第25話 偵察

 「戻ってこない。」


 実習が始まってから三時間経つが一向に戻ってこない四人の生徒に担任であるハーヴェストは少し焦っていた。


 初めての実習など皆小一時間程度で切り上げてくる。

 経験が無く怖いからというより、集中力が続かないのが、大半の原因である。


 稀に二時間取り組んでいる人も現れるが、数えるほどだ。三時間も戻ってこないのは死亡も念頭に入れなければいけない程に長い時間だ。


 (ここはひとまず生徒たちを学園に帰らせ、その時に四人の生徒が行方不明と報告すべきか?)


 そろそろ動くべきかハーヴェストが思案していると、一人の生徒が声をあげる。


 「あ、エレナ。克己が戻ってきたよ。」


――――――――――――――


 「遅いよー、カツミ。」


 俺がクラスの集団に戻るとエレナとシルが出迎えてくれた。


 「ところで克己。」


 「どうした、シル?」


 「そこの二人の女の子は誰?」


 そうシルが真顔で聞いてくる。


 なんだろう。周りの温度が一気に下がった気がする。


 「この二人は遅くなった原因でもあって、なんて説明すべきか…。」


 別に隠すこともないので全部話した。


 賊に襲われそうになってたこと、俺が助けに入ったこと、時間も時間だし一緒に帰ってきたこと。


 俺の説明でシルは納得してくれたみたいだ。


 だが、エレナは俺の腕に抱き着いて見せつける様に言い放った。


 「カツミは私たちの旦那さんだよ。他の誰のでもない、私とシルのなの。」


 やめてくれエレナ、女子たちからの驚愕の視線と男子たちからの殺気が凄い。


 そんな考えとは裏腹にエレナは続ける。


 「カツミが帰ってこない間に知っちゃったの、女子人気が高いことを。」


 「お、おう。それがなんだ?」


 「私、怖いの。カツミがどこかに行っちゃう気がして。」


 エレナは不安そうにそう言った。


 こんなに可愛い妻を俺が放っておくとでも?

 答えは否だ。


 「どこにも行かないから。大丈夫だよ。」


 「んんっ。」


 そんな甘々な雰囲気を出していると担任が咳ばらいをし、生徒たちに指示を出す。


 「全員揃ったから学園に戻るぞ。あと逆恨みして問題起こすなよ。」


 おお。担任が注意してくれたぞ。

 これで俺が夜道後ろから刺されるなんて心配が無くなった。


 そんなこんなで俺は背中に殺気を受けながらも学園に戻るために動き出した。


――――――――――――――


 そこそこに歩いてもうすぐ学園かというところで俺たちは問題に直面していた。


 「結界?」


 「はい。かなりの広範囲に学園を覆うように侵入不可の結界が張られています。」


 そうエレナが担任に説明する。


 流石大魔導士スキル持ちだ。


 「先生は今回の結界の件で心当たりあります?」


 俺がそう聞くと担任は首を振る。


 「いや、生徒が外にいるのにわざわざ入れないようにする必要がない。

 それに、学園を結界で覆う理由がないな。」


 だとすると、さっきの賊は陽動?それともたまたま居ただけか?

 どちらにせよ、また、良くない輩が何かしているのだろう。


 「エレナ、この結界破れるか?」


 俺の問いにエレナは頷く。


 「破れると思うよ。じゃあ今から結界を破るね。」


 そう言って魔力を込め始めたエレナを俺は止める。


 「ちょっと待った。結界を破るんではなくて、人が通れる穴を作って、隠密作戦の方が良いと思うんだ。」


 「それは何故だ?」


 俺の発言に担任が反応する。


 「これほど大きな結界はどのくらいの術師ができるんですか?」


 「これほどの結界なら大魔導士か、結界スキル持ちじゃない限り、不可能なものだ。」


 担任が答える。


 え?やばくね?ちょっとこの意見言うのやめようかな?


