断
14歳だそうな。
私は程良く冷めた紅茶を喫すると、午後に待ち構える仕事のことを思い浮かべた。
王家の崩落から3年、我が国は新たな期待を胸に、自由を求めてQ派とF派に分裂した。しかし、絶対的権力者を失ったにもかかわらずQ派は権力をほしいままに、
次第に肥え太っていった。その足元には腐敗しきった政治と罪なき人々の骸だけが積み上げられているとも知らずに。
そんな中、F派はひとりの刺客にQ派の機密を持ち出させ、解体の一歩手前まで追い込んだという。今日の仕事はその子供の処刑を執り行うことだった。
弱冠にして、国を救った英雄だと民衆や新聞は囃し立てる。
恐怖政治によって抑圧された彼らにとってはこの上なき喜ばしいことなのだろうが
私は、人が一人これから死ぬのだと。不謹慎ではないかと新聞をたたんだ。
よれたコートをはおり代金を支払うと咎人の引き渡し場所へと向かう。
私の家系は代々死刑執行人を務めている。今は亡き王家に仕えていた頃は
公正な裁判が行われ、罰するべきを罰し、生かすべきを生かした。
しかし今や裁判所すら機能しておらず、Q派に都合のいい者だけが生かされ
罪なき人々の首をはねる地獄のような毎日が続いた。
年老いた老人、結婚間近の恋人、まだ年端もいかない子供、仕えていた王族さえも
私は殺めてしまったのだ。
約束の時間になると1台の馬車がやってきた。引き渡し人は、少々乱暴に咎人を馬車から下ろすと、そこには汚れた布を身に纏うそれは美しい顔立ちの少女が後ろ手に縛られよろめきながら地面に着地した。
私は、こんなにも可憐で幼い少女が利用され、死んでゆくことに憤り、心底嘆いた。
この国はいつの間に、ここまで狂ってしまったのだろう。
「それでは、後は頼みましたぞ。」
そう言い残し、引き渡し人は馬車に乗り颯爽と去っていった。
そこには私と、馭者と、少女だけが取り残された。
少女は抵抗の色すら見せず、木製の古臭い荷馬車に軽い足取りで乗り上げると、優雅に腰を下ろし、言った。
「アナタが私を殺すの。」
どきりとした。死を目前にした人間の言葉とは思えない。大抵は死を恐れ、暴れたり、懇願する。けれど彼女はまるで死を受け入れ、死とともに生きている気配がした。
「…。えぇ。」
彼女の意図が掴めず、帽子を深く被る。
荷馬車に掛けた足に力を入れて踏み込むと、大きく軋んだ。
「そう。よろしくね。」
馬車が揺れ始める。今まで幾人もの咎人を
見てきたが、彼女まで穏やかなのは初めてだ。私は彼女の心中を探るように問うた。
「君は、死ぬことが恐くないのか。」
「ヒトはいつ死ぬかなんて誰もわからない。
たまたま死ぬのが今日なだけよ。」
どこまでも遠くを見つめ、悟りきった言葉を呟く。すると、
「後悔したことなんてない。私は自分の行いに誇りをもっているわ。私は正しいこと
をしたって。」
「アナタは。アナタは自分のことをどう思うの。」
突然の問いかけに何も言えなかった。
数刻の沈黙の後咄嗟に開いた口からは、彼女とは正反対の言葉が溢れた。
「私は穢らわしいと罵られます。自分でさえそう思います。代々受け継いだこの仕事 を忌まわしい呪いなのではないかと錯覚してしまうのです。
私は罪なき人の首をはねすぎました。
私はもう、どうしたらよいかわからないのです。」
これから処刑する相手に一体何を懺悔しているのだろう。そう思うとも、気づいたら全てを吐露していた。
「優しいのね。でもアナタは、自分に誇りを持つべきよ。穢らわしくなんかないわ。その手で罪人を裁き、この国を守ってきたのでしょう。」
「それに比べて、私たちはただ思想が違うだけで、対立し攻撃し合っている。
なんて悲しくて、愚かしいのかしら。さっき後悔はしてないといったけれど
私が殺めたQ派の人間にも愛する人や家族がいた。きっとそれを壊したから、
私は死ぬの。」
彼女は私を慰めたかと思うと、自らの行いを
嘲笑した。
あぁ、私が処刑しようとしているこの少女は私たちが本当に求めている平和と自由を知っているのかもしれない。
どうしてこんなにも優しく賢い少女が
死ななければならないのか。
馬車が止まった。広場に到着したようで
彼女は先程と同じような足取りで馬車を飛び降りた。
彼女はこちらに近づいてくると、突然私の胸に飛び込んだ。私はあまりの驚きに、手を所在なさげに振り回す。すると彼女は胸に顔を埋めたまま言った。
「ねぇ。処刑人さん。私の穢れた血は、雨が清く洗い流してくれるでしょう。」
その表情は見えないが、また自分自身のことを嘲笑しているのだろう。
そんなことない。そんなことない。
何故そんなにも悲しいことを言うのだろうか。
「貴女は穢れてなどいません。貴女は美しい。」
死にゆく彼女に何もしてあげられない。けれど、これだけは言いたかった。
彼女は顔を上げ、少し目を見開くと
「ありがとう。」
微かに笑い、二度と振り返らなかった。
彼女は死刑執行の助手たちに両脇を抱えられ目隠しを施されると、断頭台に首を据える。
今まで幾度もふるってきた剣が渡されると
せめて、痛みだけは与えないように。
振り上げた剣を彼女の首めがけて振り下ろした。
民衆の叫ぶ声が遠くに聞こえる。
彼女の生首が晒されるのを虚ろな瞳で見つめ
右手で双眸を覆うと、堰を切ったように涙が溢れだす。
私の中で何かが音を立てて崩れた。引き裂かれるような胸の痛みだった。
「すまない…。すまない…。」
「私は自分に誇りをもてそうにない。」
降り始めた雨は血と涙さえも洗い流す。
雨よ、私はお前が憎い。
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