巣立ちの時



sideダリア


「ツブシテクル…」


今まで訓練してきた中では感じたことのないほどの殺気がマクスから発されている。

我と戦う中で幾度か殺気を向けられたことはあったが、ここまで濃密な殺気を放つのはマクス自身も初めてなのではなかろうか?

常人どころか、ここ、【シャドウケイブ】の上層に棲む魔物でもこの殺気だけで意識を手放すだろうほどの殺気だ。


(いかんな…完全にキレておる…)


そう思うと同時にまだまだ若いなとも思う。


「マクスよ、まぁ少しは落ち着くのだ」


「………」


我を無視して外へ出るマクス。

それを追いかけ廊下に出る。

マクスに追いついた我は改めてマクスを止めようと肩を掴み歩みを無理矢理止めた。


「邪魔するのか…ダリア…」


「そんな状態でお前を外に出すわけにはいかんな」


我は思った。

人間共の価値観なぞ知ったことではないが、今も昔もこれは変わらんだろう。


人は衣服を身に纏うものだ。


自身を良く見せるため、または身を守るため、様々な理由があるだろう。

今のマクスの服装は、服装と言えるのか?と言うほどにボロボロになっている。

理由は度重なる我との戦闘訓練によるものだ。

むしろ付与効果もされていない衣服がここまで原型を残していることの方が驚愕ではあるが、その辺りはマクス自身の実力という事にしておこうと思う。

しかしこれで外を出歩いたとしたら、側から見ただけでは盗賊にでも襲われたのかと思うほどには生地も破れており大きな穴も開いている。


そんな状態で外を歩かせるわけにはいくまいと思った我はこういった理由でマクスを引き止めたのだが…


おかしいな…

マクスからの視線がまるで邪魔をするなら排除してやるくらいの憎悪に満ちた視線になっている…


ふむ…


あ、そういう事か。

こやつ勘違いをしておるのだな?

おそらく我が止めようとしている理由とマクスが考えている事は大きく食い違っている。


我が止めようとしている理由は先に述べた事柄が理由ではあるが、マクスはおそらく、我がマクスの復讐と呼べるのかどうかは知らぬが行動自体を止めようとしていると思っているのだろう。


マクスがしようとしている事に関しては別に止める気など無い。

むしろいいぞもっとやれと言いたいところだ。

ジョエルの話を聞く分には些か我も腹が立った。

仮にマクスが危険に晒されたとしたら我も自分を抑えておける自信は無いからな。

それくらい我にとってのマクスは愛着もあるし大事な友人であり愛すべき弟子である。

だからマクスの邪魔をするつもりは欠片も無い。


そう思ってはいるものの、今のマクスの精神状態では聞く耳を持たぬだろうな。


だって…


「邪魔をするなら…お前でも倒して行く…」


これだもの…

なかなかに心地良い殺気を叩きつけてくるマクス。

これはどうやら力づくでも話を聞かせる必要があるようだ。

どうしてこんなにも視野が狭いのだろうか?


