第16話 若

 そうやってイーリスと話したり、ミケと一緒に訓練したりする日々を送っていると、国王陛下に謁見する日が近づいてきた。


「テオドール、王都まではどうやって行くつもりかね?」


 夕食の席で父上が聞いてきた。王都までは十日ほど移動に時間がかかったはずだ。馬車で王都へと向かうならば、それなりの準備が必要になる。


「空間移動の魔法を使って行こうと思います。その方が早いし、私たちにも、お金にも負担がかかりませんからね」


 フム、と父上がうなずいた。母上もその隣でうなずいている。


「移動はそれでいいとして、側仕えをどうするかだな。やはり王都にいる分家を頼ることにするのが良いだろうな」


 父上は虚空をにらんだ。どうやら父上が悩んでいるのは俺たちのフォローをする人材のようである。その様子だと、あまり分家を頼りたくないのかな?


「父上、ここから一緒に、空間移動の魔法で使用人を何人か連れて行きましょうか?」

「……何人くらい一緒に連れて行けるのかな?」

「百人くらい……ですかね?」


 ウソである。多分、その百倍の一万人くらいはまとめて移動できると思う。でもそれを言うと面倒なことになりそうなので少なく報告しておいた。それを聞いたミケは眉をひそめていた。ものすっごい疑っている。

 何も言うなよ、ミケ。分かっているな、ミケ。俺はミケにアイコンタクトを送った。ミケは深くうなずいた。


「百人……」


 それを聞いた母上は絶句していた。どうやら百人運ぶのもまずかったようである。普通はどのくらいなのかな? 聞くのが怖い。そのときミケが口をひらいた。


「ほら~、テオが少なく見積もるからパパとママが困惑してるじゃない。ハッキリと言ったらどうなの? その十倍でも連れて行けますって」


 両親が「え?」みたいな顔つきになった。イーリスは適正ラインが何人なのかが分からないようで、曖昧な笑みを浮かべていた。

 これはまずい、ゲロマジヤバイ。本当のことがバレると、とんでもないことになりそうだ。だが、そんな俺の様子にミケが気がついたようである。


「あれ? もしかしてだけど、もっとたくさんの人数を運べちゃう? さすがはテオ。ぶっ飛んでるね~」


 明らかに両親の顔が引きつった。……ミケはあとでお仕置きだな。今日はたっぷりと苦手な風呂に入ってもらうことにしよう。後ろ足で蹴ってもムダだぞ。絶対に離さない。


「……二人には十人ほどの使用人をつけよう。それで十分足りるはずだ」


 こうして王都行きが決まった。移動は国王陛下に謁見する日の前日でも十分に間に合うが、万が一の事態に備えて三日前に行くことになった。

 宿泊は王都にあるモンドリアーン子爵家のタウンハウスを使う。その家は普段から王都在中の使用人たちが手入れしており、いつでも使えるようになっていた。


 その使用人たちに俺たちの補佐をさせれば良いのではないかと思ったのだが、その使用人たちはあくまでもタウンハウスを管理するだけの存在であり、貴族としての作法を補佐できるほどの力は持っていないとのことだった。残念、無念。


 俺たちが行くことを書いた手紙はすぐにタウンハウスへと送られた。



 王都へと旅立つ日がやってきた。と言っても、一瞬でたどり着くので何の問題もないのではあるが。王都には空間移動の魔法によって降り立つことができる専用のスペースが設けられている。


 以前、両親に連れられて王都に行ったときにその場所は確認済みだ。それもこれも、俺が将来空間移動の魔法を使えるようになることを見越してのことだったのだろう。今思えば非常にありがたい配慮だったな。あのおかげでかなり楽することができる。


 ちなみにイーリスの実家であるアウデン男爵家にも、空間移動の魔法で降り立つことができる専用の場所を設けてもらっていた。そのため、これからは気兼ねなくイーリスの実家を訪れることができるだろう。


「父上、母上、行って参ります」

「行って参りますわ」

「二人とも十分気をつけるのですよ。テオドール、死ぬ気でイーリスを守りなさい」

「分かりました」


 母上は完全にイーリスの味方になっていた。何なら俺よりも待遇が良さそうである。よっぽど娘が欲しかったんだな。それなら子供を作れば良かったのに。


「国王陛下に粗相のないようにな」

「もちろんです」


 父上は俺の返事に大きくうなずいた。俺としてはミケの方が気になるのだが……大丈夫だよね? 王都に着いたら改めてミケに言い聞かせておこう。

 俺は周囲に今回お供する使用人が集まったことを確認すると、魔法を使って王都へと移動した。


 あっという間に風景が変わり、にぎやかな音が聞こえてきた。ここは王都の中心からは少し離れた場所であったが、それでもこれだけの音が聞こえるのだ。やはり王都はすごいな。

 そんなことを思っていると、使用人の服装をした人たちが集まってきた。


「お待ちしておりました、若。お嬢様も、ようこそいらっしゃいました」


 タウンハウスを任されている人たちなのだろう。それぞれが頭を下げた。


「若!? 若って、テオのこと? ダ、ダメ、ツボに入った……」


 そう言うとミケがおなかを抱えて笑い出した。失礼だな。確かに俺も「若」はないだろうとは思うけど。

 その様子をタウンハウスの使用人たちが驚愕の目で見ていた。これはもしかして、ミケのことは手紙に書いていなかったのかな? これはまずいかも知れない。


「お前たち、ミケが言葉をしゃべれることは機密事項だからな。他では話すことのないように」


 俺の指示に使用人たちがかしこまった。「若、若っ!」とミケが笑いながら冷やかしてきた。だれのせいでこうなっていると思ってるんだ。今日のミケのおやつは抜きだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る