幕間 ミケとの攻防戦

 ミケが隣にいる生活にはすぐに慣れた。今では「何でこれまで隣にいなかったのか」という思いで一杯だ。

 そのことを、俺のベッドでくつろいでいるミケに聞いたら、


「当然だよ。だってずっとボクはテオの隣にいたからね」


 という答えが返ってきた。そっか~、俺の目に映らなかっただけで、ミケは俺のことをずっと見てたのか~。ハハハって、まさか!


「だからさ、テオがエッチな同人本をどこに隠しているかとか、どのページがお気に入りなのかも、よ~く知っているよ。おっぱいが大きい子が好きなんだね。それに耳と尻尾が付いている方がいいの? それなら、ボクなんかピッタリだよ」

「ちょ、待って、待ってミケ様! それ、だれにも言いませんよね!?」


 思わぬミケの言葉に、声がうわずった。そんな俺を見たミケは目と口を三日月型に変えた。まるで雲のない夜空に浮かぶ、不気味な月のようである。


「もちろん言ってないよ。今のところはね」


 後半部分にやたらと過剰なアクセントを入れるミケ。これは脅しだ。主である俺を脅そうとしてる。さすがは守護精霊。マジパネェっス。

 俺にできることは、全力で土下座することだけだった。


「どうか、平にご容赦下さい、ミケ様」


 悪徳領主もビックリな「ハハーッ!」ぷりである。外聞なんてどうでもいい。それでミケの機嫌が買えるなら。


「うむ、苦しゅうないぞよ。面を上げよ」


 上座で上から目線の声が聞こえる。我慢、我慢。ここが踏ん張り時だ。飽きればすぐに忘れるさ。


「ところでさ、テオってこんな感じの女の子が好きなのかな?」


 そう言うと、ミケはその姿を猫から……猫から猫耳に尻尾が生えた大人の女性に変えた。目の前でたゆんと豊かな二つのマシュマロスライムが揺れた。


「み、ミケ……とりあえず服を着ろー!」


 思わず叫んでしまった。慌ててワードローブからジャケットを取り出すとミケに向かって放り投げる。眼福……いや、目の毒だ。部屋に二人っきりのときで良かった。

 ん? 二人っきり?


「もう……テオは恥ずかしがり屋さん何だから」


 ミケが艶めかしい声を発した。あかん。これはあかんやつ! 振り向いたら負けだから、メラメラ瞳で見たいのを我慢してワードローブをガン見する。特に面白いものはない。

 そうこうしているうちに背中に二つのマシュマロスライムを感じた。どうやらノーガードの肉弾戦を仕掛けてきたようである。


「ちょ、ミケ、これ以上はまず……」


 そのとき部屋のドアが開いた。ノックもせずに俺の部屋に入ることができる人物は限られている。そう。両親だ。


「テオドール、何かあったのですか? 叫び声が廊下まで響いていましたよ。あなたはもう少し上に立ものとしての自覚が――テオドール! あなたは一体何をしているのですか!」


 母上が俺の叫び声よりも大きな声で叫んだ。おそらく三倍近い音量だろう。これはあれだな、屋敷中に響き渡ったな。終わった、終わったよミケ。

 何だ何だと人が集まってきたころには、ミケはいつもの猫型守護精霊の姿に戻っていた。


 さも、「ボクは何も知りませんよ?」とした顔をしていたがもう遅い。なぜなら母上にバッチリ見られていたからだ。


 そんなわけで、それから三時間ほど俺とミケは母上の前に正座をさせられて怒られた。俺は被害者なのに、解せぬ。



 ようやく解放された俺たちはヨロヨロとお風呂へと向かった。どちらも生まれたての子鹿のような足取りである。


「ミケ、これに懲りたら二度と同じことをやらないように」

「うん、そうするよ……」


 どうやらさすがのミケも反省しているらしい。いつも「反省してまーす」とか言って、反省する気ゼロなのに。よほど母上が怖かったのだろう。まあ確かにあの顔は魔王を通り越して大魔王だったからな。

 勇者様ご一行でもない俺たちは、尻尾を巻いて逃げ出すしかない。大魔王からは逃げられなかったけど。


 いつもは嫌がるお風呂も、今日のミケはなされるがままだった。これはちょうどいい。この際だから、しっかりと石けんで洗うとしよう。俺は両手に石けんをつけると、ワシャワシャとミケを洗い始めた。


「お客さん、かゆいところはないですか~?」

「ないけど……レディーの体を手で洗う気分はどう?」


 う、そうだった。そう思った瞬間、先ほどの衝撃的な記憶がよみがえってきた。猫耳に尻尾のついた全裸の女性が……うっ。


「あれれ~? どうしたのかな? 手が止まってるよ?」


 ミケの楽しそうな声が聞こえてきた。俺は悟られないように再び手を動かし始めた。心頭滅却、心頭滅却。俺が今洗っているのはただの猫だ。集中しろ、集中。全集中!


「にしし、そうだ、この状態でさっきの姿になったら大変なことになりそうだよね~?」

「や、やめるんだミケ!」


 そのとき風呂場のドアが開いた。ノックもせずに風呂場に入ることができる人物は限られている。そう。両親だ。間違いない。ついさっき経験したばかりだからね。


「テオドォォオール!」


 大音量を引き連れて母上が乱入してきた。どうやらドアの向こうで待機していたようである。でなければ母上はこれほど早く突撃をしてこない。


 当然俺は無実無根を訴えた。俺のあまりの剣幕に、どうやら母上もミケの悪ふざけだと理解してくれたようである。何とかその場は収まった。

 が、しかし。ミケは許されなかった。風呂から上がるとすぐにミケは、母上に襟元をつかまれて連れて行かれた。キミの無事を祈る。



 そろそろ寝ようかなと思ったころになって、ようやくミケが戻って来た。

 なんと言うことでしょう。ツヤツヤの黒い毛並みだった黒猫が、漂白されたかのような真っ白い白猫に! どうやら母上にこってりと絞られて燃え尽きてしまったらしい。


 これに懲りたら少しはイタズラを自重して欲しい。でもまあ、やめないんだろうなぁ。三日後には、怒られたことなどすっかりと忘れていそうだもんなぁ。ほんと、いい性格をしてると思う。


「ほら、ミケ、寝るぞ」


 そう言ってミケを抱きかかえる。もしかして泣いているのか、ミケ。よっぽど怖かったんだな。分かるぞ、ミケ。俺も小さいころに、イタズラで母上のスカートを人前でめくったことがあったけど、あのときは本当に死ぬかと思ったからな。


 いつもよりもずっと小さくなったミケを胸に抱きながら寝ると、ミケが顔をすり寄せてきた。その頭をゆっくりとなでながら、静かに眠りについた。


 翌朝、俺の隣には俺と同じくらいの年齢で、頭に猫耳を生やした、艶やかな黒髪の美少女が眠っていた。掛け布団からのぞく肌はエキゾチックな褐色である。そして素肌が見えているということは、多分、裸である。


 そのとき、緑色の瞳と目が合った。思わず声に出しそうになったのを必死にこらえた。

 ミケ、やはり懲りてなかったか。三日と言わず、その日の夜のうちに怒られたことを忘れるとは。


 ミケがニンマリと笑った。いつも通りのミケの顔である。もしかして、昨晩のしおらしい姿は罠だったのか! 謀ったな、ミケー!

 俺はその日、また一つミケに弱みを握られることになったのであった。一切手を出していないのに、解せぬ。

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