第6話


それからずっと無言で、僕の前を歩く彼。

あ、そういえば……

「あの……お名前、教えてくれませんか?」

出会ってから何分も経っているのに、名前を知らないことにすっかり気づかなかった。

「人に名前を聞くときはまず自分からって言うだろうが……まあいいや。俺は東。済藤東あずまだ」

ため息混じりにそう言った。

「あ、ごめんなさい、東さん。僕は朝倉民人っていいます。」

「朝倉……それ、本名なのか?」

立ち止まり、顎に手を当て、少し考えこんでから訊く。

なにか聞き覚えでもあったのだろうか?

「いや、記憶が戻るまでの仮名みたいなもんです」

東さんはそうかあ、と大きくうなづいた。

「東さん、そういえば心当たりって?」

僕がそう聞くと、彼は顔を前に戻して再び歩き始めた。

「裏天使がたくさんいる孤児院がある。そこに、そのネックレスと似たのを大事そうに持ってる女の子がいるよ」

胸元の石が、日光に当たってきらりと光った。

――僕とは直接関係ないから、人違いな気もするけど。

でも、裏天使の多い孤児院というなら望みは大きいだろう。

早めに帰れると良いけど……。



それから何分か歩いた後だ。

ここだよ、と東さんが家を指さした。

よくある、少し大きなこじゃれた家。

――これが、孤児院?

よく見ると、表札にしっかりと記されていた

「南西部……第三、児童養護施設?」

「南西部じゃ孤児院とは呼ばないんだ。児童養護施設。元々は個人の家だからこんな格好だけど」

すこし離れた島、というだけで随分変わるものだ。

同じ世界であって、同じ世界でないように感じる。

「ほら民人、さっさと押したらどうだ」

彼はインターホンを指差す。

僕は少し躊躇いながらも、恐る恐る、四角いボタンを押した。

ピンポーン……

何ともいえない、こもった音が聞こえた。


それからしばらくして、再びインターホンは音をたてた。

『はい……なにか、ごようですか?』

聞こえてきたのはすごく幼い声。

少し、ふるえていた。

でも驚いたのはこっちだ、まさか子供が出るだなんて。


「あ、その、えーと」

あたふたする僕を見てか、東さんはため息をもらした。


その間に、向こうにも変化はあったようだ。

『こら、勝手にお話しちゃだめ! ……すみません、どちら様ですか?』

駆けつけてくる足音とともに、そんな女性の声が聞こえてきた。

その声が聞こえると、東さんが割り込んで答える。

「俺だよ、東」

明らかに顔見知り然の名乗り方に、驚くと言うか……どうして僕にインターホンを押すように言ったのか。

女性は、まあ! と言って接続を切ったようだった。

直後、ドアが開く。

「久しぶりね、東くん…あら、お友達? 教えてくれたら、お茶くらい出したのに」


家から出てきた女性は、かわいらしさの中に気品もある、そんな女性だった。

「さっき会ったばっかりなんだ。悪いな、でもこいつもあんたに用があるって」

「あら」彼女は僕を見て笑った。「こんにちは。さあ、あがって頂戴。今すぐ紅茶出すから」

そう言ってそそくさと奥に戻っていった。


「ほら民人、さっさとあがろうぜ」

「あ、はい。……お邪魔しまーす……」

東さんの言われるがままに家にあがる。

広いけど、中身もふつうの家だった。

すこし、おもちゃが多いくらい。

三輪車が三台、ボールは五個。

靴はいろんなサイズのが、何足も下駄箱に並べられていた。

「そんなに急いじゃいないだろ? 折角知り合ったんだ、まずは話でもしようぜ。」

「あ……はい!」

東さんは一番奥の部屋に入っていったので、僕も後からついていった。

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