ヒトノヨク
「うぅ……ここ…は…」
「気がつきましたかジョエルさん」
まだはっきりとはしていない様子だったがジョエルさんは意識を取り戻した。
激しく既視感を覚えるというよりも、先程全くと言っていいほど同じやりとりをしたことに苦笑を浮かべる俺だったが、ジョエルさんはまだ気づいたばかりで少し放心状態だった。
少ししてジョエルさんは自分が何を見たのかを思い出したらしくキョロキョロと周囲を見渡し安堵する…
その様子を見た俺は不思議に思い尋ねる。
「どうかしましたか?」
「あぁいや…少し悪い夢を見ていたようでね…あの美しいダリアさんが変身して巨大な恐ろしい漆黒の龍に変化するという夢をね…」
いや…それ…
紛れも無い事実ですよジョエルさん…
しかしどうしても信じられない、というよりは信じたくないといった様子で「まいったまいった」と笑いながら頭をかく仕草で誤魔化すジョエルさんの視界に部屋の片隅で蹲る一人の女性が映る。
誰あろうダリアだった。
ジョエルさんが気が付いた事が分かったダリアはゆっくりとこちらに歩き、俺の横に立ち並ぶとジョエルさんにもじもじしながら頭を下げた。
「その…なんだ…驚かせてしまったようですまなかった…」
「ん?ダリアさん、それはどういう…」
「なんというか、マクス以外の人間がここに訪れたことなど、ここ何百年も無かったために我もついはしゃいでしまっていたようだ…本当にすまなかった…」
「それはつまり…私がさっき見た漆黒の巨龍は…」
「我だ」
ダリアの謝罪と独白を聞き終えたジョエルさんの反応が無い…
「ジョ、ジョエルさん…?」
心配になった軽く肩をポンと叩くと、ジョエルさんは何の抵抗もなくそのまま倒れ込んだ。
返事が無い。
また気絶してしまったようだ…
「もう…どうしたらいいんだ!?」
思わず口をついた言葉だったのだが
「我にどうしろというのだ!?」
ダリアも涙目になりながら叫んだ…
しばらくして…
再びジョエルさんが意識を取り戻す。
なお、先程の事は事故だった、仕方のない事だったという事にして(どうしたらいいのか分からなかったため問題を考えない事にした)、改めてジョエルさんがここに落とされた経緯を聞く事にした。
「それで、ジョエルさんは何でまたここに落とされたんです?たしか冒険者ギルド長だったと記憶してますが…」
こうして話している分には情緒不安定なおっさんといった印象しか受けないが、実際のところ、このジョエルさんは興行街コールにある冒険者ギルド、コール支部のギルド長を務めている重役だったはずだ。
あの街にとっても貴重な御意見番のはずの彼が『神隠し』でここに落とされる理由が見当たらないのだ。
というのも、『神隠し』というのは興行街コールにある有名な失踪事件だ。
曰く、腹を空かせて長年の眠りから覚めた【シャドウケイブ】の主の【暗黒龍】が闇に紛れて人を攫う。
曰く、寝静まった真夜中に無意識の状態で独りで何処かに消えてしまう等…
色々な説が飛び交ってはいるが、実際のところは人の手による犯行だ。
何故そんな事を俺が言い切れるのかといえば、俺自身が人の手によって『神隠し』されたからだ。
さらに言えば前述の二つの説も説明がつく。
まず闇に紛れて【暗黒龍】が人を攫うというのは、その【暗黒龍】本人であるダリアが全否定したためだ。
ダリアはこの【シャドウケイブ】最深層に住み着いて以来、一度たりとも外に出たことがなく、おまけに食事を必要としない。
人間を攫うメリットが全く無いためにこの説は崩れ去る。
続いて無意識で何処かに消えるという説であるが、俺はここに落とされる前日に翌日の約束を幼馴染としていたために、その約束を投げ打ってまで失踪する理由が無い。
仮に無意識で何処かに行ったとしても気が付いた時に街に帰ればいいだけの話なのでこの説も崩れる。
