第22話 イーリス男爵令嬢の憂鬱

 王都での観光を終え、ひとまず俺たちはモンドリアーン子爵家へと帰ってきた。イーリスをこれからどうするのかは、このあとは改めて相談することになっていた。そのままアウデン男爵家に送り届けるのか、それともそのままモンドリアーン子爵家で預かるのか。


「母上、ただいま戻りました」


 屋敷に到着すると、母上がすぐに玄関まで迎えに来てくれた。その顔はどこか安心した様子である。もしかして、俺が王都で何かやらかすんじゃないかと心配していたのかも知れない。心配ないさと言ってあげたい。いつまでも子供じゃないのだ。


「お帰りなさい。無事に婚約の報告をすませることができたようね。この婚約の報告はあなたが一人前として認められる儀式の一つなのよ。問題なく終わったみたいで良かったわ。イーリスもテオドールを随分と助けてくれたんでしょう? ありがとう。私の自慢の娘だわ」


 母上はそう言うと、イーリスを抱きしめた。母上は俺よりもイーリスのことを頼りにしているようである。解せぬ。俺が何をしたと言うのかね。


「それよりもさ~、聞いてよ、ママさん。王都で遊んでいたらアルにバッタリと会っちゃってさ~」


 アル? と母上の頭上に疑問符が浮かんだように見えた。やっぱり王都で殿下に会ったことを報告しておくべきだよね。どうする?


「ミケちゃん、アルってどなたのことかしら? まさか……」


 アルがだれなのか思い至ったのであろう。母上の顔が引きつり始めた。


「アルってアルだよ。えっと、殿下? のこと?」


 何、そのものすごい疑問形。もしかしてミケは殿下がどのくらい偉い身分のか理解していないのか!?


「なぜ、王都でアルフレート殿下に会うのですか?」


 ワーオ! 母上の声がワントーン下がったぞ。


「何か裏路地にアルが逃げ込んでいたのをテオが追い詰めたのよ」


 おいおい、誤解を招くような発言はちょっと……ほら見ろ。母上がこちらを疑い深い目で見ているじゃないか。あせった俺は早口で事の次第を説明した。これにはイーリスが参戦してくれたおかげで何とか大事にいたらずにすんだ。


「まさかそのようなことが……。殿下がお忍びでお城を抜け出しているというウワサを耳にしていましたが、まさか本当とは」


 母上があきれている。俺もそう思う。王都を自由に王族が歩いていたらさすがにビビるわ。


「そうなのよ~、それでアルとお友達になってさ~、ね?」


 ね? じゃねーよ! それを言うんじゃない。色々と面倒事に巻き込まれるだろうが。ミケの発言に母上が固まった。まあ、そりゃそうだよね。王都に行って、次期国王陛下と友達になって帰ってきたらそうなるよね。


 その後、領地の視察から帰ってきた父上に同じことを話すと同じように固まっていた。これはイーリスの両親に話しても固まるな。でも、友達になったのは俺たち三人なんだよね。その中にイーリスも含まれているからね。だからあきらめようね、イーリス。そんな愁いを帯びた顔をして俺の方を見てもダメだからね。


 その後、モンドリアーン子爵家には殿下からの手紙が届くようになった。手紙が来たからには返さないわけにはいかない。こうして俺は殿下と文通をすることになった。


 それからは時々、殿下を連れ出しては国中の観光スポットを巡ることになった。だってしょうがないじゃないか。それを断ることができるような強メンタルを生憎持ち合わせていないのだから。

 もちろん精鋭の護衛をつけさせたし、ミケも一緒だ。イーリス? イーリスはその日に限って体調不良になるようで……。



 モンドリアーン子爵家に帰ってきてから数ヶ月が経過していた。イーリスは花嫁修業と言うことで、今も我が家に滞在してる。

 理由はもちろん、母上がイーリスを手放さなかったからだ。嫁姑の関係が悪いよりかは断然良いのだがイーリスの実家がどう思っているのか。非常に気になるところだ。

 娘を取られたと思っていなければ良いのだが。


 もちろん、ことあるごとにイーリスを実家に連れて帰ってはいる。それでもイーリスが実家で過ごす時間は段々短くなってきていた。

 こちらの方が家格が上なだけに「無理強いをしているのではないか」と心配していたのだが、イーリスによると、アウデン男爵夫妻はそれほど気にしていないとのことだった。


 そんな日々を過ごしていたのだが、どうも最近、イーリスの様子がおかしい。それはつい先日、イーリスの元に一通の手紙が来たころからである。

 このイーリスの微妙な変化、俺じゃなきゃ見逃してたね。


「ねえ、イーリス、どうしたのさ? 最近元気ないよ? みんな心配してるよ。あ、もしかして、テオにセクハラされたの?」


 ……台無しだよ、色々とな!


「イーリス、実家で何かあったのか? 悩み事があるなら遠慮せずに言ってくれよ。何か役に立てることがあるかも知れないからさ」


 なるべくイーリスの負担にならないように慎重に言葉を選んだ。断じてイーリスにセクハラなどしてはいない、と思う。視線はいくらか胸の方を向いたかも知れないが。だってしょうがないじゃないか。男として健全な反応をしたまでだ。あの胸はけしからん。


「テオ様……」


 そう言ってイーリスは途切れ途切れ実家の事情を話してくれた。要約すると「実家の領地が不作になりそうだ」とのことだった。このままでは領民に大きな被害が出るかも知れない。そのことをイーリスは憂いていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る