第44話 たった一人にとっての英雄

 俺はただひたすら駆けていた。


 カエデ隊長を横抱きして戦場を走り抜けている。


 先刻のマモンの行動によって死にかけた隊長をギリギリ助けたという事だ。


 俺はまだ眼を使っているため周りの空間は止まっているように見えている。


 「クソッ!馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、こんなにとは思わなかった。」


 マモンの奴、とんでもない自己中だ。何が英雄だ聞いてあきれる。


 俺は一旦牛鬼から距離を取ってどうするべきか思案する。


 カエデ隊長を衛生兵たちに見せるのは先決だ。


 だが、その後はどうする?


 言ってしまえば、騎士団の一部隊が使い物にならなくなった。

 そんな不十分な戦力で倒せるものじゃない。


 だが、一部隊欠損で向かわせるわけにもいかない。


 どうするか…。


 「カツミ殿…。」


 そうだな、考えるより先に隊長を連れていくべきだ。


 「カツミ殿……まさか、獣人だったとは…。」


 「へ?」


 今なんつったこの人?


 「カツミ殿のその目からしてバステト系の獣人か?」


 「いや、違いますけど?」


 バステトっていうと、猫系の獣人か?


 あー、赤猫眼は眼が猫っぽくなるもんな。


 「俺は正真正銘の人間だ。俺の眼は一応特殊なんで。」


 「そう…か、早とちりしてしまったな。すまなかった。」


 「グルアアアアアアアアア」


 しまった!カエデ隊長とのやり取りに気を取られて近づいているのに気付かなかった。


 というか、赤猫眼を使っても普通に動いてるように見えるのかよ。


 「カツミ殿、私を置いて逃げるんだ。皮肉じゃないがこんな私でも君を逃がすための盾くらいにはなれる。」


 「誰がそんなの許すか!そんな生き残り方しても後味悪いだけだ!」


 俺の腕の中でジタバタするカエデ隊長の動きを封じる様に腕に力を込める。


 どうにかして、足止めを…。


 そうだ!


 「開門、第一獄門、『沈め貴様の業を、死した魂を背負いて』黒き死者の腕ブラック・アンデットアンク!」


 直後、地面から出現した数々の黒き腕アンデットアンクが牛鬼の足をとる。


 「今だ!」


 俺は、衛生兵たちの下へ全力疾走する。


 そのころ、牛鬼の足元を攻撃していた騎士たちは、目の前に謎の腕が現れ、緊急事態として一時撤退となっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 急いで救護班のところに戻った俺は、すぐにシルの下に行く。


 「あ、克己。って、どうしたの、その腕!?」


 「そんなことより今手は空いてるか?」


 「もしかして、また使ったの?あんまり無茶しないでよ。」


 そう言って、シルは俺を治癒しようとするが俺は拒否する。


 「俺より、隊長を優先してくれ。最悪俺の腕は斬ればいい。」


 「そんなこと言ったって…。」


 「隊長は奴の砲撃で全身、特に足にかなりの損傷を負ってる。体を斬って再生を施すやり方はあんまり他人にはやらせたくない。」


 「分かったよ、そこまで言うなら。でも、克己もすぐに治すからそこで待ってて。」


 流石の俺もこんな腕じゃまともに剣が振れないのでシルの言葉に従う。


 今更だが俺の腕は斬ってからじゃないと再生ができない。


 カエデ隊長の傷は俺と違い、損傷している。だから、体を斬らずに再生(修復)が出来る。


 しかし、俺の場合。損傷というより腐食に近く、形そのものは変化していないので再生が出来ないのだ。


 再生術とは、回復ではなく形を元に戻すスキルという認識の方が正しいだろう。


 だから、俺は切断という方法で腕の形を変え、再生するという荒々しいやり方をしているのだ。


 「あんたここで何してんの?」


 俺がシルの治療を待っていると、不意に声を掛けられる。


 話しかけてきたのはルナだ。


 「治療待ちだよ。」


 「ふんっ、人をいじめてるからそんな目に遭うのよ。」


 「だから、何もしてないんだって。」


 「嘘よ。そうじゃなきゃハルドがあんなに怯える事無いもの。」


 それもそうなんだよなあ。


 事実俺はこの世界に来て触れ合った人間は、学園の奴らと数えるほどしかいない。


 故にハルドという人間も知らない。過去に何か因縁があるわけでもないんだよなあ。


 「あなたとカツミ殿がどのような関係か存じ得ないが、私から見てカツミ殿はそんなことをする人には見えないぞ。」


 俺が悩んでいると、思わぬところから助け船が入る。


 「……どういう意味よ。」


 「私は実際に彼に助けられた。騎士団の全員が私を見捨てても、カツミ殿は来てくれた。危険を顧みずに私を助けるくらいのことを出来る人が、人をいじめるなどという愚行に走るとはどうしても思えないのだ。」


 「でも実際にハルドは怯えていて…。」


 「いじめの現場を見たのか?」


 「いえ…。でも、ハルドがあいつの目の前でうずくまってたわ。それが何よりの証拠よ。」


 「では、その本人に聞いたのか?いじめられていると」


 「いや、それは…。」


 どうやら言われてないみたいだ。確かに、ハルドは俺に怯えてこそいたものの俺にいじめられているとは言ってなかった。


 怒らせたら殺されるとは言ってたけど…。


 「自分の正義だけで人を責めないことだ。カツミ殿は君にとっての悪でも、私にとってはたった一人だけの英雄だったんだから。」


 「そ…その…。」


 「では、私は本隊に戻る。再度作戦を組みなおすためにな。」


 そう言うと、カエデ隊長は本隊の作戦会議に参加するために去っていった。


 「あの…。」


 カエデ隊長が去った後、ルナがおずおずと話しかけてきた。


 「別に気にしてないよ。大事なんでしょ、ハルドって奴が。」


 「はい…。」


 やっぱりな。あそこまで露骨なら彼女も隠す気が無いんだろう。


 「その気持ちわかるよ。だからさ、失って後悔する前に動けたらいいんじゃない。」


 「その……ごめんなさい…。」


 気にしてないってのに…。


 「いいよ。さっきも言ったけど気にしてないから。」


 「あのお詫びと言っては何ですが、その腕を治させてもらっても?」


 「いいよ。あと、その喋り方やめて。気持ち悪いわ。」


 「なっ……分かったわよ…。これでいい?」


 おお。本当に治ってる。もしかして彼女は…。


 「もしかして、君のスキルって…。」


 「はい、回復術です。」


 ここに真の回復術師がいた。


 「克己お待たせ―。あれ?腕が治ってる。誰にやってもらったの?」


 「ここにいるルナって人がやってくれた。」


 「本当に?ルナさんありがとうございます。」


 「い、いえ、こちらこそ失礼なことをして…。」


 シルが「そんなことないってー」とか言いながら楽しそうに喋ってる。


 そして何かを思い出したように「そういえば…」とルナが俺に質問する。


 「牛鬼の動きが謎の腕によって妨害されてるらしいのよ。何か知らない?」


 「あー、それ俺のスキルだよ。」


 「え?」


 まあ、驚くよな。あんな災害級の魔獣を相手に妨害しうるだけのスキルを持っているんだから。


 現在、牛鬼の侵攻で街が見るも無残な光景になっている。復興が大変そうだ。


 「俺のスキルの一つなんだけど、見た通り効果はでかいんだけどその代わりに代償が伴うんだ。さっきの腕とかがそう。」


 「へー、他にはどんなのがあるの?シルさんとの関係は?」


 そんな感じで俺たちは作戦の再構成の終了である日暮れまで談笑していた。

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