第4話 危機一髪!

「説明しよう!」


 その言葉から始まったミケの話によると、どうやら俺は非常に多くの魔力を蓄積することができる「特別な人間」だそうである。そしてその大量の魔力を蓄積するために、パンパンに膨れ上がっているらしい。


 つまり俺の体は、「脂肪」と言う形で魔力をため込んでいたわけだ。ただの脂肪の塊に過ぎないと思っていたのだが、どうやら魔力の塊だったようである。通りで運動では痩せないはずだ。しかし、呪いの類いでなくて本当に良かった。

 そしてそのあふれんばかりの魔力をため込むためには、人間をやめる必要があったと言うわけだ。


「ねえミケ、もし俺が人間をやめてなかったらどうなってたの?」

「ボン、だね」


 ミケが何かゼスチャーをしたのだがよく分からなかった。腕を組んで首をかしげた俺の様子に気がついたのか、ミケが言い直してくれた。


「あのままだと、爆発四散していたよ」

「アイエェェェェエ!?」


 危なかった。もう少しでミンチよりもひどいことになるところだった。守護精霊のミケは俺を救うためにさっそうと姿を見せてくれたと言うわけだ。まさにヒーロー! いや、ヒロインか。でも、俺をそんなに簡単に、軽いノリで準神にしても良かったのかな?


 そのことをミケに聞いたら「ちゃんと神様に許可をもらっているから無問題(モウマンタイ)」と言われた。無問題(モウマンタイ)とはこれいかに。それよりも、守護精霊のミケはやはり神様とつながっているのか。逆らうと罰が当たるかも知れない。


「ほら、テオ。プリティーなミケちゃんに何か言うことがあるんじゃないのかな?」


 スリスリ、とこちらに体をこすりつけてきた。くっ、コイツ、足下見やがって。自分でプリティーとか言うか、普通。だがここでごまをすっておけば、後々美味しい汁を吸えるかも知れない。


「ありがとう、ミケ。おかげで助かったよ。愛してる」


 俺はミケを優しく撫でながら、目を見て言った。つぶらな瞳がこちらを、ヒタ、と見つめていた。あれ、なんだかむず痒いぞ。そう言えば俺は女性に対する免疫がほとんどないんだった! メス猫に照れくさくなるなんて、どんだけ免疫がないんだよ。


「ファアッ!? ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いしましゅ!」


 噛んだー! そしてペコリと音がしそうなほどの勢いでミケが頭を下げた。……どうしよう。思ってたのと反応が違う。もしかしてミケは男性に対する免疫がないのか? これはもしかして――自分、やっちゃいました?


「そ、それじゃミケ、俺の部屋に行こうか」

「ファ!? いきなり部屋に連れ込むの!? やだ、大胆!」


 これはもうダメかも分からんね……。俺のせい? 俺のせいなのか?



 翌日、俺たちはブクブクに太った俺の体を何とかするべく、訓練場へとやってきた。もちろん昨日の夜は何事もなかった。

 体格差と種族差! この二つの壁を乗り越えない限りは一線を越えることはないのだ。それにしても、守護精霊って暖かかったんだな。思わぬ発見だ。しかも、お日様の匂いがするんだ。


「それでミケ、俺は一体どうすればいいんだ?」

「簡単だよ。全力で魔法を撃ち続けるのさ。体が壊死するくらいにね」


 それはまずかろうて。確かに脂肪と言う名の「魔力の塊」を燃焼させる必要があるとは思うけど、さすがにそれはやり過ぎなんじゃないかなぁ。だがまあ、ミケの指示に従うしかないか。昨日の夜、「絶対に痩せさせるから!」と鼻息も荒く息巻いていたからな。相棒としてそれに応えてやらねばなるまいて。


 ミケに言われた通り、俺は魔法を撃ち始めた。右手、左手。交互に連続魔法弾を放つ。訓練場にボコボコと穴があいていく。穴で埋め尽くされたら、次は土魔法を使ってその穴を埋める。それを何度も繰り返した。塹壕を掘っては埋める作業を繰り返しているかのようである。

 それを見ていた魔導師たちが何事かと驚きの目で見ていたが、そんなの関係ねえ。そんなもの無視だ無視。俺は一刻も早く痩せなければならないのだ。


 魔法弾は無属性の魔法であり、単に魔力だけを弾として放出するという、極めて効率の悪い魔法である。普通であればそんな非効率な魔法の使い方はせず、魔力に属性を付与して効率よく魔法を使う。だが今の俺は魔力を少しでも多く消費するために、あえて非効率な方法を採用していた。

 その光景を見た魔導師が俺をまねて無属性の魔法弾を放ったが、一発撃っただけで倒れたのが見えた。なるほど、普通はああなるのか。どうやら本当に俺は人間をやめてしまったようである。


 それから毎日、絞り出すように魔力を出し尽くした。それに従って、俺についていた脂肪も段々とそげ落ちていった。当然、両親からは心配され、休憩時間にサロンへ来るようにと二人に呼び出された。


 サロンでは両親が優雅にティータイムを嗜んでいたが、俺の姿を見るとテーブルにティーカップを置いた。俺が席に座るとミケは足下で丸くなった。


「テオドール、あなた大丈夫なの?」

「ブリヒッタの言う通りだ。随分と魔法の訓練をしているようだが、そのままだと体を壊しかねないぞ」


 父上が眉間にしわを寄せ、厳しい表情をこちらに向けた。


「大丈夫ですよ。ミケがちゃんと監視してくれていますから。な、ミケ?」


 俺は足下で丸まっているミケに声をかけた。だがしかし、返事がない。まるで屍のようである。


「ミケ?」


 まったく反応がないミケをテーブルの上に引っ張り出した。両親がギョッとした顔つきになった。これまで両親は、俺がミケを連れていても特に何も言ってこなかった。

 しかしさすがに、「動物をテーブルの上にあげるだなんて、なんて非常識なんだ」と思っているのかも知れない。だがミケは守護精霊なので動物ではない。よってテーブルの上にあげても問題ない、と思う。


「どうしたんだ、ミケ? どこか体が悪いのか?」


 もしかして体調不良? 守護精霊も風邪を引くのかな? そんなことを思っていると、ミケがハァ、と一つため息をついた。


「テオ、分かってやっているのかな?」


 半眼でこちらをにらむミケ。分かって? 何のこと?


「シャ、シャベッター!!」


 両親が声をそろえて叫びながらお互いに抱き合った。両親だけではない。その場にいた使用人たちも声をあげた。

 なるほどね。確かに冷静に考えるとミケはしゃべる猫だったわ。こりゃうっかり。そして大事なことを両親に言うのを忘れていたのを、今、思い出した。こりゃうっかり。


 ミケは「うっかり八兵衛もビックリだよ」とつぶやいていた。うっかり八兵衛ってだれだよ……。って言うか、「気がついていたなら早く言ってくれよ」とミケを問い詰めたら、「内緒にしているのかと思った」と反論してきた。どうやらお互いにホウレンソウが足りなかったらしい。これは反省しないとね。

 ホウレンソウの確認、ヨシ!

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