第3話 モンドリアーン子爵家の準神

「あの、一体俺は何になったんですかね?」


 恐る恐る尋ねた。黒い猫は三日月型に目を細めると、ニッコリと笑った、ように見えた。


「テオドールが何になったか、知りたい?」


 どうやらこの猫は俺の名前を知っているらしい。一体なぜ? だがそれよりも、俺が何になったのか知りたい。俺はうなずきを返した。


「それじゃ、ボクに名前を付けてよ。ボクは女の子だから、可愛い名前を付けてよね」


 やっぱりメスだったか。この声でオスだったらオネエ系を想像しなければならないところだった。名前ねぇ……そんなこと急に言われてもちょっと困るな。でも何で俺に名前を付けて欲しいのだろうか。まあいいや。


「それじゃ、「ミケ」とかはどうですかね?」


 別に三毛猫ではないが、ここで「クロ」などの安直な名前を付けたら、その鋭い爪で引っかかれそうなのでやめておいた。どうしてさっきから爪をなめているんですかね。


「ミケねえ……うん、いいよ、それで」


 どうやら及第点をもらえたようである。俺はホッとため息をついた。


「それで……俺は一体どうなったのですか?」


 再びミケの目が三日月のように細くなった。どうやら笑っているらしい。口角も上へとあがっている。何だろう。何だか嫌な予感がするのだが。


「そんなにかしこまらなくて良いからさ、普段通り話してよ。ボクは堅苦しいのが嫌いなんだ」


 ミケはそう言うと、俺の足下へと近づいてきた。どこからどう見てもただの黒い猫だ。ただし、会話ができるという点を除けば……であるが。

 そして俺の足に手を置くと、緑色に怪しく光る二つのキャッツアイがこちらを見つめた。


「ふむふむ、なるほどね」

「ミケ?」

「大丈夫、大丈夫。テオドールのステータスを読み取っただけだから。ねえ、テオドールって呼ぶのが大変だからさ、テオって呼んでも良いかな?」

「い、いいとも!」


 俺は二つ返事で答えた。まだミケが何者なのか分からない。機嫌を損ねない方がいいだろう。それにしてもステータスを読み取るって、一体どう言うことだろうか。もしかして個人の能力を読み取れることができるのか? スリーサイズとかも読み取れちゃう!?


「テオ、キミは……」

「キミは?」


 どうしたミケ。やけにもったいぶるな。こんなことはサラッと言ってもらった方が良いぞ。俺の胃腸のためにも。


「キミは準神になってるね」

「……はい?」


 思わず声が裏返った。何、準神って。言葉通りにとると、神様の一歩手前ってことになるんだけど……。


「テオは神様の一歩手前の種族になったってことだね」


 デスヨネ! 何ということでしょう。先ほどまでデブと豚を足し合わせたような人間だったものが、デブと豚を足し合わせたような準神に早変わり。何と言うか、そんなのありなの?


「ミケ、それって大丈夫なの?」


 そう言うとミケは、チッチッチッチ、と言いながら腕を振った。おそらく指を振ったつもりなのだろうが、どう見ても腕だった。突っ込まなかったけど。


「大丈夫。むしろ、予定通りだよ」

「予定通り?」


 どう言うことなのかサッパリ分からない。ミケとは一度、しっかりと話し合わなければいけないな。ミケ、一体何者なんだ。


「そう。予定通り。ところでさ、テオはボクが何者なのか分かるかい?」

「それが分かれば苦労はないんだけど……」


 考える素振りも見せずに答えた俺に対して、ミケは深いため息をついた。これはあごに手を当てて、考える振りをするべきだったな。


「ボクはね、テオの守護精霊だよ」

「な、なんだってー!」


 聞いたことがある。その昔、神に愛されし人の子を守護するために、神の使いとして精霊がそばに遣わされたと言う話を。だがそれはおとぎ話での話であり、実際に守護精霊を見た人はいないし、その存在を確認した人もいなかったはずだ。


 もちろん世の中には、「俺には守護精霊がついてるぜ、ウヘヘヘヘ」とか言って蛮行の限りを尽くすヤツもいたが、多くの場合はそれがウソであることが発覚し、「神に刃向かう反逆者」として非業の死を遂げていた。

 ……ヤバくない、それ? もしミケの言うことがウソだったら、俺も同じような運命をたどることになるだろう。ウヘヘヘヘって笑う練習をしておいた方がいい?


「何、その顔。もしかしてだけど、疑ってるんじゃないの?」

「いいいいいや、別に疑ってねーし! ビビってねーし!」


 ミケが半眼でこちらを見ている。バレてない、バレてない。でもどうすりゃいいんだ? 神様、ミケ様って、ひれ伏しておく?


「まあいいや。とりあえずよろしくね、テオ」


 どうやら怒ってはいないようである。フウ、脅かしやがって。


「こちらこそよろしく。ところでさ、何で急に俺の前に姿を現したの? 守護精霊なら、もっとずっと前から俺のことを見守ってくれていたんじゃないの?」


 おとぎ話によると、最初から主人公と守護精霊は仲良し小好しだったはずだ。途中から参戦したわけではなかったはず。「待たせたな!」とか言って、ピンチのときにさっそうと登場することもなかったはずである。


「チャンスだと思ったんだ」

「何のチャンス?」

「テオが人間をやめてくれるチャンスだよ」


 オイオイオイ、ミケはそんなに俺を新人類にしたかったのかよ。なるほど、ミケは俺が追い詰められるのを待っていたと言うわけか。なかなかにして意地が悪い。

 俺だって人間をやめないかと言われればいつだって――やめはしないか。うん、ミケが正しいのかも知れないな。冷静な状態だったら断っていたことだろう。まさかそれを見越していたのか。ミケ、恐ろしい子!


「どうして……?」

「それはだね、テオの体が保たなかったからだよ」

「なるほど、サッパリ分からん。俺に分かるように説明してくれ」

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