第195話



「陸ちゃーん、神永凛が呼んでるよ」


 気がつくともう授業は終わっていて、身体を起こして目を擦っていると──マヤの親友、愛子がだるそうに声をかけてくる。


 ドアの方に目をやると困ったように眉を下げてキョロキョロしている凛の姿。



 ……来たか。


 俺は立ちあがって凛へ歩み寄る。


 きっと、本当に彼が探しているのは俺じゃなくて大好きな彼女なんだろうけど……。



 生憎、俺はマヤ以外にはそんなに優しくない。



 無言で「ついてきて」と目で訴え、凛を連れて屋上へ向かった。


「まやちゃんは?」

 凛は少し焦ったように尋ねる。


「帰った」

 端的に答えた俺。


 目の前の、幼馴染の彼氏は眉間にしわを寄せる。


「え?なんで──」


 ……なんで?


 自分の胸に手を当てて考えてみろよ。


「体調悪そうだったから」

 ふつふつと湧きあがってくる怒りを抑えて、あくまで冷静に答える。


「大丈夫なの!?」


 大丈夫なわけないだろ?


 お前のせいで、あんだけ泣いてたのに。


「……お前に教える気はない」


 拳を握りしめて凛から目をそらす。


 これ以上、こいつの顔を見てるとキレてしまいそうだったから。




「……それは、どーいうこと?」

 俺が、マヤと凛との間にあったことを知らないと思ってるんだろう。


 確かに詳しくは知らない。

 だけど──。


「俺が知らないとでも?」


 背の高い凛を見上げるように睨みつける。


 すると思い当たる節があったようで息を詰まらせた。


「……っ」


 唇をかみしめるこいつに、俺はたたみかけるように言葉を放っていく。


 凛の沈んでいく表情も今は可哀そうだなんて思えない。


 むしろ自業自得だ。


「今、マヤにお前を会わせるわけにはいかない。……言ったよね?お前に、マヤを任せたいって。今のお前に、マヤは絶対渡せない。理由は知らないけど、そんなことはどうだっていい」


「お前がマヤを泣かせたこと。俺にとって、その事実が何よりも許せないんだ。ほんとムカつくし殴ってやりたいよ。──これも、言ったはずだ。『俺はマヤを諦めるつもりなんてない』って」


 凛の胸を痛くない程度にどん……と拳で叩いて屋上を出た。



 ドアが閉まる瞬間、最後に見えたのは──俺の心を映したかのような、どんよりとした曇り空だった。



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