まったくまったく…


「いいから…我の話を聞かんかこのアホ弟子がぁ!!」


ちょうど我の大部屋の扉前に差し掛かった頃、話を聞く気の無い様子のマクスを思いっきり殴ってやった。

我の右ストレートは綺麗にマクスの左頬にクリーンヒットし、扉を破壊しながらマクスは大部屋の中へと吹っ飛んでいった。


「誰が誰を倒すだと?自惚れも大概にするのだな…」


「ぐぅっ…」


結構本気で打ち込んだつもりではあったが、マクスは殴られた際に口を切ったのかそれを拭うだけのダメージしか無いようだった。

もっとも肉体強化は常に絶やすなと教えてきたことを守っているだけであろうが、今の一撃を耐えるほどにはマクスも成長したようだ。

常人ならば拳圧だけでも骨すら残さぬ我の攻撃をあの程度のダメージで済んでいる。

修行の成果は間違いなく出ているようだ。


我、感動


正確なLVや数値は分からぬが、今のマクスの実力は『至龍』にも届くかもしれない。

至龍とは我のように『真龍』から存在の格が進化した龍の総称だ。

別称としては『古龍』とも言うが、我等龍族としては『至龍』と呼ぶのが一般的だ。

『至龍』に至った龍は我を含めても数体しか存在していない。

その上の存在は『神龍』と呼ばれる。

序列化するならば、上から順に『神龍』、『至龍』、『真龍』、『龍』、『成竜』、『竜』といったところだな。


つまり我は龍族の中では上から2番目の位に位置するとっても偉くて強い龍なのだ。

そして我の基準ではあるが、今のマクスの実力は『真龍』と『至龍』の間といったところだろう。

『至龍』クラスに手が掛かりそうな人間というのも規格外にも程はあるが、それはさておき、まずはマクスを諌めねばならんな。


「我は別に行くなとは言っておらんだろう。少し落ち着けと言っただけだ」


「……」


ふむ。

少しは話を聞く気になったようだな…


「何か勘違いをしているようだからはっきり言っておこう。マクスよ、お前はこれから地上に戻りその最低な領主を潰すつもりなのだろう?」


「あぁ…そうだよ…」


「我はその事を止めるつもりも咎めるつもりもさらさら無い。そもそも人間の事自体興味が無い」


「じゃあなんだよ…」


「いいかマクス。お前は我の弟子と言っても良い人間だ。弟子を送り出すのにそのような無様な格好のままで送り出す訳にはいかん」


「……は?」


コイツ何言ってるんだ?といった顔だな。

まぁいい。

とにかく弟子がこんなボロボロな服装で外に出て行ったら、師である我の評判が悪くなってしまうからな。

我はこれでも身なりには気をつけている繊細な感性を持つ龍なのだ。


龍たるもの、荘厳にして優美であれ。


これが我の座右の銘だ。

我の弟子である以上はしっかり身嗜みを整えてもらうぞ!


「そう身構えずとも良い。ほれ」


我が指をパチンと鳴らすとマクスの着ている衣服が瞬時に変わる。


「これは…」


「師としての我からの贈り物だ。ふむふむ…見込んだ通りよく似合っているな」


我、大満足


いずれここから旅立つ弟子のマクスのために以前から用意していた我のコーディネートした実用性のある装備一式である。

膝裏丈まである艶のある漆黒のロングコートと同色のレザーパンツに実用性を備えたブーツ、対物理、対魔法効果の高い素材を用いた黒いインナー、魔力との親和性の高い金属糸を織り込んだ黒に近い灰色の指抜きのグローブを身に付けたマクスの姿は自作した我が見てもなかなかに見映えのある装備である。


「素材は我が脱皮した時の龍皮や抜けた牙や鱗を使った物だ」


「それは…まぁありがたいけど…なんかいろんな意味で重い…」


「なんだと!?」


失礼な奴め!

我がせっかくマクスのために用意したというのにまさか文句を言われるとは思わなんだ。


まぁそれはいい。

とりあえず我の矜持はこれで保たれるので良しとしようか。


「待たせたな。では行って良いぞ」


「まさか本当にこれが理由で止めてたのか…?」


「そうだが?」


「………」


何かおかしなことでもあるのだろうか?

我が首を傾げているとマクスが呆気にとられた顔をしていた。


「ほら急ぐのだろう?ジョエルを連れて早く行くがいい」


状況を聞くに、地上の出来事は急を要する案件だ。

ここでのんびりしている時間はマクスにはないはずだと思った我は出発するように促した。

我の言葉を受けたマクスが出口に向かって歩き出すが、出口に到達するとこちらに向き直った。


「ダリア…」


「なんだ?」


「色々と世話になった…ありがとう。キツかったのは間違いないけど、ダリアは俺にとっては最高の師匠だった…」


「んなっ…!?」


な、なんだ急に!?

マクスの不意打ちとも呼べる感謝の言葉に我が狼狽えていると、その様子を見てマクスは笑う。


「師匠でも狼狽えたりするんだな」


「や、やかましい!!さっさと行け!!」


「あぁ…じゃあ行ってくる」


近くまで来ていたらしいジョエルを廊下で担ぎ上げ、そのまま上層に向かう階段を昇っていったマクスの背を見送った我は、壊れた扉を魔法で直し、ずっと横たわっていた自身の定位置に立つ。


「またいつでも戻ってこい…バカ弟子…」


天井を仰ぎ見た我の頬を雫が伝う。

これが何なのかは分からぬが、悪い気分ではない。



「頑張れよ…マクス…」



本来の龍の姿に戻った我はそのまま横たわり、バカ弟子の無事を祈りながらまた深い眠りにつくのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る