空手道場に通っている身である。だが武道経験者のイメージにありがちな、寡黙、あるいは熱血な性格は微塵も感じない。逆に積極的、気分屋と呼んだ方がしっくりくる、そんな子だ。
だが、空手の腕前は確からしく、私が道場に迎えに上がるたびに、周りよりも人一倍ごつい身体をした道場長がわざわざ面会にくるほどだ。
「にしてもさぁ」
葵は前に向き直る。
「もう
「まあ、ね、」
「帰ろうよ。お腹すいたし、あれ食べたい。ステーキ」
「よくそんな」
「だけどもうピンポン押しまくってるよ。お姉ちゃん何回やったの」
「百回くらいかな」
「押し過ぎ。妖怪ウォッチの隠しイベントじゃないんだから」
「まあでも、葵の言う通りかもね。もう正午だし、お昼食べてからでも大丈夫か」
「そうだよ。じゃ、戻ろういったん」
私たちは陣取っていた場所に背を向け、歩き出す。不意に振り返る。チョコレート色の外壁と、肌色のドアが調和しているアパートだ。
そう、私たちはこのアパートの一室の前に陣取っていた。
ここで、時計の針を三日前に戻すことにする。
* * *
その日の夕飯後、私は家族会議を開いた。
—――といっても、参加者は私、葵、隼の三名。お母さんは知っての通り、仕事中で家にはいない。
リビングにあるローテーブルを囲むようにして、私の向こう側に隼、右側に葵が座った。
「急にどうしたの。お姉ちゃん、やっぱりなんか今日おかしくない? 」
「隼、なにいってるの。お姉ちゃんはいつもおかしいよ」
「ちょっ、そんな訳ないから‼ デマを流さないで葵! 」
「そうなの? 葵姉ちゃん……」
「隼も簡単にだまされないで! 隼のこと大好きだけどそういうところは直して! 」
始まる前に一悶着あったが、どうにかなだめて開会した。
私はさっそく、例のブツを玄関から持ってきて、ローテーブルの上にジェンガのごとく丁寧に置いた。
「これ、さっき見つけたの。男物っぽ……」
「お姉ちゃん」
葵が私をさえぎり、ピシッと挙手をする。身長が伸び悩んでいるらしく、腕いっぱいに挙げようとする様子が、妹ながらほほえましい。
「はい葵、どうぞ」
私が言うなり、葵はにっとえくぼを上げてこう言った。
「これ持ってきたのあたし」
会議は五分も経たずに閉会した。
* * *
のちに葵に事情聴取をして判明したことはこうだった。
・昨日の帰り際に突然渡された。
・貸してくれた人は男で、私と同じくらいの年齢だった。
・自分は昨日傘を持っていなかったせいで、ずぶ濡れになった。
なんか文面だけ見たら、何かしらの事件の犯人の特徴にしか聞こえない。
だが、自らの身体や衣服を犠牲にして、年下の小学生に傘を譲るあたり、その辺の男子高校生の何倍もやさしいじゃないか。
ぜひ早くお礼を言いに行かねば。
そんな思いが私の中で渦巻いた。
幸い、葵が渡された場所、そしてその男の子が入っていったアパートとその部屋を覚えていたので、週末の土曜日に行けることになったのだ。
* * *
再び、時計の針を戻そう。
三十分余り、ドッジボール(危険)で一汗かいた私たちは再び、あのアパートを目指していた。
「またそれ着てるの」
葵はそう言って、私の着ている服を指さす。
学校指定の白ジャージ(若草色のラインが入ったデザインで、『青学ジャージ』と密かに呼ばれている)を身にまとっていた。
「別にいいでしょ。かっこいいもん」
私はチャックを首元まであげてそう言った。
「おでかけする服で出たくないだけじゃ……」
「はいはい核心を突かないっ。まだ小二なんだから素直でいてね」
「だぁが、ことわーる!」
「え、ちょっ……どこでそんな言葉覚えたの!? まっ、まあ母性をくすぐるし許すけど」
あとで私のアカウントの視聴履歴を確認しておこう。一応。
「え……」
アパートに着いた私は絶句した。試しにドアに手を掛けたら……すんなり開いたのだ。
「相当の不用心だね……ここの住人は」
「いっしょにいく? 」
「……葵は待ってて。私が行ってくる」
葵から傘を拝借して、私は恐る恐る玄関に入った。
あれ、意外に中は綺麗だ。タイルの中央に白いスニーカーがある以外、ほとんど何もない。
「おじゃましまぁす……」と、小さくつぶやいて靴を脱いだ。すぐ右手に部屋が見えた。もしかしたらここにいるかもしれない。
パッとその部屋の前に立つ。深呼吸をしてから私は体を右に傾けて、その部屋を覗いた。
うわ。なにここ。
そこにあったのは、無数のCDだった。正面側の棚に壁を覆いつくすほどびっしり陳列され、両側面にも何十枚同様の景色が広がる。
まるで書庫のようだ。それもどこかの宮殿にある秘密の間みたいな、そんな感じ。奥のほうにかろうじてデスクトップパソコンと何かのマイクが見えるのが、その印象を少し和らげている。
ちょっと、入ってみようか。
デスクトップパソコンに近づくと画面は消えていた。そして……ん?
見覚えのあるものに私は手を止めた。青学ジャージがパソコンチェアにかかっていたのだ。
同じ
そのとき、ゴトッと別の部屋で音がした。思わずが体が固まる。
私はささっとその部屋の前まで移動する。
大丈夫だ、私。あなたは
うん? 待って。本当に?
ガチャッ
ドアが開く。
私は赤面した。
そこにいたのは、上半身半裸の男子高校生だった。
「ぎゃあああああああああああ‼」
「うわあああああああああ⁉」
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