第23話 花時

 「なあ、あれまずくね?」


 「まずいですわね。」


 俺たちが悲鳴の聞こえた所に向かうと、女子生徒二人が複数の男に囲まれていた。


 「先生に連絡して助けに来てもらいますわよ。」


 生徒としては至極当然の判断だ。だが、


 「それは駄目だ。」


 「何故ですの?」


 ウェンディは助けを呼ばない俺を訝しむわけでも攻めるわけでもなく質問する。


 「理由なんて単純だ。

 先生を呼んで間に合うことは、この状況ならまずない。」


 「じゃあ、どうすればいいんですの?」


 「俺たちがやるしかないだろ。」


 その言葉を聞いてウェンディは必死で俺を止めようとする。


 「そんなことをしてあなたが死んだら、シル達はどうすればいいんですの?

 残される者の痛みを考えたことがありますの?」


 ウェンディは捲し立ててくるが俺の覚悟は揺るがない。


 「俺が死んでシルとエレナが立ち直れなくなったら、お前が支えてやってくれないか?」


 「そんな無茶を…。」


 「無茶なのは分かってる。でも、今ここであの二人を助けなかったら、あの二人に消えない傷を植え付け、立ち直れなくなってしまうかもしれない。」


 「それは…。」


 「他人より身内の方が大事だ。」


 「なら、シル達のためにここは助けを呼びに…。」


 ウェンディはシルに傷ついてほしくないんだろう。大事な幼馴染だから。

 それは俺も同じ。でも、


 「でも、自分本位のクズにかけがえのないものを奪われそうになっているところを見過ごして身内を助けようとは思わない。」


 でもウェンディは納得できない。


 「あなたは何がしたいんですの?」


 したいこと、か。邪神を討つ事、華怜にもう一度会う事。それ以外考えずにこの世界に来た。


 エレナがいる。ウェンディがいる。師匠もいる。


 なら俺は何をしたい?


 何を……………?


 「考えたこともない。」


 そんな余裕なかったから


 「え?」


 「目の前のことをやってたら勝手に見えてくるもんだと思ってた。でも、違ったよ。よくよく考えたら誰かいないと自分の行動を決められないみたいだ。」


 何故なら自分の快、不快の内、不快しか俺には見えていないから。

 この世界のやりたいと思えるものが無い。理由がないとただ無気力だ。


 「何を言って?」


 「だから俺は己の不快をぶった斬る。」


 自分自身で決められないなら、自分の快不快に任せてれば目の前のことは片付くだろ?


 「それがあなたがあの二人を助ける理由ですの?」


 「理由じゃない、理屈でもない。ただあの男たちの考え方が心底不快。それだけだ。」


 「死なないで。」


 「大丈夫。絶対負けない。」


 俺は女子生徒の腕を掴んだ男の懐に飛び込み、腕を斬った。


 「大丈夫か?」


 女子生徒たちは何が起きたのか理解できていない。

 でもそれは賊も同じ。


 「ぎゃああああ!俺の腕がああ!」


 「な、なんだ!?」


 「何が起きた!?」


 腕を斬られた奴が絶叫したのを皮切りに賊たちが混乱する。


 「お、お前がやったんだな!」


 「全員体制を立て直せ。このガキを殺すぞ。」


 が、すぐに冷静さを取り戻した。


 まあ賊だから仲間がやられることなんて普通の事なんだろうな。


 「へへっ。馬鹿だなお前。素直にそいつらが犯されてるのを黙って見て興奮しておけばよかったのによ。」


 「そうだぜ。今から犯して終わったらお前にやるよ。それでいいだろ。早く物陰に戻って見とけよ。」


 こいつらは拉致より犯すことに重きを置いてるらしい。


 俺の無言を承諾と取ったのか賊たちがいきり立つ。


 「おら、早く来いよ女ども。しっかり可愛がってやるからよ。」


 「ひっ…。」


 女生徒のどちらかが怯えて小さく悲鳴が出た。


 賊たちは女生徒の腕を掴んで連れて行こうとする。


 俺はそれでも何もしない。


 「おらさっさと歩け!」


 「……す……けて。」


 「あ?」


 「助けてカツミくん!」


 女生徒の一人が俺に向かって懇願するように助けを求めてくる。


 だが賊は心を完全にへし折る機会とみて畳み掛ける。


 「ぎゃははははは!助けてくれるわけねえよ。そいつも結局は男。童貞なんだよ。女を抱きたい年頃なんだよ。

 第一俺たちに歯向かったところで勝てやしないんだよ。」


 「そ、そんな…。」


 もう一人の女生徒が完全に絶望する。

 しかし、もう一人はまだ俺への希望を捨てていない。


 「無駄だよ!無駄ァ!これからお前たちは俺たちに処女をささげ――」


 二人の腕を掴んでいた賊の言葉は最後まで続かなかった。


 何故なら声を発する首がなくなったから。


 やったのは言うまでもなく俺だ。


 「腕を斬ったのを見れば、ビビッて命乞いして逃げる。そう思ったんだけどなあ。」


 賊たちから「馬鹿にしやがって」とか「絶対殺す」とか言われてるが正直こんな雑魚の集まりに負けるほど俺は弱くない。


 「さっきも言ったけど大丈夫?」


 「「は、はい。」」


 一人は呆気にとられ、一人は頬を朱に染めるがかろうじて返答する。


 「てな訳で二人の保護完了。逃げるなら今の内だよ?」


 「てっめえ、なめやがってぇ!」


 小刀を持った奴が俺に斬りかかる。


 日本刀と小刀。リーチの差を考えろ馬鹿め。


 俺は相手の接近を許さずにエリシュトラで相手の頭を貫く。


 「お前、よくも俺の手下を!」


 槍を持った奴が俺に突っ込んでくる。


 こいつ確かかしらとか言われてたな。


 俺は突きをかわして相手の後ろをとる。そして構える。


 さあ染式流桜木舞、初お披露目だ。


 「染式流 桜木舞 【花時はなどき】」


 俺の一閃が敵の頭に吸い込まれるように命中する。


 俺の一閃は五閃になり、敵の胴体から頭と四肢を切断する。


 頭と四肢が分断された胴体から五つの赤い華が咲く。


 その華は赤い海へと姿を変え、残党の足元へと流れていく。


 「ひっ、ぎゃああああ!」


 一人の悲鳴を皮きりに賊たちは逃げて行った。


 あまりにもあっけなかった。


 俺は女生徒二人に向き直り状態を聞く。


 「賊の方は追い払ったけど、怪我とかしてない?」


 「は、はい。怪我はないです。

 えっと、その。」


 「あのカツミくん。」


 一人は意を決したようにもう一人は快活に言った。


 「「ありがとう。」」


 この二人の何でもない言葉が俺の中で大きく響いた。

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