第5話
地図を探すには、とりあえず店を探さなきゃいけなかった。
とはいえ、そのような店も見当たらず。
「す……すみません、地図を売ってるお店ってどこにありますか?」
自力で探すのは無理だと悟り、思い切って、近くにいた黒髪の青年に声をかけてみた。
「ん……ああ、外からの人か」
僕の髪を見て少し顔をしかめたが、すぐに表情を元に戻した。
港の近くの人だから、裏天使なんて見慣れているんだろう。
「はい。用事があってきたんですけど、その、地図がないからお店すらわかんなくて……」
「用事があるのに地図も確認してねえのか?」
「うっ」
あまりにもまっとうな指摘に、なにも言い返せず言葉をつまらせる。
見かねた青年が、苦笑いしながら続ける。
「まあでも、外じゃ観光マップしか売ってねえだろうな。気の毒なこった」
そう言って、彼はけたけたと笑う。
その笑顔は、誰かに似ていると思った。
(誰だろう……大助でも千菜様でもない)
はっきりしなかったけれど、見ていて落ち着くことだけは確かだった。
「そういえば、何の用事できたんだ? 仕事か?」
「はい……あ、いえ。ちょっと私用で。実は、孤児院を探してるんです」
歯に衣着せぬ物言いはかえって信用できると思い、素直に相談してみることにした。
「孤児院……」
僕が孤児院、という言葉を口にした瞬間、彼から笑顔が消えた。
かわりにに彼の目に動揺が浮かぶ。
「何か、ご存知なんですか?」
「いや……つい最近まで、俺も孤児院を運営してたんだ」
つい、最近まで……か。
「そう、だったんですか」
彼の表情を伺う限り、これ以上彼について詮索するべきじゃないと思った。
「それで、孤児院に?」
「あっ……はい」
怪しまれていないだろうか? と彼の目を見ると、こちらをしばらく見つめてから、まばたきをする。
「ふうん。……それで、地図売ってる店を探してるんだったよな?」
しかし、とくに言い返すこともなく、話を進めたので、すこしほっとした。
「ああ……はい」
「俺はほかの孤児院の場所とか知らないから、店くらいしか案内できなくてごめんな」
そう言って、僕の前を歩き始めた。
「いえ、ありがとうございます」
後ろから慌ててついていく。
「ここから歩いて10分くらいのところにあるから。案内するから歩きながらまあ、いろいろ話そう」
「あ……はい、お願いします!」
彼は笑ってこちらを見る。
最初に会った人が、良い人でよかった。
「なあ、ちょっと聞いていいか」
「はい?」
「そのネックレス」
しばらくして、突然彼がそんなことを聞いてきた。
「え、これですか?」
彼が指差したのは、僕がいつも身につけている少し変わった形の、青い宝石の一個だけついたネックレス。
宝石とはいっても、高価なものではないようだから、彼がなぜこれを気にしたのかわからなかった。
「形見てるとペアのネックレスの片方みたいだけど……彼女とか?」
なるほど……。
そうかもしれない。
もう片方と組合わせて綺麗な形の宝石になる、ということか。
「いやいや……彼女はいないですよ。このネックレスだってどうして持ってるのかわからないし……」
覚えているいちばん古い日には、もう身につけていて。
なんだかとても大切なものの気がして……手放せなかった。
「わからない、かあ。形見とか?」
「うーん……僕、その。記憶喪失ってやつで……いまいち自分のことも知らないんです。身内もいないし」
彼と会話していてふしぎな気分になった。
記憶喪失だなんて、普段はまず話さない。
なのになんの躊躇いもなく言葉が出てきた。
名前も知らない赤の他人の、彼に。
「そっか。悪いこと聞いちゃったな、すまん」
「……いえ、僕も答えられなくてすみません」
「突っ込んだ話聞いていい? どうしてわざわざ南西部の孤児院に?」
そう聞かれてドキッとした。
やはり、彼は疑問に思っていたようで。
そりゃ、普通は南西部まで来ないよね。
わざわざここまで来て、特定の人捜し出ない理由がない。
いっそ聞いてしまうか? いや、でも。
彼は何かを探るように僕を見ている。
下手な嘘は……通用しそうにない。
「……迎えに行くって約束したんです」
彼は、やっぱり……そう呟いた。
「誰でもいいわけじゃないんだよな。だったら孤児院だって決まってくるはずだ。どうやって特定するつもりなんだ?」
「それは……見つかるまで、まわるつもりです」
「お前なあ……」彼はため息混じりに言った。「全部まわるって…一体何日かかると思ってるんだよ」
「うーん……1か月くらい、ですか?」
今度は盛大にため息をつく。
どんな神経だ、という声も聞こえた。
「心当たりがある。丁度俺も用事があるし、ついて来いよ」
彼は僕に背を向けて、先に歩いていった。
「あ……ありがとうございます!」
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