第206話


「──マヤはもう凛といても辛くない?」


 ぐっと喉の奥からこみ上げてくるものを感じた。



 ……陸は他の誰よりも私の気持ちを優先してくれる。


「うん……」

 私の答えを聞くと、ぱっと胸ぐらを掴んでいた手を離す。


「……なら、いい」

 私へ向けた陸の顔には安心したような笑み。


「よかったな、マヤ」


 そう祝福してくれる優しい、優しい幼馴染。




 凛のTシャツの、しわになった部分を撫でて伸ばす彼。


「凛」

 凛よりも背の低い陸は少し彼を見上げて


「もう二度と、マヤを泣かせんな」

 強く言った。


「次はないから」

 最後に拳でトン、と凛の胸を叩く。



 凛は驚いたように目を見開くと──すとん、とその場に座り込んで

「はは……。陸には、敵わないや」

 涙を眼の端に溜めて笑う。



 今度は凛が、陸を見上げていた。



「俺はいつだって自己中心的で、まやちゃんのことばっかり考えて……どうすれば俺のこと、好きになってくれるか──そればっかりで」


 バツが悪そうに俯いて、唇を噛みしめる。


「だけど──陸はどんな時でもまやちゃんの『幸せ』しか考えてないんだね」


 凛だって、私のことを十分大切に想ってくれているのは分かっている。


 だけど、たしかに──陸以上に、自分を犠牲にしてまで私を守ってくれる人なんて、この先も現れない気がする。


 凛の言葉に陸は少し悲しげな笑みを浮かべて


「……お幸せに」


 それだけを呟いて、部屋を出た。

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