領主



【冒険者ギルド・コール支部】1F受付


ジョエル支部長が行方不明とされてから1週間が過ぎようとしていた頃、いつも通りとは言い切れない雰囲気の中で、ジョエル支部長の娘であるエリーは動揺を隠しながら勤務していた。

しかし身内が、しかも冒険者ギルドの支部長を務める父親が行方不明とあってはいくら動揺を隠そうと思っていても隠しきれるものではなかった。


このコール支部で登録している冒険者達に余計な心配を掛けさせないため、ギルド職員達はその事実を隠し通常通りに運営を行っていたが、そこはさすが冒険者達といったところなのか、詳しいことは分からずとも受付やギルド職員達の緊張した雰囲気から何かを察していた。


そんな中、一人の女性冒険者がエリーのいる受付へ足を向けた。


「エリー姉、クエストの報告に来たよ」


「…え?あぁマキナか…クエストの報告ね…じゃあ報告書をもらえるかしら?」


「はいこれ…エリー姉、最近様子おかしいよ?ちゃんと寝てる?」


「だ、大丈夫よ?ちゃんと睡眠も取ってるし食事も取ってるわよ」


エリーはマキナから報告書を受け取ると慣れた手つきで受領作業をこなす。

しかしマキナは納得していない様子だ。


エリーの様子が今のようにおかしくなったのはジョエル支部長が行方不明になる前からだった。

原因はこの興行街コールを治める領主、ロドリゲス・トールキンに目を付けられたのが原因だった。


事の発端はジョエル支部長が行方不明になる1週間程前に遡る。


久々の休暇で商店街を歩いていたエリーは花を見ていた。

エリーとマキナにとっての共通の幼馴染みであるルシオが失踪、いや、『神隠し』にあってからあと数週間で1年を迎えようとしていた。

この街では『神隠し』イコール死亡扱いとされているため、『神隠し』認定されて1年経った日を一周忌と捉えられている。

エリーもマキナもルシオの生存を疑っているわけではない。

マキナ自身は諦めるつもりは全く無く、自ら冒険者となってルシオを捜索し続けているほどだ。

エリーも諦めているわけではないが、それでも習わしとして『神隠し共同墓地』に供えるための花を見繕っていたところだった。


「おい、そこの娘」


不快で耳障りな声が聞こえた。

その時エリーの周りには女性がいなかったため、エリーは自分に向けられた声のようだと察しそちらに顔を向ける。

そこにいたのは嫌悪感溢れる下卑た笑みを浮かべるこの街の領主、ロドリゲス・トールキンが立っていた。


ロドリゲスの容姿はハッキリ言って見るに耐えないものである。

分かりやすく例えるなら顔はゴブリン、体型はオークのように肥え太っており上背がある為尚のこと醜悪であった。

ゴテゴテとした成金趣味のスーツはロドリゲスの贅肉により今にもはち切れんばかりに食い込んでいる。

そして極め付けは脂汗とロドリゲス自身の体臭が混じりあった酷い悪臭である。


一瞬眉をひそめたエリーであったが、日々、冒険者達を相手取っているエリーもプロである。

内心では嫌悪感でいっぱいであったが、それを顔に出すこと無くロドリゲスに接した。


「領主ロドリゲス様とお見受けいたします。私ごとき一般市民に何か御用でしょうか?」


「ふぅむ、気に入った。娘よ、私の妾になれ」


「お断りいたします」


即答であった。

まさか断られるとは思っていなかったロドリゲスは唖然としていた。

そこに畳み掛けるようにエリーは続ける。


「私はこれでも冒険者ギルドに身を置く受付嬢をしております。そして私の父は冒険者ギルド支部の支部長を務めている…と、ここまで言えば私がお断りした理由も聡明な領主様であればお分かりいただけたかと思いますが…」


ここまで言えば余程の無能者でない限り、エリーを諦めるのが正解である。

というのも、冒険者ギルドという組織は世界中に支部を持っており、各国に対して絶対的な中立の立場を取っている。

その冒険者ギルド相手に一方的に圧力をかけたり政治的に囲おうとした国の末路は例に漏れず亡国と化した。

しかし筋道を立てた上で冒険者ギルドに依頼として協力要請をするのであれば冒険者ギルドも各国に協力しているという事もあり、世界中から重要視されているのが冒険者ギルドという組織なのである。

冒険者ギルドは理不尽に対して強硬姿勢を貫く組織ではあるが、依頼として正式な手順を踏んでいれば協力的な組織というのが世界各国の共通認識である。


ここでロドリゲスが強硬策に出ることは冒険者ギルドに喧嘩を売るのと同義である。

それを理解したロドリゲスは舌打ちをした。


「ちっ…この私に恥をかかせおって…娘よ、覚えておくがいい…」


そう言い捨てると、ロドリゲスは待機させていた馬車に乗り込み領主館へと戻って行った。


「ふぅ…」


エリーはため息をひとつ吐く。

様子を見ていた周りの住人達に心配されながらも気丈に振る舞うエリー。

帰宅したその夜、昼間の出来事を帰ってきたジョエルにも報告すると、ジョエルは憤慨していた。

とりあえず何事も無かったため落ち着くように説得したエリーだったが、その二日後にジョエルは領主館に抗議しに行ったようだった。



そしてジョエルが抗議に行った三日後の朝…



ジョエルを起こすために寝室に訪れたエリーが見たのは、もぬけの殻のベッドであった…


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