第15話 婚約の報告

 母上と共にお茶をしながら待っていると、密談を終えた父上がサロンへとやってきた。


「おお、テオドール、戻ってきていたのか。随分と早かったな」

「ええ、魔法で……」

「何だって!? もう空間移動の魔法が使えるのか?」

「はい、一応……」


 何だろうこの感じ。もしかして、使ったらまずいヤツだったのかな? そのことを聞いてみると、どうやら空間移動の魔法は膨大な魔力を消費するため、そう簡単にはホイホイと使えないとのことだった。


 なるほど。それをホイホイ使っている俺は異常と言うことが。でも使えるのだから使わない手はないよね。そう言うと両親は微妙な顔をしていた。そこは喜ぶべきところじゃないんですかねぇ。


 ミケに同意を求めると、そうだそうだと俺を応援してくれた。さすがはミケ。頼りになるぜ。ご褒美に俺の分のお菓子もあげよう。ミケの前にお菓子を差し出すと、一つうなずいた。苦しゅうないと言うことである。


「それで父上、一体何の話だったのですか?」


 セバスチャンとの秘密の話が気になったので水を向けてみると、渋い顔つきになった。母上と二人で顔を見合わせた。一体何事?


「婚約破棄されたカロリーナ嬢がどこぞの新興男爵家の長男と婚約したらしい」

「ああ、なるほど……」


 あ、察し。そりゃ言いたくないよね。と言うよりかはその話、まったく興味がないね。選択肢があれば「そう、関係ないね」を連打していたことだろう。殺してでも奪い返すとか、とんでもない! 今の俺には婚約者の可愛いイーリス嬢がいる。何の不満もない。


「セバスチャンによると、その何たら男爵令息はこの国の三大イケメンのうちの一人らしい」


 どうやら名前すら出したくないようである。この点からも父上の怒り具合が見てとれる。これは相当頭にきているな。母上も微妙な顔つきになっている。これは話を変えた方が良さそうだな。


「父上、イーリス嬢とは無事に婚約することが決定しましたし、国王陛下にご挨拶に行きたいのですが」

「おお、そうだったな。国王陛下に報告するのは貴族の義務。早急に手配せねばならぬな。すぐに書面を国王陛下に送るので少し時間をくれ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 こうして正式にアウデン男爵家との婚約が決まったモンドリアーン子爵家はすぐに次のステップへと進んだ。こう言う吉事は邪魔が入る前に、可及的速やかに事を運んで行った方がいい。

 父上はすぐに手紙を出してくれたようであり、それほど間を置かずに国王陛下との面会の日時が決まった。


 すぐにそのことを伝えるべく、俺はアウデン男爵家へと向かった。本当は手紙を出し、後日向かうのが正しいのだろうが、俺が直接行った方が早いからね。手紙を出すと言ったな。あれはウソだ。


「テオドール殿!?」

「テオ様!?」


 突然現れた俺に、イーリスとアウデン男爵は驚いた様子だったが、俺が持参した手紙を見ると、すぐに納得してくれた。


「なるほど。これはおめでたいですな。それでは、イーリスは一度、モンドリアーン子爵家で預かると言うことでよろしいですな?」

「はい。その方向でこちらも動いていますから何も問題ありません。今頃は母上がイーリス嬢が着る服を楽しそうに選んでいるはずですよ」


 今のところ我が家には娘がいない。常々、娘が欲しいと言っていた母上のことだ。随分と気合いが入っていることだろう。イーリスを着せ替え人形にすることは目に見えていた。

 イーリスには悪いが、少しの間だけ我慢してもらいたい。


 俺はイーリスの両親の許可をもらうと、イーリスを連れてモンドリアーン子爵家へと戻った。

 モンドリアーン子爵家では、その日のうちにとんぼ返りしてきた俺を、両親が驚愕の目で迎えてくれた。さすがに一日に二回使うのはありえないとのことだった。


 ミケが「テオなら一日に十回使っても大丈夫だよ」と胸を張って言っていたが、何のフォローにもなっていなかった。お菓子、没収しようかな?



 イーリスがモンドリアーン子爵家に来てからは、毎日がとてもにぎやかになった。その筆頭となっているのが母上である。どうも完全にイーリスのことを娘として認知しているようであり、国王陛下の謁見に着て行く服の算段だけでなく、身につける宝石に至るまで、すべてにおいてイーリスをブンブンとハンマーのように振り回していた。


「ごめんね、イーリス。母上が思いのほか気合いが入っているみたいで……」


 随分と苦労をかけさせているであろうイーリスに声をかけたのだが、当の本人はそれほどでもなさそうな様子だった。


「心配には及びませんわ。私も楽しんでおりますから。こんなにたくさんの素敵なドレスを着られるだなんて、夢のようですわ。それに宝石もあんなにたくさん。……あの、本当に大丈夫ですの?」


 イーリスがお金の心配をしてきたようだが、子爵家とは思えないほど我が家は裕福だった。国に仕える魔導師団の中核を担っている上に、国内有数の魔法使いの一族でもあるため、国からの支援も手厚い。それに領地もそれなりに豊かである。お金には困ることはまずないだろう。


「心配は要らないよ。父上も母上も散財するタイプの人じゃないからね。金庫には大量のお金が今や遅しと出番を待っているはずだよ。金庫の底が抜けるんじゃないかって、セバスチャンが心配しているんじゃないかな?」


 冗談めかして言うとイーリスがクスクスと笑ってくれた。これで少しは安心したかな? どうも両親は、物を買うことに対しては財布の紐が堅いなようであり、お金を散財している姿を見たことがなかった。


 今回初めてお金を潤沢に使っているのを見て、「うちってお金持ちだったんだ」と思ったほどである。つまり我が家がお金持ちであることは、今の今まで、愛する息子に内緒だったようである。愛する娘にはすぐに暴露したのに……。


「アウデン男爵領ももう少し豊かだったら良かったのに……」


 イーリスがボソリとつぶやいた。俺がお邪魔していたときにはそこまでお金に困っているようには感じられなかったのだが、実際は無理をしていたのかも知れない。これはもうちょっとアウデン男爵領内を視察しておけば良かったな。


 今回の国王陛下の謁見が終わったら、コッソリとアウデン男爵領の視察に行こう。きっと何かできることがあるはずだ。アウデン男爵領が豊かになれば、イーリスも安心することだろう。

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