桃太郎さん

昔、或る村に貧しい老夫婦ありて、老爺は日課の芝刈り、老婆も日課の洗濯をしに川へ行くと、大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきたのを大そう驚き、老いの腕力でどうにか持って帰る。老爺と合流して桃を割ると、甲高い泣き声、元気な赤ん坊が中より現れ、二人がこれを名附けて曰く、桃太郎。だいじに育てて数年、子どもながらに恐ろしい怪力を得、近所の者と相撲を取れば必ず勝利するところとなった桃太郎は、ある日、このごろ村に襲い来る鬼を退治に出かけたいと要望す。長きに及んだ制止もかなわず諦めて、老爺は日本一と書かれた旗を、老婆はきびだんごを拵えてやり送り出す。鬼の住みかたる鬼ヶ島への道中の森、まず遭遇せしは犬なり。きびだんごを分ける代わり鬼退治に付き合う交渉によりお供となる。次にはキジ、次には猿を仲間にすると、一列に並び歩いたが、家来どもは最中たびたび、猿の尾が顔に当たっただの、犬がそこいらで用を足すのを、空から見ればひどく不快だので喧嘩を起こす。その度毎きびだんごをやって鎮めても、いずれまた小さなことで争うのを、いいかげん堪えきれぬようになり、ついに一喝、

「きびだんごはくれてやるから、そんなふうに邪魔するのだったらもう帰れ、散れ、各々自分の住むところに帰れ」

と人の変わったように蛮声を投ずると、みな大人しくなり、斯くて静かなる移動をし、海岸に着くとキジが物見、猿と犬が漕ぎ、桃太郎は威風堂々たる船主となる。

「鬼ヶ島が見えました」

というキジの声。鬼のほうでも来航に気がついて待ちかまえ、一行が降りるとすぐに襲いかかったが、元が百人力の桃太郎はさることながら、犬猿キジも侮れず、きびだんごにて平生の数倍は元気満ち満ちたれば、顔を引っ掻き、足に噛みつき、頭をつついて激しき戦い。鬼どもたまらず四肢を投げ出し降参の態となり、村から奪った数々の財産すべて明け渡し、果ては船を貸し出し、漕がされるにまで扱き使われる。桃太郎が帰還して、村中に朗報を伝えて回り、最愛の家に戻ると父母ともに老衰で亡くなっていたと云う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光彩陸離 せっちゃん @sesesetuuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