第8話 クッサ!

 ブラックドラゴンが吐き出した猛毒だったはずのブレスは、ゲロ以下の匂いがするただの「臭い息」になっていた。「クッサ!」みたいな顔をしてミケがこちらを見てきたが、俺のせいじゃないよね……? すぐに魔導師たちが風魔法で匂いを拡散させた。


 それを見たブラックドラゴンの目が大きく見開かれた。まさかの光景だったのだろう。その光景を信じられなかったであろうブラックドラゴンは再びブレスを吐いた。

 しかし二度目のブレスは、呪いの硬貨が耳元でフゥーフゥーと息を吹きかける程度のものでしかなかった。


 ブラックドラゴンはそのまま力尽き、大きな音を立てながら倒れた。その死に顔は「解せぬ」と大きく書いてあった。うん、まあ、相手が悪かったと思って欲しい。

 ブラックドラゴンよ、安らかに眠れ……。


「おおお! やったぞ! テオドール様がブラックドラゴンを倒したぞ!」

「あのブラックドラゴンを赤子の手をひねるかのように倒すだなんて!」


 ブラックドラゴンが倒れたのを見て、次々と喜びの声があがった。みんなハイタッチをしている。ブラックドラゴンが木々をなぎ倒しながら現れたときはこの世の終わりみたいな顔をしていたのに、現金なものである。だがそれがいい!


「よくやってくれたぞ、テオドール。どうやら五体満足で家に帰れそうだ」


 ハッハッハと父上が笑った。さすがの父上も無傷では無理だと思っていたようである。俺は回復魔法も使えるし、新鮮な状態なら死んでも生き返らせることができる。そのため、多分無傷で帰れたと思うのだが言わないでおいた。

 死者蘇生が可能だと言うことがバレたら、坊主にされそうだからな。それは断固拒否だ。


「父上、ほかの場所ではまだ戦っています。すぐに援護に向かいましょう」

「おお、そうだな。マジックバッグにブラックドラゴンを収納してから向かうとしよう」


 そう言うと父上はブラックドラゴンに近づきマジックバッグを掲げた。スウッと音もなくブラックドラゴンの体が吸い込まれて行く。


 便利だよね、あれ。俺も欲しいんだけど、かなりレアなアイテムなんだよね。だからそうそう手に入らない。父上が持っているのも、何世代か前のご先祖様が褒賞として当時の国王陛下からいただいたものだ。魔法で何とかならないかしら?


 ブラックドラゴンを回収した俺たちはすぐに来た道を引き返した。そして現在もまだ交戦中の場所へと急いで向かって行った。もちろんその途中でアウデン男爵の参謀に報告を入れている。


 参謀は「まさかブラックドラゴンが……」と信じられない様子だったが、父上が見せた「ブラックドラゴンが無念の表情を浮かべた頭」を見て卒倒した。

 ……なるほど、何で参謀が安全地帯に引きこもっているのかと思ったら、デリケートな人だったのね。よくこれで参謀が務まるなあ。情報収集能力はすごそうだったけど。


 倒れた参謀のことをあとの者に任せ、俺たちはほかの騎士や魔導師たちと合流した。

 現場は押し寄せる魔物の数が減ってきたようであり、「何かがあった」と言う空気になっているようだった。兵士たちの顔に期待感がある。

 そこに俺たちが登場したことで、一気に戦勝ムードになった。ついついみんなの気が緩む。


「無事だったか!」

「当然よ。テオドール様がブラックドラゴンを打ち倒したぞ!」

「おおお!」


 なぜか自分の手柄のように騒ぎ出す魔法騎士団のメンバーたち。よっぽどうれしいようである。そりゃ俺だってうれしいよ? でもほかの人がそんなに大騒ぎしたら、何だか恥ずかしいじゃないか。


 俺はそんな恥ずかしさを紛らわすべく、「ストーン・レイン」の魔法を使った。降り注いだ、大人の頭ほどの石が、魔物だけでなく魔境の森の一部を荒野へと変えていた。

 それを見た父上の動きがピタリと止まった。これはまずい。それを見た俺もピタリと動きを止めた。


「テオドール、何か言うことはあるか?」

「つい、調子に乗ってやってしまいました。今は深く反省してます」


 父上の前で正座させられた俺は、そのまま家に帰るように命令された。どうやらはしゃぎ過ぎたようである。隣でミケが必死に笑いをこらえて震えているのが印象的だった。

 良いんだよ、ミケ。こんなときは全力で笑ってくれて。その方がこちらも笑い話になるからね。トホホ。


 一足先に帰ってきた俺を見て母上は大変驚いた。きっと父上に何かあったと思ったことだろう。俺は母上を心配させまいと、すぐに何で俺だけ先に帰ってくることになったのかの事情を話した。

 そして今、絶賛正座させられ中である。


「テオドール、あなたにはしっかりと「常識」と言うものを教えたはずですが?」

「もちろん心得ております。今回はその、周りに乗せられてですね……」

「言い訳は聞きたくありません!」


 理不尽である。この世界は理不尽に満ちあふれている。ちゃんと活躍もしたはずなのに、どうしてこうなった。ちょっと加減を間違えただけじゃないか。


 母上の説教は夜寝る直前まで続いた。生まれたての子鹿のような足取りで俺が部屋に戻ると、ミケが俺のベッドに大の字になって寝ていた。

 あの、ミケさん? 俺が寝るスペースが見当たらないんですが……。

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