 「それで、何故結界を破るんではなくて穴を開けるんですの?」


 ウェンディも話に入ってきた。なんでだよ。


 「まず、それほどの腕を持つ者の結界を破ったとなれば、相手が自分たち以上の戦力が相手にいると思い、恐慌状態に陥り、手段を択ばなくなる可能性がある。」


 「確かに…。大魔導士はそれだけ強力、敵が最悪の手を使う可能性もあり得るね。」


 俺の意見にシルが同調してくる。

 お前は転生者なんだから少しは頭を使ってくれ。


 「それに、中の状況が分からない。今ここにある全戦力を押し込むのはもはや愚行以外何者でもない。」


 「なら、ここで偵察のメンバーを選定して状況の把握をしてもらいたいな。」


 ここで俺が立候補して状況の把握、できるなら制圧すればいい。

 そう思っていたが、ここで問題が発生する。


 「じゃあ、俺が行く。

 安心しろ、俺が行くからには全員救ってきてやる。」


 マモンの奴がメンバーに立候補しやがった。

 しかも、今からやること何一つ伝わってねえ。

 何が救うだ。状況の把握だろ。


 俺が言えたもんじゃないか。


 やはり、この世界の人間は馬鹿だ。教職員といった立場の人間やウェンディのように聡い者もいる。

 だが、この世界は貴族制度なんてものがあるせいで貴族には傲慢バカが多い。

 自分の実力をはき違えている。


 だが、俺はマモンの顔を見て疑問を覚える。


 あいつの目、ただ傲慢に自分の力を過信しているわけじゃない。だが、あいつの目に確信めいたものを感じる。


 何故だ?何故そんな目を出来る?


 俺は頭をフル回転させる。


 マモンは勝利を確信している。

 だが、相手の力量は未知数。ただの一般生徒が勝てない相手など腐るほどいる。

 言っちゃ悪いが、マモンはそこいらの一般生徒に毛が生えた程度の強さと頭脳だ。

 力量の分からない相手に勝利を確信するほどの力はない。


 でも、相手の力量が分かる。もしくは、相手がグルでマモンが勝利する構図が出来ているとするなら、話は別。


 しかし、そんなことをするメリットは?それが分からない。何故?


 貴族は平民を蔑んでいる。でも、平民を抱くことになる奴隷制度がある。


 でも、本当にそれが動機?いや、この世界の貴族なら…。き…ぞく…な…ら。


 貴族ならできること?


 そうかそういう事か。

 ただ、相手が相手だ。下手に出れば、こちらが消される。


 「いや、先生。ここは俺が行きます。」


 クラスの視線が俺に集まる。


 驚きだったのだろう。普段目立たない奴が、こんなところで立候補するものだから。


 「おいおい。目立ちたいからって、陰キャがしゃしゃり出てくんなよ。」


 「そうだぜ、首席のマモン様がやるって言ってんだからいいだろ、それで。」


 「そうだ。お前のような下民が何を救えるというのだ。」


 う、うぜえ。

 本人もだが、取り巻きもうざい。


 「というわけだ。結界破り任せたぞエレナ。」


 こいつ、殺してやろうか。人の妻に手を出そうとしやがって。


 俺が腕輪を剣に変形させようとすると、エレナが動いた。


 「え?なんで、あなたに呼び捨てにされてるの?

