第213話


 慌てて更衣室で着替え、外へ出ると睨みあう二人の姿。

 私が出てきたことには気付いていない様子だ。


「──マヤと付き合って、どんくらいなの?」


 そう尋ねる元彼は「ちなみに俺らは半年付き合ったよ」なんていらん情報まで与えている。



 そんな会話を聞いている私は、なんだかタイミングを逃して二人の前に出るに出られない。



「三か月、だけど……」

 悔しそうに呟く凛は


「でも、君とまやちゃんの『これから』は、ないじゃん」

 なんてポジティブ思考をフル活用。


「でも高一から付き合ってるからお前より昔のマヤのこと知ってると思うけど?」


 何をしたいのか、元彼はやたらと対抗しようとする。




「俺がまやちゃんのこと、はじめて知ったのは中学の時だよ」


 強い瞳で言い放った彼。

 ……それは、私も初耳なんだけど。



「──俺、中学の時いじめられててさ」


 ポツリと話しだす凛。

 ずっと不思議だった、彼が私を好きになった理由を今、聞けるんだろうか。


 こうなったら最後まで聞かないと気が済まない。耳をすましてじっと身をひそめる。


「俺がいじめられてこっそり公園で泣いてるときにね、まやちゃんが話を聞いてくれて。俺に言ったんだ」


 昔を思い出して懐かしむ凛はとてつもなく優しい顔をして照れたように鼻を擦っている。



「『くよくよすんなよ、男のくせに。泣くんだったら一回やり返してから泣きな。いじめるやつなんかロクな男になんないんだからさ。そいつが悔しがるくらい、いい男になんなよ』って」


 「かっこいいよね」って元彼に同意を求める彼は、もう目の前の男への敵対心も忘れているんじゃないだろうか。


 元彼も「マヤなら言いかねないな」って笑ってる。


 ……何この、ほのぼのとした空気。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る