結論として、というよりは実体験ではあるが、『神隠し』とは俺やジョエルさんの身に起きた状況を鑑みるに、人の手が加わっているのは明らかだ。
誰が好き好んで自らを拘束して麻袋に入り、底の見えない大穴に飛び込むというのか…
『神隠し』に選ばれる基準を俺は何となくだが察している。
それはあの街にとってその住人が有益であるか無益であるかだ…
今でこそ反則的なスキル【スキル創造】を手にした俺ではあるが、その前の【スキル】と言えば全くこれっぽっちも有用性の無い死にスキル【スキル想像】というものだった。
簡単に言ってしまえばこの【スキル想像】は自分の脳内で想像したスキルをストックするしか出来ないスキルで、実際に自分自身には発現する事がないという本当にどうしようもないスキルだった。
それがある日、世間に露見してしまう出来事があり、それから俺は【無能】、【役立たず】、【タダ飯食い】などと蔑まれて生きてきた。
そうして終いにはあの街にとって【無益】と判断された俺はここに落とされる事となったのだ。
ともあれ、そんな俺とは違い、ジョエルさんは重要な役割を担うあの街にとって【有益】な人間だ。
ここに落とされる理由が検討もつかない。
俺の問いかけにジョエルさんは思い当たるところがあったのか黙考したあとに呟いた。
「トールキン…」
「トールキンってたしかコールの領主の?」
「あぁそうだ…おそらく奴が部下に指示して私を攫い『神隠し』としてここへ落としたのだろう…」
苦虫を噛み潰したような表情で悔しそうにしているジョエルさんを見て、俺はその心当たりを聞いてみた。
「その理由って何なんですか?」
「奴め…自分の望みが叶わないと思い、最大の障害であった私を葬ろうとしたのだろう…トールキンは私に娘を差し出せと言ってきたのだよ…」
その時のことを思い出したのか、ジョエルさんは握り拳を作り地面を力一杯殴った。
「トールキンは表向きは街の発展に尽力しているように見せかけてはいるが、実際のところ、政務の処理を行っているのは国から派遣されて来ている文官達によるものだ。奴は文官達を金で囲い込み、その手柄をあたかも自分の業績であるように国に報告しているのだ」
俺が黙って頷いて話を聞いていると、ジョエルさんはさらに告げる。
「奴の行動と統治の現状に疑問を覚えた私は領主館に密偵を放った。最初の段階で奴の汚職は突き止めたのだが、ある日を境にその密偵と連絡が途絶えてしまったのだ…油断を誘うために女性の密偵を選んだのが仇となった…」
彼女には本当にすまないことをしてしまった…と力無く項垂れる。
「……何があったんです?」
「だいぶ後になって知り得た事だが…殺されていたのだよ…無残に性的な暴行を加えられ、遺体はあられのない姿で廃棄物処理場にあった麻袋の中から見つかった…」
吐き気がした…
それが人間の所業なのかと…
その後のジョエルさんの情報開示で俺はさらに怒りを覚える事となる…
「後の調べで奴の悍(おぞ)ましき実態が分かった…奴は気に入った女性を脅迫や金銭授受、配偶者の排除などあらゆる手を使ってでも手に入れ囲い込み、言葉は悪いがその女性に飽きたら残虐に殺害した上でゴミのように捨てる事に愉悦を覚える悪魔だったのだ」
「つまり…ジョエルさんの娘を差し出せって事は…」
「そうだ…私の娘のエリーが奴の次の標的にされてしまったのだ…」
エリー姉を…どうするって…?
話を聞き終えた俺は今までにない激情を抑えることが出来ず、自分から漏れ出す殺気を抑えられなかった。
「ダリア…」
「な、なんだ?」
今まで俺から感じた事のなかった濃密な殺気を感じ取ったらしいダリアが困惑気味に聞き返す。
「すまん…ちょっと領主を…」
殺意に駆られた俺は自分でも信じられない言葉を口にした…
「ツブシテクル…」
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