第193話


 うずくまって肩を震わせる女の子。


 その愛しい背中を、俺が見間違えるはずがない。


「……マヤ?」


 そっと名前を呼ぶと、彼女の固まった身体から力が抜けてゆっくりと振り返った。


「り、く……」

 涙の筋がいくつもついたマヤの顔。


 それが見えた瞬間、眉間にシワができたのが分かった。


 ……こんなに苦しそうな顔、本当に久しぶりだ。



「なに?どうしたの……?」


 俺が慌てて近づくと、立ちあがって更に眉を下げる。


 溢れて止まらない涙を両手で拭きながら

「り、凛に……嫌われちゃ……っ」


 ──きっと俺に、こんなひどい顔をしている理由を話したいんだろう。


 でも嗚咽で最後まで言えないマヤ。


「もう、言わなくていいから……」

 胸がぎゅっと苦しくなって、こんな悲しい表情なんて見たくなくて──マヤの後頭部に手を添えて俺の胸へ引き寄せた。


 もう慣れた手つきで髪を撫でる。


 ふわりと香るマヤのシャンプーの匂い。



 香水なんてつけないマヤだから、昔から変わらない……俺の落ち着く香り。


 マヤも俺にしがみついて泣きじゃくる。



 この小さな体は力を入れたら折れてしまうんじゃないかってくらい細い。


 好きだという気持ちが溢れて、止まらなくなって──それを我慢するように、マヤが苦しいんじゃないかっていうくらいぎゅっと抱きしめた。


 今まで面と向かって言わなかった言葉が。


 「好きだ」なんて言葉が出てきてしまわないように。



 そんな俺の葛藤なんて知らず

「だいすき、陸」


 ある意味、残酷なマヤの言葉に心臓が大きく跳ねた。


 彼女は小さい頃のように純粋に言ったつもりなんだろうけど、俺はそんな純粋さなんて忘れてしまったよ。


「……ばーか、そういうのは凛に言えって……」


 マヤが顔を上げようとするから、また頭を押さえてそれを阻止する。


 ……ああ、俺まで泣きそうだ。



 「凛」という名前に反応してか、また泣きだしたマヤ。


 これだけマヤが泣くのも珍しい。それだけ、凛のことを真剣に想っているということ。


 なのに……なあ、凛。お前は泣かせたの?


 彼女の言葉から、マヤがこれだけ泣いている理由が凛だということだけが分かっていた。


「やっぱり、譲らなきゃよかったな……」

 ぽつりと呟いた言葉は、マヤに届いていないようだった。




『──お前なら、マヤのこと……任せても、いい、かもしれない』


 あの日の言葉を、後悔した。


 どんな理由があったとしても俺はお前を許せないよ。




 ──俺がどんだけ、大切にしてきたと思ってんの。



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