 そもそも、カツミが行くなら、私はカツミと行きたい。」


 最早、拒絶だった。


 しかし、本気の拒絶を向けられたマモンはキレてしまう。


 「貴様、少しばかり顔が良いからと調子に乗りやがって、この下民風情がああああ!」


 「そこまでだ。」


 エレナに拳をふるおうとしたマモンは担任の一喝によって、止められる。


 「今ので、エレナ君とマモン君たちの間で、連携を取るのは困難と判断した。

 カツミ君、君に任せるよ。」


 「貴様誰に向かってものを言っていると…。」


 「わかりました。シルとウェンディも連れて行っていいですか?」


 「え?」


 ウェンディは予想外の言葉に固まってしまう。


 「何故だね?」


 「単純にシルは、治療担当。ウェンディは俺以外のメンバーを守れるように。ですかね。」


 「分かった。連れてくと良い。」


 簡単に承諾が下りてよかった。


 マモンが絡んでくる前にさっさと行くか。


 「エレナ、シル、ウェンディ、行くよ。」


 「「うん!」」


 「わかりましてよ。」


 一人だけ返しが違うが、まあいいか。


――――――――――――――


 「君たちの目的はなんなのだ。金なのか?」


 学長は突如現れた襲撃者たちに問う。


 「あ?答える義務なんてないだろ。」


 今、学長、職員室にいた教職員は皆、たった一人の魔術師に無力化されていた。


 「国一の名門校だからどんだけ強い奴がいるのかな?って思ってたけど大した事ねえな。

 雑魚しかいねえよ。」


 「お前…。」


 無論、名門校の職員たちがたった一人に後れを取るほどの者ではない。


 それでも、無力化されているのは、


 「んーっ。んーっ。」


 猿轡を嚙まされた女子生徒が人質になっているからだ。


 「へへっ。皆ひでぇよな。お前の事なんか見捨ててるぜ。」


 「んーっ。」


 「おいおい。そんなつれない態度取るなよ。

 醒めちまうだろ。もっと哭いてくれよ。」


 そう言って、男は少女の胸に触れる。


 そんな、卑劣な行為を見せられても、教員たちは動けなかった。

 少しでも動いたら、少女が殺されてしまうから。


 「んーっ。」


 少女は激しく身をよじって抵抗するが、押さえつけられ抵抗すらできなくなる。


 男は押さえつけた少女の胸を揉みしだく。


 「はっはー。柔らけえなあ、おい。何食ったらこんなに柔らかくなるんだよ。」


 「…。」


 少女の目は涙が流れ、絶望で死んだようになっていた。


 「ははっ。もう墜ちちまったか?じゃあ、本番行くぜー。」


 少女の服を脱がそうとした時、男の肩に手が置かれた。


 「あ?」


 男が振り向くと腰に剣を携えた男が立っていた。


 「はっはー。クズだなあ、おい。何食ったら、そんなアホな言動が出てくるんだ?」


 剣を持った男は真顔でそう言い放って、少女に乱暴していた男を教員たちとは逆の方向に投げ飛ばした。


――――――――――――――


 とりあえず俺はシルとウェンディに教員と学長、人質の手当てを優先するように言った。

 エレナは俺と一緒に戦ってもらう。


 「てめえ、誰だよ。折角のお楽しみを邪魔しやがって!死にたいのか!?」


 クズめ。


 「言うまでもないってか?じゃあ、死ねっ!

 『灼熱の業火よ焼き尽くせ』【ヘルフレイム】!」


 男が俺に火属の魔術を放ってくる。


 「させないよ。【オフセット】!」


 エレナが相殺魔法を発動し、賊の放った魔術を消し飛ばす。


 「な!?無詠唱だと!?

 なら、さばききれないくらい大量の弾を打ち込んでやる。」


 今からこんな攻撃をしますよって言ってる。馬鹿じゃないの?


 「エレナ、魔術に関してはお前だよりだ。できるだけ時間を稼いでくれ。」


 「分かった。でも、カツミは?」


 「それを見せてやるから。頼むぞ。」


 「うん!」


 エレナなら大丈夫だ。エレナを信じて俺はスキルを発動させる。

 正直これを使うのは怖いな。確か、腕が壊死したんだっけ。


 「お喋りは終わりだあ!

