第21話 自由を求める者たち

 万が一に備えて殿下には変装してもらった。とは言っても、黒縁のメガネをつけてもらっただけなのだが。ちょび髭もつけてもらうべきだったかな?

 殿下の顔を知っている人はそれほどいないだろう。何せまだ皇太子としてお披露目されていないだろうからね。そうでなければ、護衛たちが知らないはずはない。


 護衛たちは平謝りしていたが、殿下は笑ってすませてくれて特に気にすることはなかった。それで大丈夫なのか、と思ったが不敬罪として罪を追及されるよりかはずっとマシなので黙っておいた。


 復活したイーリスは困惑していたが、殿下たっての希望ということで何とか説得した。イーリスには本当に苦労をかけてしまった。帰ったらもう一度謝ろう。ミケはこの状況を楽しんでいるみたいなので大丈夫だろう。


「いやー、ここのスイーツを食べてみたかったんだよ」

「ここは最近できたばかりのお店だって言ってたよ。パンケーキ、だってさ。イチゴとクリームがのってて美味し」


 もきゅもきゅと食べながら、ミケが殿下とフランクに話している。さすがは守護精霊のミケ。身分など関係ないようである。そんな様子をちょっとあきれて見ていると、殿下が素直に謝ってきた。


「すまないね、二人には苦労をかけてしまって……」

「いえ、そのようなことはありませんわ。ねえ、テオ様?」

「イーリスの言う通りです。ですが寿命が縮みますので、せめて護衛をつけて下さい」


 万が一、殿下の身に何かあったらどうするのか。王位継承権でもめるぞ。


「……善処するよ」


 本当に分かっているのだろか。どうも怪しい。紐でもつけておかないと、きっとまた同じことをしでかすぞ。


「何でアルは一人でほっつき歩いていたのさ?」


 俺たちが殿下に聞きたいことをミケが代わりに聞いてくれた。どうせろくでもない理由なんじゃないの? 王都を見に行きたかったとか、庶民の暮らしを実際にこの目で見たかったからとか。


「自由になりたかったのさ」


 殿下は遠い目をして、「フッ」っと自嘲気味に笑った。

 ハハハ、こやつめ。ダメだ、ため息が出そう。そう思っても王族がそれを実際にやっちゃいかんでしょ。どれだけの騒ぎになると思っているのか。俺は思わずイーリスと顔を見合わせた。イーリスもため息をつきたそうだった。屋敷に戻ったら一緒にため息をつこうね。


「分かる~! ボクも自由になりたかったもん」


 ミケが両腕を突き出して「分かる!」のポーズをとっていた。

 そうなのかミケ。もしかして、俺がミケを縛りつけているのかな? そんな俺の様子をミケが敏感に察知したようである。


「違う違う! 最近の話じゃないからね。テオのところに来る前の話だよ! 今はたくさん自由にさせてもらっているからね」


 慌ててミケが否定した。ミケはミケなりに苦労をしているのかも知れないな。いつもミケに甘えてないで、もう少しミケのことを知るための努力をした方が良いのかも知れない。


「殿下! こちらにいらっしゃいましたか!」

「げ! お前たち、どうしてここに!?」


 殿下が俺たちの方を向いた。俺たちは一斉に視線をそらした。どうやら通報が城に届いたらしく、護衛が駆けつけてくれたようである。助かった。殿下は恨みがましくこちらを見ていたが、非は向こうにある。何も言わずにあきらめてくれたようである。


「皆様にはご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」


 殿下の教育係と思われるナイスミドルの男性が頭を下げた。俺たちは「とんでもないですー」とそれぞれ頭を下げて、何とかこの場を収めることに成功した。


 殿下から解放されて屋敷に戻った俺たちは、さすがに疲れ果てていた。


「まさか街中で殿下と遭遇するとは……気がつかないフリをしておけば良かった……」

「テオ様……そうかも知れませんが、さすがにそれはどうかと思いますわ」

「そうだよね……」


 ハア、と二人してため息をついた。唯一元気そうなのはミケである。彼女の辞書にはプレッシャーと言う言葉はなさそうである。


「考え方によっては良かったじゃん。アルとつながりが深くなったしね。これでアルを使って、美味しい汁がチューチュー吸えるかもよ」


 王族まで利用しようとするその考え方。さすがだなぁ。たくましいなぁ。憧れちゃうなぁ。俺にはとてもできない。それに、殿下のことを「アル」と呼ぶのは大丈夫なのか? 確かにアルフレートなのでアルではあるのだが、許可もなく愛称よりするのはどうかと……。


 そんな風に思っていると、翌日、殿下から手紙が届いた。その手紙には昨日大変お世話になったことと、一緒に街を歩けて楽しかったこと、そして、友達ができてうれしいと書いてあった。


「友達って、ミケのことだよね?」

「……テオ、現実逃避しない。テオたちもだよ」


 ミケの言葉にイーリスの顔色が悪くなった。殿下と友達。そのプレッシャーに押しつぶされそうである。どうやらイーリスは俺以上に豆腐メンタルのようである。これじゃあ俺がイーリスに甘えられないな。

 ……いや、逆に考えるんだ。俺がイーリスを甘やかせれば良いんだ、と考えるんだ。


 イーリスを安心させるべく、そっと肩を抱いてあげた。イーリスはそれを嫌がることなく体をピッタリと寄せてきた。やったぜ。


「ちょっと、テオ! どさくさに紛れて何イーリスにエッチなことしようとしてるのよ!」

「ば、バカヤロウ! まだしてねーし!」

「……まだ?」

「ヒッ!」


 部屋にイーリスの冷たい声が響いた。俺とミケは共に抱き合って氷像のように固まった。

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