 『灼熱の焔美よ全てを打ち据えよ』【マルチヘルフレイム】!」


 賊から大量の炎が飛んでくる。


 「終わらないよ!【フレイムシェル】!」


 対してエレナが発動したのは火属性のみを通さない結界魔術。

 属性を絞る代わりに、その効果は絶大だ。


 俺もスキルを発動させる。


 「開門」


 発動した瞬間、俺の周りに黒い瘴気が纏わりつき始める。


 「な、なにが起こるんだ?」


 いち早く、不穏な空気を察した学長が俺に質問してくる。


 だが、俺に答えを言っている余裕はない。


 「『沈め貴様の業を、死した魂を背負いて』【黒き死者の腕】ブラック・アンデットアンク!」


 あの時と同じように死者のかいなは賊を襲う。


 「な、なんだこれ!?クソっ、離せ、離せよっ。」


 そんな叫びなど誰も聞かない。誰も聞こえない。だってそいつら全員死んでるから。


 「クソっ、こんなところで死にたく…。」


 賊は、声を最後まで発せられずに、冥界に引きずり込まれた


 「ぐっ…。」


 「克己!?何その右腕!?」


 スキル発動後俺の右腕は完全に壊死していた。


 俺は腕輪を剣に変えてシルに聞く。


 「シル…。再生術は腕一本、再生させられるか?」


 「そうだけど…。まさか、自分で斬らないよね?」


 俺は再生できるという返答を聞いた瞬間、自分の腕を切断した。


 「きゃあああああああ!?克己、何してるの!?」


 シルが悲鳴を上げながら俺に飛びついてくる。


 「じっとしててよ。【再生】」


 シルがスキルを発動すると、俺の肩口が光始め、光が収まると、俺の腕が元通りになっていた。


 「ありがとう、シル。」


 「バカ。」


 シルが怒ってる。


 「ごめんって。」


 「バカ。あんな無茶して、心配させないでよ。」


 本当に悪いと思ってる。


 「すまん。でも、まだ終わってないぞ。」


 「え?状況の把握をしたら、担任に報告するのではなくて?」


 なんだ?ウェンディ?俺がそんなことすると思ってんのか?


 「ウェンディ。今回の件、先生への報告はせず、すぐに本件を鎮圧させる。

 お前は此処を守ってくれ。」


 「カツミはどうするんですの?」


 「俺は、残党を壊滅させる。」


 俺はそう言って立ち上がると、シルがいつまでもくっ付いている。


 「あの?シル?動けないんだけど。」


 「連れてって。」


 「え?」


 声が小さくて聞き取れんかった。


 「一緒に連れてって。また、無茶するでしょ。誰が克己を治すの?」


 シルは俺のことを心配してくれていた。


 シルがいればある程度の怪我なら、対処できる。連れていく理由は十分にあるか。


 「じゃあ、シルは俺と一緒に来てくれ。

 ウェンディとエレナはここに残ってくれ。」


 「分かった。」


 「わかりましてよ。」


 よし、行くか。


 『おい、定時報告だ。状況は。』


 ?どこからか声が聞こえてくる。


 『おい、定時報告だ。』


 賊が残していった遺留品の中に、なんか箱みたいなのがあった。

 その、真ん中よりちょっとしたくらいのところに赤い石がはまっていて、そこから声がした。


 『おい、楽しんでばかりいないで報告をしろ。』


 「これは?」


 俺の疑問に一人の教師が答える。


 「通信魔動機ですね。

 簡単な作りで、一つの魔石を二つに割り、魔石間で通信する。というものですね。」


 へー。要は魔力を使った簡易式の電話みたいなものか。 


 魔力を使った?


 「エレナ、発信元分かる?」


 魔力で動いてるなら、エレナが逆探知できるんじゃないか?


 「えーっとね、生徒会室かな。」


 「ありがとう。

 じゃあ、それをこっちに渡してくれ。」


 「何するの?」


 何って決まってんだろ。

 人を恐怖に陥れた。なら。


 「あっちも恐怖に捕らわれないと、いけないでしょ。」


 大分古典的だけど。


 『定時報告はやくしろ!』


 これなら効くんじゃないかな。


 俺は通信魔動機に話しかける。


 「私メリー。今、学長室にいるの。」

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